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夜廻り
しおりを挟む「とりゃあっ、うりゃあっ、そりゃあっ」
サギは作業台の上に四つ並んだカスティラに直刀を縦横に振り廻した。
「おうい、サギ、振り廻しとらんでさっさと斬ってみせとくれよ」
見習いの甘太だけはサギのカスティラ斬りを初めて見るのだ。
「今、斬ったんぢゃよ」
サギはサラッと言って作業台をトンと叩く。
四つのカスティラの四方の耳がパッタリと外側に倒れた。
「えええっ?」
甘太はビックリ仰天だ。
それから、
晩ご飯をモリモリと食べて、
小僧と一緒に手習いでカスティラのラの当て字を羅、楽、等、良と書いて、
ようやく火の用心の夜廻りに行く時分となった。
「いよいよ夜廻りぢゃあっ」
サギは藍染めの作務衣からヒヨコの筒袖とたっつけ袴に着替えて店の裏側の板間へ行った。
夜廻りの一番手の小僧等は桔梗屋の紋の提灯を手に興奮気味にウキウキしている。
「わたしは夜廻りの取りまとめ役にござりますゆえ、小僧と若衆の夜廻りにも一緒に参ります」
手代の銀次郎は三回も廻るつもりらしい。
掃除や茶番や使い走りの小僧や若衆と違って手代はずっと座り仕事で体力が有り余っているのであろう。
「ああ、小僧や若衆だけでは心配だからな。銀次郎が付いていたほうが安心だ。さあ、出掛けるとするか」
草之介は拍子木を手に持って先導していくようだ。
(へえ?草之介の奴もちゃんと行くのか。感心ぢゃの)
てっきりサギは草之介が夜廻りを奉公人だけに押し付けるつもりだろうと思っていた。
「火の用心~」
まずは草之介の一声。
カチン。
カチン。
拍子木を打つ。
「火の用心~」
みなも続いて声を揃える。
草之介、小僧四人、サギ、銀次郎の順に並んで通りを本石町から芳町のほうへ向かってぞろぞろと歩き出す。
通りの商家はとっくに店仕舞いしているが、日本橋はまだまだ人の往来が多い。
「火の用心~」
カチン。
カチン。
「火の用心~」
桔梗屋の夜廻りの列を人々はみなチラチラと見ながら通り過ぎていく。
「ありゃあ、桔梗屋の若旦那だよ」
「へええ、夜廻りするってホントだったんだ」
「一文の得にもならねえことを奇特な御仁だよ」
「ほれ、山算屋にも火事見舞いに二百両も届けたってえぢゃねえか」
「火事見舞いに二百両たあ、さすがに桔梗屋は桁違いだ」
「まったく桔梗屋の旦那が千両箱を持ち逃げしたってえデマを流したのはどこのスットコドッコイでい」
お葉がポンと二百両も火事見舞いを出したことで件の噂はデマカセだと広まったようである。
色町の芳町に近付くほど通りは賑やかになっていく。
ペペン♪
ペペン♪
あちこちの料理茶屋から三味線の音が響き、酔客と芸妓の笑い声がさざめいている。
「なんぢゃ、賑やかぢゃのう」
サギは想像していた夜廻りとはだいぶ違うので拍子抜けした。
「昼と人通りはあまり変わらんね」
「日もとっぷり暮れて夜六つ半(午後七時頃)も近いというに」
小僧等は物珍しげにキョロキョロしながら賑やかな夜の色町を眺める。
すれ違う芸妓衆から白粉が艶かしく香ってくる。
「ううむ、こう人が多いからこそ不届き者が人混みに紛れて付け火などするのであろう」
銀次郎は注意深く行き交う人々の挙動に目を光らす。
「木戸が閉まる時分までは人はいっぱい歩いとるさ。なにしろ江戸の中心の日本橋だからな」
夜遊び好きの草之介は夜が更けるほど目がパッチリと冴えて生き生きとしてきた。
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