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匠の技
しおりを挟む「まあっ、餡ころ餅、ホントに貰っていいのかい?」
下女中のおフミは餡ころ餅の折り箱にパアッと笑顔になって喜んだ。
「当然ぢゃ。おクキどんがおらんで余った分なんぢゃから遠慮はいらん」
サギは心の中で悪玉と善玉が餡ころ餅を争ったことなどなかったかのように気前良く頷いてみせる。
「良かったよ。わし等、今、餡ころ餅を一人四つずつに分けて食べたとこだったんだわさ」
「この一箱は晩の後片付けが済んでからのお楽しみに取っておこうよ」
「ああ、こんな美味い餡ころ餅をいっぺんに食べちゃもったいない」
「まだもう一つ食べられると思うと、ああ、有り難いねえ」
他の四人の下女中もホクホクと嬉しそうだ。
「みんな餡ころ餅が大好きなんぢゃなっ」
サギは自分が二人前も食べなくて良かったと心から思った。
そこへ、
「あ、サギさん、ちょいと」
下女中のお市がサギを呼びにやってきた。
「わし等はさっそく今日からお仕着せを仕立てるんで、こっちのお座敷を使わせて戴いているんさ」
サギはお市にくっ付いて裏庭に面した縁側を進んでいく。
仕立て物の座敷はお花のいる座敷よりも奥で縁側の端っこになる。
下女中の住まう裏長屋に一番近い座敷だ。
針仕事の得意な下女中五人はお仕着せを仕立てる間だけは特別にこの座敷で針仕事をさせて貰うのである。
「サギさんの筒袖で寸法を測ってみたけど、洗濯して縮んで袖が短くなってやしないかと思ってね」
お市はサギの手を真横に伸ばさせて裄を測った。
サギは袖丈が少しくらい短くても構わぬのだが、お市は元お針子だけに仕事が丁寧だ。
「それにしても、サギさんの筒袖、おっ母さんが縫ったって言ってたけど、まあ、見事な腕前だねえ」
お市は仕立て屋でもこんな腕前のお針子はめったにいないと言う。
「へへん、母様は針仕事が得意なんぢゃ」
サギは鼻高々だ。
それもそのはず、サギは知る由もないが、母であるお鶴の方は富羅鳥藩の奥女中として十三歳の年齢よりお城へ上がって藩主の衣服を司る仕立物師の元に勤めていたのだが、十六歳になるとその抜きん出た美貌を見込まれて側室となったのである。
「ほれ、サギさんの筒袖、ツギハギも出来ているよ」
お市は綺麗に洗濯した柿渋染めの筒袖を差し出す。
「おおっ?」
サギはビックリと目を見開いた。
十ヶ所以上もあった火の粉の焼け焦げの穴がヒヨコに化けている。
「こ、こりゃ、ヒヨコの模様ぢゃっ」
ツギハギは将棋の駒ほどの小さなヒヨコを型どった生地を縫い付け、刺繍でヒヨコの目や羽や足を描いてあった。
「あれ、それ、サギの着ていた筒袖?」
お花が反対側の端っこの座敷からやってきた。
「まあ、可愛ゆらしい。焼け焦げのツギハギになんて見えんわな」
お花もビックリしている。
「あ、このヒヨコの生地は――」
見覚えのある玉子色の生地だ。
「そう、お仕着せの玉子色の反物だわさ。サギさんは筒袖なんで生地が余るからヒヨコにしてみたんだよ」
お市はヒヨコのツギハギが好評を得て、ご満悦である。
「はあ、母様を思い出すのう。母様は刺繍も得意なんぢゃ」
サギは首にぶら提げた財布を外してお市に見せる。
「へええ、刺繍も見事だねえ。この草花の細かいことといったら」
お市は白鷺と秋の七草の刺繍につくづく感心する。
「あっ、そうぢゃ。児雷也がわしのこの刺繍の財布を羨ましがって欲しがっとったんぢゃ」
サギはハッと思い出した。
「えっ?児雷也がっ?児雷也が刺繍の財布を欲しがっとるのかえ?」
お花は目の色を変えてバッとサギの財布を引ったくる。
「うん、そうぢゃよ」
サギが勝手にそう思っただけで児雷也はべつに刺繍の財布を欲しがっていた訳ではない。
「のう?お市どんなら、これとそっくり同じような刺繍が出来るぢゃろ?児雷也に刺繍の財布をこしらえてやっ――」
「あたしっ、あたしがこしらえるわなっ」
お花はサギの言葉を遮り、お市を押し退けるように身を乗り出して言った。
「お花も刺繍するのか?」
サギはどう見てもお花は針仕事などしそうにないと思ったが一応は訊いてみる。
「いっぺんもしたことないわな。けど、これから習うものっ」
お花は恋する乙女に相応しい仕事が見つかって意欲的だ。
今から刺繍を覚えて財布をこしらえて児雷也に贈ることに決めた。
児雷也と逢える来月のたぬき会までにこしらえなくてはならない。
「サギい?早よカスティラを斬りに来んかあっ」
作業場から菓子職人見習いの甘太が大声で呼んでいる。
もう先ほどのカスティラが冷めた頃合いだ。
「あ、カスティラ斬りぢゃっ」
サギは急いで作業場へ走っていった。
火の用心の夜廻りまでまだまだ日は長い。
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