貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

譚音アルン

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貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

グレイ・ルフナー(86)

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 大波の被害を受けた地区の復興は目覚ましかった。地揺れ当日すぐに復興本部を置いた事で組織化が速やかに進められ、初動が早かったからだ。
 マリーが大きな災害があった時の『避難訓練』というものを提案したという。「兵士と同じで、訓練する事で異常事態に対する心構えが出来るのですね」とレイモンが感心していた。更に彼女は地揺れのあった近隣の町にもそのやり方を広めて欲しいと言ったそうだ。グラ・ノルベール司祭と共に、教会を通じて鳩を飛ばす予定らしい。

 鳩と言えば、王都からの手紙が帰って来た。

 『ナヴィガポール、地揺れ有。町の一部が大波に呑まれる』の報は父ブルックが王宮に伝えてくれたそうだけれど、貴族達から反発を受けている真っ最中のアルバート第一王子殿下が人心安堵の為に物資を携えてナヴィガポールに行くと表明したらしい。
 そこへ、ジェレミー第二王子殿下も行くようにと王妃殿下が捻じ込み、王子二人がこの町へ来る事になった、と。

 僕がそう伝えると、カレル様は目を見開いた。

 「な、何だって……」

 「ええ、非常に不味い状況になりました」

 頷く。出発を出来るだけ早めなければ。令嬢を伴った旅と違い、男だけの場合――王都から急いだ場合、一週間程度でこの町に到着してしまう。その前に船を出さないと。

 「それに、王子殿下二人がこの町に来られたら、マリーが聖女だとバレてしまうでしょう。それを前提に行動しなければなりません」

 「まさかこう来るとは……聖地で教皇猊下にお頼みして結婚するしかなさそうだな」

 「はい。それに、帰りをどうするか……」

 帰りはこの町経由では帰れないかも知れない。となると陸路か……。

 「いや、それよりは父様に頼んで迎えを頼もう。娘を迎えに来た家族に手出しは出来ないだろう。その方が確実だ」

 「そうですね……」

 「口止めをしっかりしておかないとな。角馬兄弟ヨハン・シュテファン鶏蛇竜コカトリス、影についてきた奴らにこの近辺担当も全て動員して噂をどうにかしておかないと」

 「えっ、外にも居たんですか?」

 「ああ。大きな声では言えないけどな。王国全土に散らばってる奴らも居る」

 「……」

 全然気づかなかった……それに王国全土って。
 キャンディ伯爵家はつくづく底知れないと思う。


***


 修道院経由で入って来た各地の情報は、ガリア王国側の被害が大きいと言う事だった。船が補給や休息を得る為の港は大丈夫だろうか。もし港が大波でやられていて駄目になっていれば、ここで立ち往生する羽目になる。

 また、王子殿下達来訪の件があって、レイモンとファリエロに出発を早めたいと相談したのだけれど――ファリエロが居なくなれば物資を運ぶ船を動かせる者が居なくなる。
 誰かの船が戻ってくるまで待たなければいけなくて、僕は焦燥感に苛まれていた。

 そんな折、地揺れから丁度五日目に待望のファリエロの長男イルディオの船が戻って来た。

 イルディオによれば、ファリエロが懸念していた通り、補給地の一つである港町コスタポリは壊滅的な被害を受けて地獄の様相を呈していたそうだ。
 コスタポリのキーマン商会支部も船も全て流されていたらしい。小舟を出して探すと支部の責任者と職員数人ばかり生きていたので保護したとか。
 他の生存者も居たのでついでに保護して、そこから北の内海にある都市ゴルフォベッロに向かうと、そこは大波の被害も無く大丈夫だったらしい。そこ経由ならコリピサまで行けそうだという話だった。

 「そこで、支部以外の生存者を残して戻って来た。支部の者達は体力を消耗していたので休ませている」

 「ご苦労だった、ありがとうイルディオ。ゆっくり休んでくれ」

 僕は訥々とつとつと語り終えたイルディオをねぎらった。ファリエロを振り向くと、「ゴルフォベッロが無事なら行けそうだな」という。
 王子達が来るまで後何日も無いだろう。なので出発を出来るだけ早めて貰う。幸い、出発する頃にはほぼ港地区は片付いており、日常が戻って来つつあった。

 「レイモン、ノルベール司祭。先日も事情を話したと思うけど、恐らく数日後にもトラス王国の王子殿下二人がこの町にやって来る。
 主に殿下達を接待するのは二人になるけど、なるべくマリーの事が漏れないように、そして出来るだけ早く引き取って貰えるように頑張って欲しい」

 船に乗り込む前、僕はレイモンとノルベール司祭に後の事を念押しした。

 「かしこまりました。まだ建て直さなければならない建物もありますし、復興を理由になんとか頑張ってみます」

 「聖女様のお望みとあらば。私としても聖女様にこの町の領主夫人となって頂きたいですからね」

 「ああ、よろしく頼む」

 と。ジュデットとリノの二人と目が合った。

 「グレイ兄様、どうか道中御無事で」

 「ありがとう、ジュデット」

 「道中気を付けてな、グレイ坊ちゃん」

 リノの出した拳にコツンと僕のそれをぶつけて溜息を吐いた。

 「はぁ、やめてくれって言ったのに、結局坊ちゃん呼びに戻ったよね」

 「ふふん、マリー様に男にして貰えたらグレイ様って呼んでやるよ」

 「なっ……!?」

 ニヤニヤとするリノ。僕はあまりの事に二の句が継げないでいると、

 「痛ててててっ! 耳引っ張んなよジュデ!」

 「馬鹿リノ! 昼間っからイヤらしいんだから!」

 顔を真っ赤にして怒ったジュデットがリノの耳を抓り上げた。そんな二人をしばし見ていた僕は、自然にふっと笑みが零れる。

 「……またね、二人共」

 僕は船に乗り込んだ。ファリエロが「出航だ、帆を上げろ!」と叫び、錨が上げられる重たい鎖の音がして。
 やがて船は風を受けて動き出す。みるみる内に遠ざかっていく港。

 そう言えば、『オコノミ』のレシピ。マリーは快く提供してくれた。復興の助けに少しでもなれば、とガリア食堂に託して投資までしてくれたらしい。『オコノミ』がナヴィガポールの名物になる日もそう遠くないのかも知れないな。

 ――願わくば、妻になったマリーと共にまたナヴィガポールで『オコノミ』を食べられますように。

 小さくなっていく港町。僕は目を閉じてささやかな祈りを捧げるのだった。
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