上 下
191 / 671
貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

グレイ・ルフナー(86)

しおりを挟む
 大波の被害を受けた地区の復興は目覚ましかった。地揺れ当日すぐに復興本部を置いた事で組織化が速やかに進められ、初動が早かったからだ。
 マリーが大きな災害があった時の『避難訓練』というものを提案したという。「兵士と同じで、訓練する事で異常事態に対する心構えが出来るのですね」とレイモンが感心していた。更に彼女は地揺れのあった近隣の町にもそのやり方を広めて欲しいと言ったそうだ。グラ・ノルベール司祭と共に、教会を通じて鳩を飛ばす予定らしい。

 鳩と言えば、王都からの手紙が帰って来た。

 『ナヴィガポール、地揺れ有。町の一部が大波に呑まれる』の報は父ブルックが王宮に伝えてくれたそうだけれど、貴族達から反発を受けている真っ最中のアルバート第一王子殿下が人心安堵の為に物資を携えてナヴィガポールに行くと表明したらしい。
 そこへ、ジェレミー第二王子殿下も行くようにと王妃殿下が捻じ込み、王子二人がこの町へ来る事になった、と。

 僕がそう伝えると、カレル様は目を見開いた。

 「な、何だって……」

 「ええ、非常に不味い状況になりました」

 頷く。出発を出来るだけ早めなければ。令嬢を伴った旅と違い、男だけの場合――王都から急いだ場合、一週間程度でこの町に到着してしまう。その前に船を出さないと。

 「それに、王子殿下二人がこの町に来られたら、マリーが聖女だとバレてしまうでしょう。それを前提に行動しなければなりません」

 「まさかこう来るとは……聖地で教皇猊下にお頼みして結婚するしかなさそうだな」

 「はい。それに、帰りをどうするか……」

 帰りはこの町経由では帰れないかも知れない。となると陸路か……。

 「いや、それよりは父様に頼んで迎えを頼もう。娘を迎えに来た家族に手出しは出来ないだろう。その方が確実だ」

 「そうですね……」

 「口止めをしっかりしておかないとな。角馬兄弟ヨハン・シュテファン鶏蛇竜コカトリス、影についてきた奴らにこの近辺担当も全て動員して噂をどうにかしておかないと」

 「えっ、外にも居たんですか?」

 「ああ。大きな声では言えないけどな。王国全土に散らばってる奴らも居る」

 「……」

 全然気づかなかった……それに王国全土って。
 キャンディ伯爵家はつくづく底知れないと思う。


***


 修道院経由で入って来た各地の情報は、ガリア王国側の被害が大きいと言う事だった。船が補給や休息を得る為の港は大丈夫だろうか。もし港が大波でやられていて駄目になっていれば、ここで立ち往生する羽目になる。

 また、王子殿下達来訪の件があって、レイモンとファリエロに出発を早めたいと相談したのだけれど――ファリエロが居なくなれば物資を運ぶ船を動かせる者が居なくなる。
 誰かの船が戻ってくるまで待たなければいけなくて、僕は焦燥感に苛まれていた。

 そんな折、地揺れから丁度五日目に待望のファリエロの長男イルディオの船が戻って来た。

 イルディオによれば、ファリエロが懸念していた通り、補給地の一つである港町コスタポリは壊滅的な被害を受けて地獄の様相を呈していたそうだ。
 コスタポリのキーマン商会支部も船も全て流されていたらしい。小舟を出して探すと支部の責任者と職員数人ばかり生きていたので保護したとか。
 他の生存者も居たのでついでに保護して、そこから北の内海にある都市ゴルフォベッロに向かうと、そこは大波の被害も無く大丈夫だったらしい。そこ経由ならコリピサまで行けそうだという話だった。

 「そこで、支部以外の生存者を残して戻って来た。支部の者達は体力を消耗していたので休ませている」

 「ご苦労だった、ありがとうイルディオ。ゆっくり休んでくれ」

 僕は訥々とつとつと語り終えたイルディオをねぎらった。ファリエロを振り向くと、「ゴルフォベッロが無事なら行けそうだな」という。
 王子達が来るまで後何日も無いだろう。なので出発を出来るだけ早めて貰う。幸い、出発する頃にはほぼ港地区は片付いており、日常が戻って来つつあった。

 「レイモン、ノルベール司祭。先日も事情を話したと思うけど、恐らく数日後にもトラス王国の王子殿下二人がこの町にやって来る。
 主に殿下達を接待するのは二人になるけど、なるべくマリーの事が漏れないように、そして出来るだけ早く引き取って貰えるように頑張って欲しい」

 船に乗り込む前、僕はレイモンとノルベール司祭に後の事を念押しした。

 「かしこまりました。まだ建て直さなければならない建物もありますし、復興を理由になんとか頑張ってみます」

 「聖女様のお望みとあらば。私としても聖女様にこの町の領主夫人となって頂きたいですからね」

 「ああ、よろしく頼む」

 と。ジュデットとリノの二人と目が合った。

 「グレイ兄様、どうか道中御無事で」

 「ありがとう、ジュデット」

 「道中気を付けてな、グレイ坊ちゃん」

 リノの出した拳にコツンと僕のそれをぶつけて溜息を吐いた。

 「はぁ、やめてくれって言ったのに、結局坊ちゃん呼びに戻ったよね」

 「ふふん、マリー様に男にして貰えたらグレイ様って呼んでやるよ」

 「なっ……!?」

 ニヤニヤとするリノ。僕はあまりの事に二の句が継げないでいると、

 「痛ててててっ! 耳引っ張んなよジュデ!」

 「馬鹿リノ! 昼間っからイヤらしいんだから!」

 顔を真っ赤にして怒ったジュデットがリノの耳を抓り上げた。そんな二人をしばし見ていた僕は、自然にふっと笑みが零れる。

 「……またね、二人共」

 僕は船に乗り込んだ。ファリエロが「出航だ、帆を上げろ!」と叫び、錨が上げられる重たい鎖の音がして。
 やがて船は風を受けて動き出す。みるみる内に遠ざかっていく港。

 そう言えば、『オコノミ』のレシピ。マリーは快く提供してくれた。復興の助けに少しでもなれば、とガリア食堂に託して投資までしてくれたらしい。『オコノミ』がナヴィガポールの名物になる日もそう遠くないのかも知れないな。

 ――願わくば、妻になったマリーと共にまたナヴィガポールで『オコノミ』を食べられますように。

 小さくなっていく港町。僕は目を閉じてささやかな祈りを捧げるのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話

ラララキヲ
恋愛
 長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。  初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。  しかし寝室に居た妻は……  希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──  一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……── <【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました> ◇テンプレ浮気クソ男女。 ◇軽い触れ合い表現があるのでR15に ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾は察して下さい… ◇なろうにも上げてます。 ※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

何を間違った?【完結済】

maruko
恋愛
私は長年の婚約者に婚約破棄を言い渡す。 彼女とは1年前から連絡が途絶えてしまっていた。 今真実を聞いて⋯⋯。 愚かな私の後悔の話 ※作者の妄想の産物です 他サイトでも投稿しております

王命を忘れた恋

須木 水夏
恋愛
『君はあの子よりも強いから』  そう言って貴方は私を見ることなく、この関係性を終わらせた。  強くいなければ、貴方のそばにいれなかったのに?貴方のそばにいる為に強くいたのに?  そんな痛む心を隠し。ユリアーナはただ静かに微笑むと、承知を告げた。

婚約破棄された令嬢が記憶を消され、それを望んだ王子は後悔することになりました

kieiku
恋愛
「では、記憶消去の魔法を執行します」 王子に婚約破棄された公爵令嬢は、王子妃教育の知識を消し去るため、10歳以降の記憶を奪われることになった。そして記憶を失い、退行した令嬢の言葉が王子を後悔に突き落とす。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

【完結・全3話】不細工だと捨てられましたが、貴方の代わりに呪いを受けていました。もう代わりは辞めます。呪いの処理はご自身で!

酒本 アズサ
恋愛
「お前のような不細工な婚約者がいるなんて恥ずかしいんだよ。今頃婚約破棄の書状がお前の家に届いているだろうさ」 年頃の男女が集められた王家主催のお茶会でそう言ったのは、幼い頃からの婚約者セザール様。 確かに私は見た目がよくない、血色は悪く、肌も髪もかさついている上、目も落ちくぼんでみっともない。 だけどこれはあの日呪われたセザール様を助けたい一心で、身代わりになる魔導具を使った結果なのに。 当時は私に申し訳なさそうにしながらも感謝していたのに、時と共に忘れてしまわれたのですね。 結局婚約破棄されてしまった私は、抱き続けていた恋心と共に身代わりの魔導具も捨てます。 当然呪いは本来の標的に向かいますからね? 日に日に本来の美しさを取り戻す私とは対照的に、セザール様は……。 恩を忘れた愚かな婚約者には同情しません!

婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。

束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。 だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。 そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。 全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。 気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。 そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。 すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。