貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

譚音アルン

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貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

グレイ・ルフナー(84)

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 あれから。

 結果として、マリーの言った通り大波はやって来た。しかも港付近の家々を軒並み呑み込んで。
 もし彼女が居なかったら、僕は混乱の最中的確な指示もままならず、多大なる損失以上に死人を出してしまっただろうと思う。
 途中、マリーが魔女扱いされかける事件があったけれど、タイミング良くグラ・ノルベール司祭とサリューン・フォワ枢機卿猊下が現れたので事無きを得た。昔は怪しげな呪いを行う魔女や僕のような赤毛は殺せという時代もあったらしいし。そうでなかったらと思うと――背筋が凍る。
 司祭達が口を滑らせたお蔭でマリーが聖女だと知られてしまったけれど、この場合は致し方ないと思う。

 ナヴィガポール領主館、『復興本部』。

 マリーの提案で臨時的に作られた部屋。そこで僕とレイモン、カレル様、サリューン枢機卿は情報の収集と整理、物資の管理、家々の被害状況の確認、明日の港地区の作業への人手募集等をしていた。

 マリーは裁縫が得意という事で、ジュデットや町の女性達と縫物をして貰っている。作業で手を怪我しない為の手袋や、ホコリや病気の元を吸わない為の『マスク』という口や鼻にする覆い、包帯布。
 他に傷口を洗うための強いお酒を用意して欲しいと言われたのでそれは僕が用意した。序に屋敷中の薬も準備してある。

 指揮系統を一つにしたお蔭か、倒壊した建物や怪我人・不明者の人数、物資の状況等が即時で情報が入り、手に取るように分かる。
 明日の作業の流れを粗方決めた時、ファリエロとリノ、ランベール・ジレスが丁度戻って来たのでそのまま報告を受ける事になった。

 「三人とも無事で良かった。大波による被害の様子は」

 「大波に呑み込まれた港付近の民家はほぼ全滅。死人が出なかっただけマシだったと思います。大波が飲み込んだ民家は全部で四十三戸だった」

 リノが答える。ランベールも交易所の職員と共に向かい、自分の目で確認したようだ。

 「交易所は一階がやられました。不幸中の幸いか、倉庫は船に品物を積み込んだばかりで大した物は置いてなかったので被害はそこまで。書類も全て上の階で仕事していたので無事でした」

 ランベールの返答にホッとする。不幸中の幸いか、損害は少なかったようだ。続けてファリエロに視線をやると、一つ頷いて話し始める。

 「船は漁船が陸に打ち上げられて幾つか駄目になっていたぞ。小さな船は海に戻せば使えるが、大きな船はなかなか……漁師には気の毒だが、大事な商船が助かっただけでも良かった」

 「ああ、ファリエロには感謝しかないよ。あんな大きな物が陸に上がれば家も船も無事じゃ済まないだろうし」

 キーマン商会の商船は無事だったらしい。あの状況で出航する判断を良くぞしてくれたと思う。お礼を言うと、ガリアでは地揺れの後に大波が来ると言われているらしく、だからこそマリーの言葉を疑わなかったし、行動に踏み切れたと言った。

 「ところで面白い事をリノから聞いたぞ。あの姫様、聖女様だったんだって? まあ只者じゃないとは思っていたが。地揺れの後に大波が来るって知ってたのも、それが理由か?」

 ファリエロが興味津々と言った様子で目を輝かせている。僕は溜息を吐いた。

 「秘密だったんだけどね……。そう、マリーは聖女だよ。誰も知らない筈の事や、常識では考えの及ばないような事を知ってるんだ」

 リノが成る程な、と頷いた。

 「色々と腑に落ちたぜ。それって聖女様というよりも賢者様みたいだよな」

 「初代聖女様には智慧者というよりも慈悲深さのイメージがあるのでそう思われるのかも知れませんが、神の叡智を持つ者が女性であれば聖女様、男性であれば賢者様というように教会では定義されています」

 とサリューン枢機卿。「それよりも明日の事を話し合いましょう」

 それから僕達は報告を踏まえて細かく話を詰める。最終確認としてマリーを呼んで不足は無いか意見を求める事になった。


***


 「――今のところこんな感じで明日を待つばかりなんだ。それで、マリーには何か気付いた事があれば意見が欲しいと思って」

 必要な物資や道具も揃ったし、伝達も終わった。ノルベール司祭やエヴァン修道士も人々が落ち着きを取り戻していると報告に来てくれている。やってきたマリーに意見を求めると、今の所はそれで良いと思うと頷いた。

 「ただ、食料物資の調達に関わる道が損壊して無いかの確認や、近隣の港町の被害状況の把握、被害状況がまとまったら王都への報告もしておいた方が良いわね」

 ここだけとは思えない、と思案気に言う彼女に成る程確かにと思う。早速人をやって調べさせよう。
 カレル様とサリューン枢機卿猊下が鳩を飛ばして王都へ報告すると申し出てくれた。

 すると、ファリエロがマリーに何故近隣の被害状況まで把握するのかと問いかける。他の町を支援するつもりなのかと。言われてみれば、と僕も疑問に思う。マリーは勿論理由はあると言い、その場の全員を見渡した。

 「地揺れは何故起こるのか、という事からお話ししましょう」

 マリーは語りながらゆっくりと歩き出す。

 「火山が噴火した時。ドロドロに金属が溶けたような高温の物質が吹き出ますよね。あれは、地面のはるか底にあるもので、土や岩石が溶けたものなのです」

 机の前まで移動した彼女はその上にあった筆記具を手にすると、絵を描き始めた。皆が彼女の周囲に集まって覗き込む。

 「大地はこのドロドロとした高温の液体――溶岩の上に浮かぶ板のようなものです。下の溶岩は様々な要因で動きますから、大地もそれによって動きます。本当にゆっくり微々たる動きなので、普通の人には分かりません」

 気の遠くなるような年月。何万年、何億年とかけて大きく動いて行くのです、と続ける。

 「さて、この板は何枚かあって、それぞれに境目があります。これらは下の溶岩の流れに沿って動き、押し合い圧し合いしながら、一方では地上に上がって来て冷えて固まって生まれ、また一方では溶岩の中に沈んで溶けていきます。問題は、一方の板が動かず、一方が沈み込んでいるような場所です」

 マリーは両手の指を揃え、それを交差させるようにして説明を続けた。

 「地揺れが起こるのは、沈み込む板――大地によって、もう一方の大地がたわむのが原因です。今回の場合は恐らく海の中で起こった事ですね。こんな風にだんだんと……何百年か、長い歳月をかけて撓みが限界に達した時。どうなるかと申しますと」

 彼女の撓ませていた片方の指が上に弾かれる。

 「……という風に、海の下で撓んだ大地がパンと跳ね上がる事で地揺れと大波が起こるのです」

 その跳ね上がりが大きければ大きい程、地揺れも大きくなり、大波もまたやってくる可能性が高くなると言う。
 そして近隣の情報を知るのは、その跳ね上がった場所を推測する為だとマリーは言った。それを知る事で今後の予測と対策を立てる事を考えているのだと。
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