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第12弾 ショウほど素敵な商売はない
can't believe it (信じられない)
しおりを挟むその午後。
「――ゴホン、ゴホン、大人1枚」
チケット売り場ではマスクをしたゲストが不自然な空咳をして声を低く絞って入場券を買っていた。
それはメラリーだった。
昨日、太田から自分の代わりの新キャストが入ったことを訊いて、どうにもこうにも気になって堪らずにウェスタン・ショウを観に来てしまったのだ。
キャストにもゲストにも面が割れているのでコソコソと人目を忍ばねばならなかった。
バレンタインシーズンが終わって2月の閑散期だが、日曜でタウンはそれなりの人出だった。
他のゲストの中に自然に紛れ込もうとメラリーはキャラクターショップでバーバラの牛耳の付いたイヤーキャップを買った。
「ありがとうございましたぁ」
ショップの売り子のダイアナはゲストのメラリーにお釣りを渡す時に(ん?)という顔をした。
マスクくらいでは見覚えがあるとバレバレだったかもしれない。
メラリーはショップを出るとすぐさまイヤーキャップを頭に被った。
(これでよしっ)
変装とは言えないがどうにかタウンにありふれたゲストと同じ格好にはなった。
メラリーは早めに並んで野外ステージに入場した。
観客席は雛壇で後列の席に行くほど上に高くなっている。
(後ろの観客のほうが目に入るから、前がいいかな)
ガンマンは宙に飛んだクレーを撃つので上ばかり見ていて低い前列の観客席はそうは見ない。
そう考えてメラリーは前から2列目に座った。
続々と観客が入場して思い思いの席に着いていく中、40代後半の夫婦と思しき2人連れが近づいてきた。
「ショウ観るの久々だなぁ」
「ヒデくんはオープンの時に観たっきりだから10年ぶりくらいよ」
クララの両親の日出男と光恵だ。
ショウで騎兵隊キャストのアランを観るためにやってきたのだ。
父、日出男は悪目立ちしないように黒いニット帽を深く被って金髪リーゼントを隠しているのでフツーの気の良いオッサンに見える。
(げっ、クララさんのお母さんだ)
メラリーはすぐに母、光恵に気付いた。
元日にマーサのお見舞いの病室で一緒に百人一首の坊主めくりをしたので覚えていた。
「このあたりがいいかしら~?」
母、光恵が観客席を見渡してキョロキョロとする。
「――っ」
メラリーは咄嗟にパンフレットを見る素振りで下を向く。
「あ、女のコに訊いたら分かるんじゃない?ねえ?このあたりの席だと騎兵隊は観やすいかしら~?」
母、光恵は気安くメラリーに訊ねてきた。
イヤーキャップにマスクのおかげかメラリーと気付かず女のコに間違えたようだ。
「ええ。騎兵隊を観るならこのあたりが一番ですよ~」
「騎兵隊の馬はこっち側から出走しますから~」
メラリーが答えるよりも早く最前列のゲストの女のコ達が親切に答えた。
どうやらメラリーは顔見知りのジョーの追っ掛けファンのいるあたりの席を避けた結果、騎兵隊キャストのファンが集まる席に座っていたのだ。
(――ん?)
メラリーはハッと顔を上げた。
野外ステージの広いフィールドを挟んで向かい側の席にメラリーファンの女子高生の集団がゾロゾロとやってきたのだ。
中でも一際、目立つのは巻き毛のツインテールにピンク色のリボンとワンピースのドスコイ体型のギャルだ。
(ど、どうして?俺が出ていないのに?)
メラリーは動揺した。
いくら日曜で地元の女子高生はみな市民割引でタウンの年パスを持っているとはいえショウのチケットは別料金である。
メラリーファンのはずの彼女達がメラリーの出ていないショウをわざわざチケットを買って観に来るなんて意味が分からない。
(まさか、もう俺のファンはやめて新キャストに鞍替え?)
ヒュルルル――
冷たい風が心を突き刺すように吹き抜けた。
野外ステージでも観客席のベンチシートは暖房付きでお尻も足元もポカポカだが、それでも冷え冷えとしてきた。
これほどまでに呆気なくファンが離れてしまうとは考えてもみなかった。
(みんなでゴードンさんを生卵で襲撃してくれたのに?)
(あっという間に心変わり?)
(新キャストのビートって奴が美形だから?)
もうファンなんか女子高生なんか信じられないとメラリーは思った。
一方、
「へえ、まずまずの客入りじゃん」
ジョーはいつもの缶コーヒーをグビッと飲みながら楽屋の窓から観客席を眺めて、
「――んあ?メラリーが観客席に来てる」
即時に観客席のメラリーに気付いた。
「何?」
「え?どこ?」
ロバートとマダムが窓に駆け寄り、
「――?」
着ぐるみのキャラクタートリオもバコバコと足音を鳴らして窓に張り付く。
「右側の真ん中2列目。『あれ?クララちゃんのお母さんが観に来てるな~、隣はお父さんかな~』と思って見てたらよ、なんと、その後ろにメラリーがいるんだよ」
ジョーが観客席を指差す。
「ああ、バーバラの牛耳のイヤーキャップを被ってマスクしてるが、メラリーだな」
「ホントだわ」
ロバートもマダムもすぐに確認した。
そもそもガンマンは目が良いのだ。
「ああ、あのポメラニアンみたいな茶色い髪、メラリーだ」
「メラリーだな」
トムとフレディも安心したように復唱する。
「――(ウンウン)」
キャラクタートリオも揃って頷く。
「ふうん、あれが――」
新キャストのビートは意外にも興味深げにメラリーを眺めている。
まるで好敵手か見極めているかのような挑戦的な眼差しだった。
午後1時半、ウェスタン・ショウが始まった。
~~♪
(曲は『大いなる西部』)
賑々しい楽団の演奏。
パッパパッパ~~♪
気のせいかケントの吹くトランペットの音色もご機嫌でウキウキだ。
『ウェスタン・ショウへようこそ~』
キャラクタートリオのダンス、酒場の寸劇を経て、ガンファイト。
ロバートとジョーの馬、騎兵隊キャストと先住民キャストの馬が盛大に出走する。
パッパラッパー、
(騎兵隊のラッパ)
ホウホウホウ~、
(先住民の雄叫び)
パッカ、パッカ、パッカ、
(馬の蹄の音)
西部の荒野を模したフィールドは砂煙を撒き散らし、大迫力の轟音でけたたましい。
「おお~っ」
父、日出男は興奮気味に身を乗り出した。
30頭もの馬が駆けてくるのを目の当たりにたちまち血が熱く沸き上がった。
この荒刃波のド田舎でのヤンキー高校生時代、暴走族もどきに仲間数十人と農道をバイクで駆けまくっていた若き日々が思い起こされたのだ。
たんに地元の農業高校までのバスが3時間に1本しかないド田舎なので通学にバイクが必須だったのだが。
「ほらっ、アランくんよ」
母、光恵が周囲の騎兵隊ファンに混じって「アッラ~ン」と声援を送る。
アランは一目でクララの母、光恵に気付いてニッコリと会釈を返した。
「あっ、見たっ?あの笑顔。クララへの気持ちは変わらないってホントなのねっ」
母、光恵は夢中で隣の夫の肩を揺さぶる。
実は午前中にクララから『アランと終わりじゃなかった♪(≧▽≦)』という件名で喜びいっぱいのメールを受け取っていたのだ。
「――」
父、日出男はアランの想像以上のハンサムっぷりに面食らったようで目が点になっている。
ともあれ、2人は娘、クララの恋愛が無事に続行中とホッと胸を撫で下ろしたのだった。
ガン!
ガン!
『Hit!Hit!』
ガンファイトではロバートとジョーが騎乗でのアクロバティックな曲撃ち。
ガン!
ガン!
『Hit!Hit!』
観客席からは「わあっ」「すごっ」「うそっ」「あり得ないっ」「人間技じゃね-っ」などの声が飛んで盛り上がりを見せている。
「スゲーなっ。おいっ」
父、日出男もド田舎のオッサンらしい素直さでガンファイトに大興奮だ。
だが、しかし、
「――」
メラリーは観客席の熱気とは裏腹に妙に冷静に(あれ?)と思った。
なんか、よそよそしい。
自分だけが感じる心の中でのショウのパフォーマーと観客席は地球と火星くらいの距離感があるような気がする。
誰も彼も自分の仲間どころか知り合いでもなかったみたいに思えるのは何故だろう?
ロバートとジョーは紛れもなくショウの看板スタァだし、騎兵隊キャストも先住民キャストもやけにキラキラしている。
あのトムとフレディでさえも。
みながみなキラキラと輝いている。
(俺、どうしよう?)
(こんなとこで観ている場合じゃなかった)
(あそこにいなきゃいけなかった)
自分がステージにいないのが、観客席にいるのが、何でか、とにかく、おかしい。
まったく観客として楽しめない。
悔しいような悲しいような惨めな気分だ。
(だいたい俺がいないのに何でやってるんだろ?)
(だって意味ないじゃん)
(俺にとって)
とことん正直で自己チューなメラリーは全力で思った。
自分のいないウェスタン・ショウなど、この世から消えてなくなってしまえばいいのに。
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