貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

譚音アルン

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貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

グレイ・ルフナー(78)

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 笑顔で給仕をしつつ、時折相槌や催促をしながら熱心に話に耳を傾ける僕の事も三魔女は気に入ってくれたようで上機嫌だった。
 マリーの良い婿になるだろうと褒めてくれている。彼女達が社交界で口を揃えてマリーと僕との仲を喧伝してくれればこれほど心強い事は無い。
 ホルメー夫人の言葉からして、どうもラトゥ様は三魔女にマリーの事をよろしく頼んでいたようだ。成る程それで園遊会の時にマリーの所にやってきたのかと納得する。
 王子達に狙われているのでは、という言葉にマリーは王位継承争いに巻き込まれていると肯定の意を示す。同時に庇われた事の礼を述べ、僕との結婚以外は相手が誰であろうとも考えられないと潤んだ目でになっていた。

 「マリー……」

 彼女の愛情深さに切なさすら覚えながら、僕も彼女の瞳を見詰め返す。

 「あら、あら! 何てこと! そういう事だったのね!」

 何としてでも、誰を敵に回しても、マリーと添い遂げ守り抜いて幸せにしよう――そう決意を新たにしていると、エピテュミア夫人が手を叩き、感動したように声を上げた。

 「何だか昔を思い出すわぁ。ほら、ええと、パレディーテ様の時よぉ」

 その言葉に我に返った僕。祖母の名、しかもパレディーテという名は非常に珍しい。まさかと思って訊いてみると、何と三魔女は祖母と既知の間柄だったらしい。
 祖母が駆け落ち同然で祖父と添い遂げたのは知っていたけれど、それを手助けしたのがマリーのお婆様と三魔女だったとは。同時に祖母が社交界に出ない理由も知ってしまい、そういう事だったのかと納得する。
 あまりの事実に愕然しながらも、僕は祖母パレディーテに代わって礼と謝罪を述べた。
 三魔女は手紙を書くと言う。確かにもう時効だし、友誼を結び直しても良いだろう。ラトゥ様ともそうした事だし。
 案外世間は狭いと思っていると、ピュシス夫人がマリーも似たような状況だと溜息を吐いた。それをエピテュミア夫人が不吉だと窘める。
 王族の教師していたというホルメー夫人が冷静に、陛下は王位継承争いの構図を利用して不穏な貴族の炙り出しをしているのではと分析していた。


***



 「――それで、僕もホルメー夫人と似たような見解なんだよね。僕達は陛下のふるいにかけられている」

 いつものルフナー家の居間。
 お茶会であった事を簡単に話してそう締めくくると、「そうじゃろうな」と祖父エディアールが頷いた。ちなみにお婆様と三魔女に関する話は、お婆様がここに居ないので敢えてまだ話していない。

 「ほっほ、負うた子に助けられたのう、ブルック」

 「ああ。つくづく身に染みた。お前が正しかったようだ、グレイ。時には大胆に賭ける事も必要だと思っていたが、俺は冷静なつもりでいて結局目先にぶら下がった利益に振り回され、薄氷の上を歩いていたのだな。そろそろ家督を譲った方が良いのかも知れん」

 「それは流石に弱気に過ぎるのでは」

 「アールの言う通りじゃ。性急なのは若い証拠、まだ働き盛りじゃろうが」

 「今のところカーフィが株式を第二王子派に頑張って売ってるから、馬車事業は中立的になってくる筈。家族なんだし、助け合わなきゃ。逆に僕が失敗しそうな時は助けて貰わないと」

 家督を譲られてもお父様をこき使うから。そう言うと、父ブルックはこつんと僕を小突く。

 「こいつめ。親を楽に隠居させようと思わんのか」

 「それは儂の台詞じゃ!」

 「やれやれ」

 祖父の台詞にアールは肩を竦め、皆が笑った。

 「ところでお茶会で思い付いた事があって、試してみたい事があるんだ」

 扉を開けて使用人に言いつけていると、そこへ祖母パレディーテと母レピーシェがやってきた。

 「グレイ、もう男同士の内緒話は終わったの?」

 「あっ、丁度良い所に。退屈な話は終わったから、お婆様もお母様も入って大丈夫だよ」

 使用人が戻ってくるまでの間。僕は預かって来た手紙を取り出す。

 「実は、お婆様への手紙を預かって来ました。ピュシス・カヴァルリ先代子爵夫人、エピテュミア・ディブロマ先代伯爵夫人、ホルメー・サヴァン先代伯爵夫人のお三方からの物です」

 まさかの祖母への三魔女からの手紙。寝耳に水とばかりに父とアールの表情が若干引き攣っている。祖父は祖母と同じで社交界には滅多に出ないので不思議そうな表情をしていた。

 手紙を渡し、「昔、お婆様とお爺様との仲を助けて下さったとか」と話す。少し首を傾げていた祖母は、だんだんと思い出したらしく、「ああ、あの時の!」と声を上げた。

 「夫人達が言うにはもう時効だって。だから、旧交を温めても大丈夫だと思うよ」

 「あれ以来、社交界に出ないと決めて――結局この年までずるずると来てしまったわ。何より面倒になってしまったんだもの」

 そうは言いながらも祖母パレディーテは懐かしそうな目をして祖父を振り向く。「ほら、エディに話したでしょう? 色々と助けて下さった御令嬢達の話――」

 楽しそうに語る祖母。兄が僕の隣にやって来て耳打ちでぼそりと呟く。

 「まさかあの悪名高き三魔女がお婆様と知り合いだったなんてな……」

 僕は笑顔で頷いた。

 「うん、僕も驚いた。ちなみにマリーと僕も夫人達と友達になったんだ」

 「正気か!?」

 余程ショックだったのか、アールが目をく。僕は「うん、またとない商機だよ」と微笑んだ。



***



 「――やっぱり」

 それを一口啜って頷いた。予想通りだ。ミルクと砂糖はカカウとバンカムを美味しく飲みやすくする事を発見してしまった。
 そう、使用人に持って来させたのはカカウとバンカム。それにミルクと砂糖。
 あのお茶会で考えた事は大正解だったという訳だ。

 僕の様子を見て、家族もめいめいカップに口を付ける。一口飲んだ瞬間、驚きの声を上げていた。

 「グレイ、凄いな。売れるぞ、これは」

 アールが興奮したように言う。母レピーシェも頬を染めて頷いた。

 「マリーの所でカカウがケーキに使われていたんだ。そこで思い付いてね。あのミルクティーみたいにしたらって考えたんだ」

 「まあ、そうなのね! とても美味しいわ」

 「薬が嗜好品になった、という訳か。でかしたぞ、グレイ」

 母と父は喜んでいる。祖父エディアールも気に入ったようで、目を細めてカップを揺らしていた。

 「ふむ、こういう飲み物を提供する店を出してみても良いかも知れんの」

 「うん、僕もそう考えた。金持ちや貴族向けにね。勿論カカウやお茶も出すけれど、メインはアヤスラニ帝国で良く飲まれているバンカムにするつもり。バンカムなら仕入れ値もカカウやお茶程じゃないから」

 「成る程な。だが、バンカムは異教徒の飲み物という印象が強い。アヤスラニ帝国を教会は良く思っていないからな」

 「そこなんだよね」

 アヤスラニ帝国は東にある異教徒の国だ。太陽神も祀ってはいるけれど、教会のように絶対的ではない。
 例えば砂漠地帯では月の神や水の神の信仰が篤かったり、風の神や地の神等、他の神々の信仰も根強かったりする。
 また、火の神を崇拝する謎めいた宗派もあり、そこでは火の神が太陽神の息子として救世主的な解釈もなされ、赤毛も特に差別されていない。
 教会はそんな信仰の在り方を異教だと断じて認めてはいない。過去の歴史では戦争になった事さえあった。

 だけど僕に言わせれば物に罪はない。マリーに相談してみようか。なんてったって聖女だし。
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