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第12弾 ショウほど素敵な商売はない

it's okay (大丈夫だよ)

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「――という訳なの。グスン、グスン」

 クララは自宅へ向かう車の後部座席で事の顛末を話し、

「グスン、グスン、条件反射で身体が勝手に動いたのよ。だ、だから、お父さんが悪いのよ。わたしに護身術なんか仕込んだせいよっ」

 嗚咽しながら父、日出男にすべての罪をなすり付けた。

「まあ、それじゃ、クララ、いよいよ初体験って時にアランくんの耳を噛みちぎって、そのうえ股間まで蹴って撃退しちゃったっていうの?せっかくのバレンタイン・デートでゴージャスな部屋だったんでしょ?もったいないわぁ」

 母、光恵は落胆を隠せなかった。

 以前、病院のロビーで挨拶された時に礼儀正しくハンサムなアランのことがすっかり気に入っていた。

 さらに老舗旅館はゆま屋とホテルアラバハという荒刃波きってのセレブ一族なのだから娘の結婚相手として申し分ない良縁に恵まれたと喜んでいたのだ。

「みっちゃん、何を言ってるんだ?クララはあやうくケダモノにキズモノにされるところだったんだぞっ」

 父、日出男が助手席の妻を横目でギロッと睨む。

 ところで両親まで娘をクララと呼ぶのは、クララが幼少期に父、日出男のことを地元のみなが「サニー」と呼んでいるのが羨ましく、自分も「クララ」と外国人っぽい愛称を付けてもらったからだ。

「ヒデくんこそ何を言ってるの?結婚前提の真剣交際なのよ?もう、このコ、来月で23歳なのよ?」

 母、光恵は「わたしがヒデくんと結ばれたのは19歳の時だったわ」と余計なことまで言った。

「ふん、俺はみっちゃんと嘘偽りなく真剣交際だったから問題ないっ。だが、そいつは金持ちのボンボンでハンサムでモテモテなんだろ?どうせ、結婚を臭わせて生娘を騙してヤリ捨てする気に決まってんだよ。食われ損して泣きを見るのがオチだろうがっ」

 金持ちでハンサムでモテモテな男は真実の愛などミジンコほども持ち合わせていないというのが父、日出男の偏見に満ちた主張だ。

「とにかく、そんなケダモノとは二度と2人きりになるんじゃないぞ。きっぱりフッてやれ。いいなっ?」

 父、日出男は大上段で娘に言い渡す。

「フッてやるも何も」

 クララは涙ながらに苦笑し、

「もう、わたし、嫌われたもの。これまでだって頭突きやグーパンチしてアランに3度も鼻血を出させちゃったのに、今度は耳を嚙みちぎってヒドい怪我までさせて、フラれたのはわたしのほうよ。初めての彼氏とあっという間に終わりよっ」

 やさぐれて吐き捨てるように言った。

「なに?3度も鼻血?それで、そいつは今までお前に『何すんだっ』とか怒鳴ったり、『てめーっ』とか乱暴したりしなかったのかっ?」

 父、日出男は鋭く目を剥く。

「そんなことしないわ。アランは一度も怒ったりしなかったもの」

 そういえばクララに乱暴された後もアランはいつでも温和だったのだ。

「ふうん――」

 父、日出男は眉間に皺を寄せて、しばし考える顔付きになり、

「よしっ。いっぺん逢ってやってもいいぞ。今度、そいつを家に連れてこいっ」

 何を「よしっ」と思ったのか謎だが、急にアランに対する態度を軟化させた。

「な、何よ?今になって遅いわよ。もうアランとは終わりだって言ってるでしょっ」

 クララは八つ当たりに怒鳴って、また「グスン、グスン」と父親に当て付けのように泣き出した。

「グスン、グスン、これまでアランが結婚のこと話しても素っ気ない態度してたけど、ホントはわたしだってアランと結婚したかった。可愛い子供も3人くらい欲しかった。も、もう遅いけど――」

 今頃になって自分が恋していたことにはっきりと気付いた。

 バレンタインデーの今日は初めての失恋記念日、そう思っていた。


 あくる日。

 クララは泣きはらした腫れぼったい顔でいつもどおりにタウンに出勤した。

 ズル休みして家にいても祖父母や両親が心配するのがうっとおしいので仕事に行ったほうがマシだった。

 キャスト専用駐車場にミニバンを停めて降りると、セキュリティゲートに向かう通路の途中に群青色のマントを羽織った騎兵隊キャスト3人が立っていた。

 アランとヘンリーとハワードだ。

(――ア、アラン)

 クララは逃亡中の犯人のようにドキリとした。

 あんなところに立っているのは自分を待ち伏せしていたに決まっている。

 昨日の自分の暴力を3人掛かりで責め立てて慰謝料でも請求するつもりかもしれない。

(こ、怖いけど、とにかく、ちゃんと謝らなくっちゃ)

 そう決意して恐る恐る歩いていった。

 ところが、

「クララちゃん、昨日はごめんっ。俺が悪かったっ」

 いきなり前に立ち塞がったアランのほうからペコリと頭を下げた。

「え?」

 クララはポカンとしてアランを見返す。

「だって、わたし、耳を噛みちぎったのに?」

 たしかにアランの耳は噛みちぎった時に耳たぶがちぎれてプランプランになっていた。

「大丈夫。すぐに病院で縫い付けてもらって大したことなかったから」

「ほら、髪で隠れるし」

 ヘンリーとハワードがしゃしゃり出てアランの耳に掛かる髪を掻き上げると傷の保護テープが見えた。

(あ、今時はガーゼに絆創膏じゃなく、ああいう目立たない肌色のテープを貼るのね)

 怪我っぽく見えないせいか痛々しい感じはしないのでクララはホッとした。

「コイツがクララちゃんを酔い潰して寝込みを襲おうとしたんだから耳くらい噛みちぎって当然さ」

「それより、クララちゃんが怒って許してくれないんじゃないかって心配してたんだぜ?」

 ヘンリーとハワードは内心で(それにアランの野郎、勝手にブラジャー外したし)と思っていたが、そこは口にすることははばかられた。

「わたし、怒ってなんかないわ。それより、アランがわたしに嫌気が差して、もう終わりだと思ってたんだもの」

 クララは腫れぼったい顔が恥ずかしくなって赤面して俯く。

 昨夜の電気スタンドを振り回して大暴れした姿が嘘のように純情な乙女そのものだ。

「まさか、俺の気持ちは変わらないよ。いや、それより、ますます惚れ直したっていうか。クララちゃん、さすがだと感動したほどだから」

 アランが熱を込めて言った。

 絶滅危惧種の天然記念物乙女で鋼鉄の処女のクララだからこそアランは惹かれているのだ。

「そ、そうなの?わたしでいいの?」

 クララの目からジワッと涙が溢れ出す。

「クララちゃんじゃなきゃダメなんだ」

 アランはつい気分が高まってクララに顔を近づけた。

 kissまでは15cm。

 懲りないというか学習しない男だった。

「ク、クララちゃんっ?」

「その右手はまさかっ?」

 ヘンリーとハワードがクララ本人よりも先に気付いて叫んだ。

「えっ?あっ、やだっ。わたしってば無意識に手が目潰めつぶしの構えにっ」

 クララの右手は力強くチョキの形に構えられていたのだ。

 kissしようとするアランに間一髪で目潰しを食らわせるところだった。

「め、目潰し――」

 アランはちょっと震えた。

「わ、わざとじゃないの。反射神経で勝手に身体が動いちゃうのよ」

 クララは半泣きで弁解する。

「う、うん。大丈夫。分かってるから」

 アランはビビりながらもコクコクと頷く。

 そうだ。珍獣ハンターだ。

 自分が好き好んで天然記念物乙女という凶暴な珍獣を選んだのだとアランは覚悟を決めた。

「まあ、先が思いやられるけど」

「ひとまず、2人は『めでたしめでたし』じゃね?」

 ヘンリーとハワードが楽観的にそう請け合った。
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