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第12弾 ショウほど素敵な商売はない

People who are not honest (素直じゃないヒト達)

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「おはようございます~」

 クララとアランは2人に許された唯一のカップルらしい接触、手を繋いで、ニコニコ顔で朝の挨拶をしてセキュリティゲートを通ってバックステージの建物へ向かった。

 ヘンリーとハワードは(あああ、馬鹿馬鹿しい)という仏頂面で仲良しカップルの後ろをブラブラと歩いていく。

 ブップ―、

 目前の停留所に巡回バスが停まり、キャスト宿舎から出勤するキャストがゾロゾロと降りてきた。

 スーザンとチェルシー、バミーとバーバラの姿もある。

「あら?4人とも何で?誰かのキャスト宿舎に泊まったの?」

 クララはスーザンとチェルシーの服が昨日と同じなのに気付いた。

 バミーとバーバラはいつもジャージ上下で同じなので通常どおりだ。

「ふふふ、ジョーさんの部屋に泊まっちゃったのよ~」

「夕べ、みんなとビール飲み過ぎちゃって、キャスト食堂でへべれけよ~」

 スーザンとチェルシーはヘンリーとハワードに聞こえよがしに言った。

「――」

 ヘンリーとハワードはあからさまにムカッと怒り顔している。

「あ、心配しないでいいから。わたし達と女のコ4人で泊まっただけだよ」

「ジョーさんはバッキーと2人で空いてるメラリーちゃんの部屋で寝たから」

 バミーとバーバラがヘンリーとハワードの怒りを鎮めるように2人の背中をポンポンと叩く。

 年下の女のコになだめられてヘンリーとハワードもさすがにバツが悪い。

「べつに心配なんか、ジョーさんは俺等と違ってこんなのに手を出すほど女に不自由してねえし」

「そうそ、それよりスケコマシのジョーさんの部屋になんか泊まって大事なお見合い前に尻軽女とか噂が立たないように気を付けたほうがいいんじゃね?」

 ヘンリーとハワードは虚勢を張るあまり、つい、スーザンとチェルシーに対する悪口に他ならない嫌味を言った。

 喧嘩別れした元カノにまだ未練がましく嫉妬しているなどと思われたくないが、かえって未練がましさ全開だった。

「まっ、『こんなの』って、どういう意味よ」

「余計なお世話よっ」

 タウンきっての美女であるスーザンとチェルシーは『こんなの』呼ばわりされてプンプンと足早にロビーへ入っていった。


「じゃ、お昼にね」

「うん」

 クララは名残惜しくアランと繋いだ手を離して建物のポーチで別れた。

(ああ、もっと一緒にいたいのに。お昼休みまで3時間も逢えないなんて)

 女子更衣室の仕切りのカーテンに抱き付くようにして(ああ、寂しくて涙が出そう)とひとしきり嘆いた。

 すっかり恋する馬鹿な女のコになっていた。

「あ、そういえば、クララこそ、何で?」

「昨日はホテルアラバハにお泊まりじゃなかったの?」

 スーザンとチェルシーはクララの服が昨日と違っているのに気付いた。

 2人はとっくにコスチュームのドレスに着替えて鏡の前で髪を整えている。

「え?まさか、お泊まりなんかしないわ。バレンタイン・ディナーだけよ。お食事もカクテルも美味しかったし、プロのカメラマンにツーショットも撮ってもらって、すごく楽しかったわ」

 クララは慌てて誤魔化す。

「え~?わたし達、ついにクララも初体験とばかり思って祝杯まであげたのにぃ?」

「でも、まあ、ラブラブじゃない?」

 スーザンとチェルシーはちょっと妬ましげだ。

「んふふ~、そうお~?ラブラブ~?」

 クララは喜びを抑えきれず身体をクネクネさせてデレデレと照れまくった。

 すっかり恋する気持ち悪い女のコになっていた。

「もう、早く着替えちゃいなさいよ」

「あ、またデレデレが来たわ」

 スーザンとチェルシーが鏡越しに見ると「おはよ~♪」とニコニコ顔のアニタが入ってきた。


 そうして、11時半にもなるとキャスト食堂には早めの昼食にショウのキャストが集まり出した。

「おい、バッキー、ちょいちょい」

 レッドストンがロビーで太田を呼び止める。

「はい?」

 太田が振り返ると、

「お兄ちゃん」

 ルルが小走りでやってきた。

「何だ?ルル。今日は仕事、休みだろ?」

「だって、暇なんだもん。バレンタインシーズンはインディアン・ジュエリーの店もカップルがひっきりなしで忙しかったけど」

 ルルはチラッと太田に目をやって、

「バッキーさんも彼女が出来たならペアのネックレスでもプレゼントしたら?ルルが選んであげる」

 ことさら平静を装ってさりげなさそうに言った。

 内心では悔しくて泣きそうだった。

 昨夜からムカムカしていたルルは太田に嫌味の一つも言いたくて休みなのにわざわざ来たのだ。

「えっ?いえ、何度も言うようですが、俺は恋愛などとは無縁の人間ですから、彼女など一生、出来ませんから」

 太田はブンブンと首を振る。

「――?」

 ルルは不信げに太田を見返す。

「ああ、バッキー、さっき、ケータイに親父から電話があってよ、メラリーの奴、ペンションをチェックアウトして出ていったってよ。なんでも、『もう和風フレンチも食べ飽きたし~』とかケロッと抜かして」

 レッドストンが太田に要件を伝えた。

「ええ?メラリーちゃんが?それで、昨日は俺を夕食に誘って1人前、分けてくれたんですね。創作和風フレンチに飽きてきたものだから」

 どうりで食いしん坊なメラリーが3人前のうちの1人前でも分けてくれた訳だと太田は合点がいった。

(メラリーちゃんがうちのペンションに泊まってたの?それで、昨日、バッキーさんはメラリーちゃんと一緒に和風フレンチを食べてたの?)

 ルルは兄と太田の会話から、太田がバレンタイン・デートと思ったのが自分の勘違いだったと察した。

 たちまち霧が晴れたように心がスッキリとする。

 勿論、ルルの理想のタイプは美形の王子様なので太田など眼中にもないが、

(だけど、う~ん、何でか分からないけど)

 ルルは太田がいつまでも自分の崇拝者でいて欲しいとだけは思った。


「メラリーの奴、2週間もペンションに泊まって、毎晩、和風フレンチを3人前も食べてたから、さすがに有り金を使い果たしたんじゃね?」

 レッドストンの父親の話によるとメラリーは駅まで行くバスに乗っていったそうだ。

 そこへ、

「エロで生まれてエロ育ち~、俺はだんぜんエロ男~~♪」

 普段どおりにジョーが『エロ小唄』を歌いながらダラダラと廊下を歩いてきた。

「取り敢えず、ジョーさんには言わないでおきます。メラロスは治ったようですが、念のため」

 太田は早口でレッドストンに言って、その場を離れた。

「――」

 ルルが物足りない顔で見ていたが太田は気付きもしなかった。


(そしたら、メラリーちゃんはどこへ?まさか、もう実家へ帰るつもりで東京行きの電車に乗って?)

 太田は窓ガラスから切なげに空を眺めて遠い目をした。

 この空は遠い東京までも続いているとばかりに。

 荒刃波の広い空はどこまでも白く明るい曇天だった。
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