貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

譚音アルン

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貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

グレイ・ルフナー(85)

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 「そこで、ノルベール司祭。修道院に残る、地揺れの記録を探して欲しいのです。大きな地揺れならば数百年間隔で発生したりしますから」

 「し、しかし聖女様。この地に修道院が出来てから二百年程度です。遡っても地揺れの記録があるかどうか……」

 「ならば近隣の、歴史のより長い修道院を当たって下さい。この国だけではなく、ガリア王国側の修道院にも要請を」

 「か、かしこまりました」

 マリーはソルツァグマ修道院でやったのと同じことをするのだろうと思う。承諾の意を示すノルベール司祭。サリューン枢機卿猊下がその肩に手を置いた。

 「私の名を使っても構いませんよ、司祭」

 「ありがとうございます、お言葉に甘えます」

 そう言えば、とファリエロが唐突に口を開いた。

 「ガリアでは地揺れの後の大波で町が一つ吞み込まれたって言い伝えを聞いた事がありますよ。コスタポリっていう立派な港を抱えた大きな町で、良く休憩や補給で立ち寄るのですが」

 マリーは目を瞠り、レイモンの方を向く。

 「まあ。レイモン様、ナヴィガポールには同じような言い伝えはありますの?」

 「いえ、寡聞にして聞いた事がありません」

 レイモンは首を振る。僕も聞いた事が無い。マリーはファリエロに向き直った。

 「ファリエロさん、ガリア王国には地揺れは多いのですか?」

 「ええ、少なくともトラス王国よりは多いと思いますよ。小さな地揺れなら珍しいって程でもありません」

 「そう……」

 ファリエロが頷く。マリーは暫しの間首を傾げて思案気にした後、顔を上げた。

 「今日の所はもうする事はないみたいですわね。では、私はこれで……」と部屋を出て行きかけ――何かを思い出したように振り向いた。

 「では皆さん、明日もあるから早く寝て下さいね。グレイ、私先にベッドに入っているから」

 「は?」

 一瞬、時が止まった。

 先にベッドに入ってるって、え? 何故それを僕に言うんだろう?

 カレル様が「まさか、お前……」と引き攣った表情。マリーはあっけらかんと一緒に寝ましょ、と言い放った。彼女のベッドは妊婦、赤ん坊やその母親に明け渡したと言う。

 周囲が何かを言っているが耳に意味のある言葉として聞こえて来ない。

 僕と、マリーが同衾……。

 僕の思考が事態に追いついた瞬間、体中の血が顔に上ったように熱くなった。

 「はあああああ!? 何考えてんの、マリー!」

 しかも人前であけすけにこんな事を言うなんて!
 それに、ちゃんと婚姻もしてないのに婚前交渉をしたら僕――サイモン様に殺されてしまうじゃないか!

 カレル様も順序を守れと怒鳴っている。マリーは涼しい顔で遅かれ早かれどうせ同じ事だと嘯いた。

 「大体ね、私が聖女だって事は王子とか王子とかの面倒を避ける為の秘密だったの! それを誰かさんにあんな風に大勢の人にバラされたら緘口令敷いたとしてもどっかから絶対漏れるじゃない。王都に伝わるのも時間の問題ね。
 そうなったら絶対二人の王子殿下のどちらかと結婚しろって家族を人質に言われるに決まってるわ。私はグレイと結婚して穏やかにひっそりと人生楽しみたいの。だから既成事実を作らなきゃいけないの! いっそ聖地で教皇猊下に頼んで婚姻を認めて貰おうかしら?」

 書類は持って来てるんだし、と頬を膨らませるマリー。誰かさんの所で皆の視線が二人に集中する。

 「マ、マリアージュ様! あの時は気が動転していて――聖女様であることを明かしてしまい、申し訳ありませんでした!」

 「私も御身に何かあっては、と冷静さを欠いておりました。軽率でした、申し訳ありません」

 ノルベール司祭とサリューン枢機卿猊下が青褪めて謝罪している。
 カレル様がふう、と息を吐いた。

 「幸い、その場に居た人間はこの館に集まっている。彼らに秘密を守らせるよう、言い含める事は可能でしょうか?」

 「え、ええ。彼らは私も良く知る者達です。必ず秘密を守るように言い含めましょう」

 「まだ限定的で王都には知られていない。誤魔化そうと思えば誤魔化せると思う。今の所はそれで良いな、マリー」

 「……分かったわよ」

 結局、マリーはレイモンの懇願でジュデと寝る事になった。カレル様がむくれる彼女を伴って出て行った後、僕は脱力して机に突っ伏してしまう。恥ずかしくって顔を上げられない。

 「愛されてるな、グレイ坊」

 ファリエロの含み笑い。リノも笑っている。放っといてくれよ。

 「くくくっ、グレイ坊ちゃんは果報者だな。『たとえ王子殿下に求婚されても断る』って、あれマジだったんだ」

 前話したことを覚えていたらしい。僕は顔を上げて頷いた。

 「……そうだよ。聖女だって事を知られてなくても第一王子殿下がマリーに興味を持って接近してた位だし」

 「だ、第一王子殿下が?」

 「そう。比喩じゃなくてさ、本当に求婚されかけてた。他にも色々あるんだけどね。なまじ父親のキャンディ伯爵――サイモン様が中立派で力持ってるもんだから、王位継承権争いで第二王子側にも目を付けられたというか」

 「え、そんな事になってんのか?」

 リノが目を丸くする。僕はかいつまんでマリーの置かれている状況を話した。アン様はもう嫁いでいるし、アナベラ様は社交界でアールと公認。メリー様は婚約をするのにはまだ幼い。
 引きこもっているマリーなら年齢的にも釣り合っていて、そのような噂も無く、婚約者も僕みたいな低位貴族。だから一番に狙われる。ましてや、聖女様ともなれば正妃にすれば王位は約束されたようなものだ。
 最悪の場合、たとえマリーが僕と関係して純潔でなかったとしても、引き離してもみ消すぐらいの事はしかねないかも知れない。

 そう言うと、それまで黙っていた枢機卿猊下が口を挟んだ。

 「いえ、流石にそれは……」

 「猊下、しないと言い切れますか?」

 「……言い切る自信がありませんね」

 じろりと見上げると、溜息を吐かれた。

 「ですよね……」

 ファリエロがふむ……と腕を組んだ。

 「王家とすれば、聖女が王妃という事実に父親の権力、そしてあのような『神の叡智』――喉から手が出る程欲しいものなのだろうな」

 「ああ、地揺れが何故起こるかって説明した奴な。正直度肝を抜かれた。あれは確かに神の叡智だわ。あれ、じゃあ結構危うかったりする?」

 「危ういね」

 主に僕の命が。

 リノの言葉に頷くと、ノルベール司祭がいたたまれなさそうな顔で頭を下げた。

 「本当に申し訳ありません、私が口を滑らせたばっかりに」

 「いえ、過ぎた事ですよノルベール司祭。遅かれ早かれ想定しておく事態でしたし」

 ただ、ここまでバレるのが早いとは思わなかったけど。

 ……やっぱりマリーの策に乗ろうかな。教皇猊下の元で婚姻してしまうという。

 空に浮かぶ満月を見て、僕はそんなことを思った。
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