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貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。
グレイ・ルフナー(77)
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僕は顔に笑顔を貼り付けて、道化のように座っていた。
というのも、あの園遊会の日にマリーがあろう事か三魔女をお茶会に誘ってしまったからだ。
キャンディ伯爵家の『菊の間』。柔らかいクリーム色の壁紙、家具や小物の所々には菊花のモチーフがアクセントとしてあしらわれ、上品な統一感を醸し出している。
お茶会への参加者は三魔女、マリー、イサーク様、メリー様、そして僕の七名。お茶会へ参加する条件は昔流行した襟を着用するというもの。イサーク様とメリー様も作って貰ったのか、小ぶりの可愛らしい襟をしていた。
主催はマリーなので、彼女の婚約者として流れで僕も参加しない訳にはいかず……僕もこうして祖父から借り受けたひだひだの襟を着用する羽目に陥っている。
あの時、マリーの紹介を受けて覚悟して名乗った後――三魔女達の値踏みするような視線は瞬時に緩められ、友好的なそれに取って代わられた。彼女達はマリーを大変気に入った様子だったので、傍に居た僕が彼女とどういう関係なのか見極めていたのだろう。
マリーの婚約者という事で敵対される事は無かったものの、サイモン様も助けに来てくれなかったので、僕は園遊会が終わるまでその場に留まり、ただひたすらにこにこと笑顔を作ってマリーと三魔女の会話を聞くという苦行を強いられた。
そして今日もきっとそうなるだろう――そんな事を考えた僕は、思わず遠くを見てしまう。
テラスの外には据え付けの大きな石鉢が一定の間隔を空けて並んでおり、溢れんばかりに色とりどりの菊の花が咲き誇っていた。その向こうに見える木々の彩や青空と相まって一つの風景画を作り上げていた。
それにしても、まさかマリーが三魔女と『お友達』になるなんて思ってもみなかった。まったく僕の婚約者は色んな意味で独特な感性を持つだけではなく、引きが強い。
あの園遊会の日、三魔女のお蔭で結局誰もマリーに話しかける事はおろか、近づくことさえ出来なかった。周囲を所在無さげにうろうろする王子殿下達や王妃殿下――さながらお伽話のように魔法的な結界でも張られているかのような有様だった。三魔女だけに本当に魔法を使っていたのかも知れない。
マリーにしてみればかねてより好意を持っていた三魔女と近づけた上、煩わしい王族を遠ざける願ったり叶ったりの結果となった訳だ。
類は友を呼ぶというけれど、彼女と関係を持つ人間は何というか……一癖も二癖もある人間が多いのは気のせいだろうか。そこに他ならぬ僕自身も含まれているというのは脇に置いといて。
視線をテーブルの上に戻すと、目の前ではキャンディ伯爵家の素晴らしい菓子に目を輝かせ、舌鼓を打つ三魔女達。砂糖や蜂蜜をふんだんに使ったであろうモンブランという栗のケーキはホルメー夫人とイサーク様の言う通り非常に美味で珍しい。
メリー様が好きだと言う甘藷を使ったものもまた型破りだ。一口食べると滑らかで上品な甘い風味が広がる。花のような甘い香りは何だろう。バターの香りもする。
マリーに訊くと、確かにバターを使っていると頷いた。他に生クリームと蜂蜜、香辛料のヴァニールも混ぜ込んであるとの事。驚いてケーキを見ると、黒い小さな粒が所々に見える。ヴァニールなんて、カカウや煙草の香り付けに使われるものとばかり思っていた。
だけど、ヴァニール以上に注目すべきは、何と言っても普通は薬として使われる筈のカカウのケーキだろう。流石に僕の想像を超えたもので内心かなり驚いている。色んな希少な物を見聞きしているだろう夫人達も同様だ。まさかあの苦いものがこんな甘美な味となるなんて。
そう言えば、とカカウと同じような苦い飲み物の存在を思い出す。バン豆というもので、それを炒って粉にして煮だした物はバンカムと呼ばれているけれど、異教徒の飲み物。バンカムはお茶よりも飲み辛く、カカウと同じような扱いを受けている。
だけど、もしかするとカカウやバンカムもあのミルクティーのようにすれば――。
商人の悲しい性で、もし商売にするならば、等とつい頭の中で算盤をはじいてしまう。うん、半分現実逃避なのは認めよう。
商売と言えば、現在王都にレストランを準備中だ。『フランチャイズ』への第一歩になる。また、店を構えて居なかった街にキーマン商会の店を『フランチャイズ』で出してみようかとも思っている。
今は候補地の選定と需要等の下調べ中だ。まだまだ時間はたっぷりあるので焦ってはいない。というのも、そのやり方は前提として輸送の問題――馬車事業とそれに付随する道の整備が不可欠。その場所に出来る限り迅速に品物を行き渡らせる必要があるからだ。
馬車事業で人の行き来は活性化されたけれど、時間帯によって乗客が少なく採算が取れない問題も少しずつ出てきている。そこで僕は人が乗らない分、荷物や手紙等を乗せて運ぶ事を思いついていた。
荷物と言えば、教皇猊下への小包は無事に届いただろうか。喜んで頂ければ良いんだけれど。
***
ケーキや菓子が粗方少なくなってきた時、ホルメー夫人が庭の菊の美しさについて言及した。
するとマリーが異国では菊にちなんだお祭りをすると聞いた事があると言う。そう言えば僕も異国人の旅行記でそんな記述を読んだ事がある。
クァイツの故郷、ファンファという名前の国だったと思うけど――菊の花を愛で、お酒に菊の花びらを浮かべて楽しむ風習があるそうで。紅茶にワインを垂らし、菊の花びらを浮かべたマリーはきっとその事を知っていたのだろう。
三魔女は酒を好むらしく、その『菊花ワイン紅茶』を飲んでほろ酔い気味になっている。ここで嬉しい誤算があった。ご機嫌になった彼女達の口が随分と軽くなったのだ。
他の貴族の浮気や隠し子、悪癖、財政状況等、後ろ暗い情報がまるで金脈を掘るが如くにどんどん湧き出て来る。勿論裏は取らないといけないけれど、非常に有用な情報だ。上手く使えば商売に役立つ事だろう。
笑いが止まらない。
僕は軽く舌なめずりをすると、三魔女への給仕を買って出る。これまで敬遠していたのを後悔する位、三魔女の持つ情報は膨大で素晴らしいものだった。ラベンダー精油を優先して融通する事ぐらい安いものだ。
というのも、あの園遊会の日にマリーがあろう事か三魔女をお茶会に誘ってしまったからだ。
キャンディ伯爵家の『菊の間』。柔らかいクリーム色の壁紙、家具や小物の所々には菊花のモチーフがアクセントとしてあしらわれ、上品な統一感を醸し出している。
お茶会への参加者は三魔女、マリー、イサーク様、メリー様、そして僕の七名。お茶会へ参加する条件は昔流行した襟を着用するというもの。イサーク様とメリー様も作って貰ったのか、小ぶりの可愛らしい襟をしていた。
主催はマリーなので、彼女の婚約者として流れで僕も参加しない訳にはいかず……僕もこうして祖父から借り受けたひだひだの襟を着用する羽目に陥っている。
あの時、マリーの紹介を受けて覚悟して名乗った後――三魔女達の値踏みするような視線は瞬時に緩められ、友好的なそれに取って代わられた。彼女達はマリーを大変気に入った様子だったので、傍に居た僕が彼女とどういう関係なのか見極めていたのだろう。
マリーの婚約者という事で敵対される事は無かったものの、サイモン様も助けに来てくれなかったので、僕は園遊会が終わるまでその場に留まり、ただひたすらにこにこと笑顔を作ってマリーと三魔女の会話を聞くという苦行を強いられた。
そして今日もきっとそうなるだろう――そんな事を考えた僕は、思わず遠くを見てしまう。
テラスの外には据え付けの大きな石鉢が一定の間隔を空けて並んでおり、溢れんばかりに色とりどりの菊の花が咲き誇っていた。その向こうに見える木々の彩や青空と相まって一つの風景画を作り上げていた。
それにしても、まさかマリーが三魔女と『お友達』になるなんて思ってもみなかった。まったく僕の婚約者は色んな意味で独特な感性を持つだけではなく、引きが強い。
あの園遊会の日、三魔女のお蔭で結局誰もマリーに話しかける事はおろか、近づくことさえ出来なかった。周囲を所在無さげにうろうろする王子殿下達や王妃殿下――さながらお伽話のように魔法的な結界でも張られているかのような有様だった。三魔女だけに本当に魔法を使っていたのかも知れない。
マリーにしてみればかねてより好意を持っていた三魔女と近づけた上、煩わしい王族を遠ざける願ったり叶ったりの結果となった訳だ。
類は友を呼ぶというけれど、彼女と関係を持つ人間は何というか……一癖も二癖もある人間が多いのは気のせいだろうか。そこに他ならぬ僕自身も含まれているというのは脇に置いといて。
視線をテーブルの上に戻すと、目の前ではキャンディ伯爵家の素晴らしい菓子に目を輝かせ、舌鼓を打つ三魔女達。砂糖や蜂蜜をふんだんに使ったであろうモンブランという栗のケーキはホルメー夫人とイサーク様の言う通り非常に美味で珍しい。
メリー様が好きだと言う甘藷を使ったものもまた型破りだ。一口食べると滑らかで上品な甘い風味が広がる。花のような甘い香りは何だろう。バターの香りもする。
マリーに訊くと、確かにバターを使っていると頷いた。他に生クリームと蜂蜜、香辛料のヴァニールも混ぜ込んであるとの事。驚いてケーキを見ると、黒い小さな粒が所々に見える。ヴァニールなんて、カカウや煙草の香り付けに使われるものとばかり思っていた。
だけど、ヴァニール以上に注目すべきは、何と言っても普通は薬として使われる筈のカカウのケーキだろう。流石に僕の想像を超えたもので内心かなり驚いている。色んな希少な物を見聞きしているだろう夫人達も同様だ。まさかあの苦いものがこんな甘美な味となるなんて。
そう言えば、とカカウと同じような苦い飲み物の存在を思い出す。バン豆というもので、それを炒って粉にして煮だした物はバンカムと呼ばれているけれど、異教徒の飲み物。バンカムはお茶よりも飲み辛く、カカウと同じような扱いを受けている。
だけど、もしかするとカカウやバンカムもあのミルクティーのようにすれば――。
商人の悲しい性で、もし商売にするならば、等とつい頭の中で算盤をはじいてしまう。うん、半分現実逃避なのは認めよう。
商売と言えば、現在王都にレストランを準備中だ。『フランチャイズ』への第一歩になる。また、店を構えて居なかった街にキーマン商会の店を『フランチャイズ』で出してみようかとも思っている。
今は候補地の選定と需要等の下調べ中だ。まだまだ時間はたっぷりあるので焦ってはいない。というのも、そのやり方は前提として輸送の問題――馬車事業とそれに付随する道の整備が不可欠。その場所に出来る限り迅速に品物を行き渡らせる必要があるからだ。
馬車事業で人の行き来は活性化されたけれど、時間帯によって乗客が少なく採算が取れない問題も少しずつ出てきている。そこで僕は人が乗らない分、荷物や手紙等を乗せて運ぶ事を思いついていた。
荷物と言えば、教皇猊下への小包は無事に届いただろうか。喜んで頂ければ良いんだけれど。
***
ケーキや菓子が粗方少なくなってきた時、ホルメー夫人が庭の菊の美しさについて言及した。
するとマリーが異国では菊にちなんだお祭りをすると聞いた事があると言う。そう言えば僕も異国人の旅行記でそんな記述を読んだ事がある。
クァイツの故郷、ファンファという名前の国だったと思うけど――菊の花を愛で、お酒に菊の花びらを浮かべて楽しむ風習があるそうで。紅茶にワインを垂らし、菊の花びらを浮かべたマリーはきっとその事を知っていたのだろう。
三魔女は酒を好むらしく、その『菊花ワイン紅茶』を飲んでほろ酔い気味になっている。ここで嬉しい誤算があった。ご機嫌になった彼女達の口が随分と軽くなったのだ。
他の貴族の浮気や隠し子、悪癖、財政状況等、後ろ暗い情報がまるで金脈を掘るが如くにどんどん湧き出て来る。勿論裏は取らないといけないけれど、非常に有用な情報だ。上手く使えば商売に役立つ事だろう。
笑いが止まらない。
僕は軽く舌なめずりをすると、三魔女への給仕を買って出る。これまで敬遠していたのを後悔する位、三魔女の持つ情報は膨大で素晴らしいものだった。ラベンダー精油を優先して融通する事ぐらい安いものだ。
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