貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

譚音アルン

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貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

グレイ・ルフナー(97)

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 アブラーモ大司教はサングマ教皇猊下が聖女をでっち上げたのだと強弁した。枢機卿の一人がそれに激昂すると、マリーに指先を向け、「『聖女そのものが偽りであればそれこそ神への愚弄となりましょうぞ!』」と激しく糾弾する。

 視界の隅に、カレル様が眉を顰め、前脚ヨハン後ろ脚シュテファンは立ち上がっているのが見えた。
 一番彼女に近いのは僕だ。いざとなったら、僕が盾に――。

 じりじりと移動していると。

 ざわり。

 マリーの雰囲気が変わったのを感じた。
 背筋がゾクゾクとする。肌を刺すような――怒り?

 そう思った瞬間だった。

 「『ぎゃあ!?』」

 アブラーモ大司教が瞬く間に炎に包まれた。
 大司教は仰天し、訳の分からない悲鳴を上げながら床に倒れ込み、転げまわる。火を何とかしようと我に返った周囲の聖職者達が上着を脱いで叩き始めた。

 何故……火の気はなかった筈。まさか、マリーが?

 騒ぎ立てるアブラーモ大司教達をよそに、大聖堂中を沈黙が支配する中――マリーの声が響いた。

 「『そこの子、こちらへいらっしゃい』」

 少しトラス王国語訛りの入った片言のガリアの言葉。彼女の視線の先には、恐らくどこかの国の貴族の子供が何らかの事情で出家させられたのだろう、綺麗な顔立ちの幼い侍童の姿。

 侍童はきょろきょろと周囲を見渡し、不思議そうに自分を指さした。
 マリーは頷き、彼の名前を呼んで再度こちらへ来るように呼び掛ける。

 ヴェスカルという名前から、侍童は恐らくトラス王国の隣国、神聖アレマニア帝国の出なのだろう。
 歴史の長い、古代帝国の血筋を色濃く継いでいるという自負を持つ国だ。
 それだけに、教会との関りも深く――現在は国内で前教皇派と現教皇派の争いが激化して政情不安になっていると聞いている。

 近付いて来たヴェスカルにマリーは優しい言葉をかけて抱きしめた。トラス王国語だったから、きっと能力を使ったのだろう。
 マリーに縋るように体を震わせながら泣き始めるヴェスカル。

 マリーの言葉を聞いて僕もゾッとした。ヴェスカルは、あのアブラーモ大司教に口では言えないようなおぞましくも酷い事をされていたようだ。

 サングマ教皇猊下がその事についてアブラーモ大司教を詮議し始める。人々の見守る中、状況は逆転し、窮地に陥った大司教は、今度は僕に目を付けた。
 恐怖にかられた顔で、マリーが悪魔の力で火を付けたのだと言い、その理由として僕の赤毛をあげつらう。
 人々の疑いのまなざし。もし、熱心な信徒である彼らが僕達を悪魔だと襲い掛かって来たら。

 ――僕はどうなっても、マリーだけは!

 覚悟を決めて彼女の前に出ようとした瞬間。

 『――この脂身は、敵だ!』

 突如激しい怒りを帯びた意志の声なき叫びが上がった。
 ぐわん、と頭を内部から揺さぶられたような感じがして、僕は思わずたたらを踏んでしまう。

 というか、脂身?
 確かにアブラーモ大司教は恰幅が良すぎて脂身だけれども。

 くらくらとする頭が何とか正常に戻って来た、その時だった。

 大聖堂の開け放たれた窓から、扉から。次々と入って来る大小様々な鳥達。
 彼らは他の者には目もくれず、一直線に殺気立った様子でアブラーモ大司教達目掛けて飛び掛かって行く。
 金切声と共に大司教達を嘴でつつき回し、鍵爪で引っ掻く鳥達に、多勢に無勢と悲鳴を上げて逃げ惑う大司教達。


 大聖堂中が瞬く間に阿鼻叫喚のパニックに陥った。


***


 罪人を断罪する女神の如く、冷ややかな美貌の横顔で大司教達の様子を見詰め続けるマリー。
 それがまるで人ではなくなってしまったように思えて、僕は思わず彼女の名を呼んで手を握る。
 温かい人肌の温もり。しっかりと握り返してくれた事に内心ホッとして、僕も大司教達に視線を向けた。

 信徒席の方から神の使いである鳥達を従えるマリーが本物の聖女だという声が上がり始めた。
 聖女への祈りの聖句を唱える声もあちこちから聞こえてくる。

 その声は鳥に襲われている彼らにも聞こえていたのだろう、アブラーモ大司教以外の聖職者達の矜持も意地もすっかり挫かれたのか、とうとうマリーに許しを乞い始めた。

 彼女がそれを受けて錫杖の先をゆっくりと彼らに向けると、鳥達は襲うのをただちに止め、こちらへと飛んでくる。
 そしてマリーや僕の肩、祭壇の上、柵の手すり等に止まると、先程とは裏腹にすっかり落ち着きを見せていた。

 ふと、背中に温かさを感じた。祭壇の上の天窓から、太陽の光が差してきたのだと気付く。

 そっと横のマリーを見ると、また、あの黒髪の異国の女性の姿が彼女のそれに重なって見えた。マリーが起きた時にも見た、あの幻影の女性――大人びた姿は、僕と同じ年かそれよりも上ぐらいだろうか。

 目を瞬かせると、その幻影は消え失せ、見慣れた彼女の姿が光の中に浮かび上がる。
 太陽の光を浴びたマリーは蜜色の髪を黄金に輝かせ、正に聖女様であり、太陽神の娘そのものだった。

 キラキラと光を反射する装飾品や金糸の縫い取り。信徒席から見ると、さぞかし美しく神々しく見えている事だろうと思う。
 人々はいよいよ熱狂し、 「『聖女様、万歳!』」と讃え始め、それはやがて大きなうねりとなった。
 彼女は麗しい微笑みを浮かべ、僕と繋いだ手を上に掲げる。

 そして熱狂の声が収まり始めた時、錫杖で床を突いて、人々に注意を促した。

 『聞きなさい――私は神の栄光を世の人々に示す為にこの世に遣わされたのです』

 聖女の奇跡の力、精神感応テレパシーで厳かに伝えられた言葉。それはアブラーモ大司教にもしっかり聞こえていたのだろう。マリーが本物の聖女だと流石に認めざるを得ない様だ。
 大司教についてきていた聖職者達はもはや床に頭を擦り付け、震えながらマリーを拝んでいる。

 戦意喪失した彼らは、サングマ教皇猊下の命令で懲罰房に連れて行かれる事となった。
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