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第12弾 ショウほど素敵な商売はない
Heaven and Hell (天国と地獄)
しおりを挟む「――」
酔いつぶれたクララの意識は夢と現を行ったり来たりしていた。
ちょうど海で波間を浮いたり沈んだりするように。
フワフワと浮遊感で良い気持ちだった。
(――うぷ――っ)
不意にクララは波に飲まれたと思った。
何か重たいモノが押し掛かって自分の身体を沈めたのだ。
自分の口に何かが張り付いてくる。
ムニュッと柔らかい温かい感触。
(――何?タコ?クラゲ?口にヌルヌルした変な生き物が――)
(――す、吸い付かれる――く、苦しい――)
(――息が詰まる――助けて――っ)
窒息して死ぬかと思った時、ようやく口を塞いでいた軟体生物が離れた。
「――プハッ」
クララは海中から顔を出したように大きく息を吐く。
それと同時にパチッと目を覚ました。
(――え?――夢?)
自分に覆いかぶさっているのがアランだとはすぐに分かった。
アランが自分の首筋に鼻先を埋めるように抱き付いていることも。
だが、ここはどこ?
(――?)
目の前にはピンク色のハート型のバルーンがいくつも揺れている。
天井と壁には七色の光がクルクルと踊っている。
(まだ夢を見てるのかしら――?)
目が覚めても酔いは残っているのか現実感が湧かない。
(――あ、あら?)
ふと自分の胸がブラジャーの締め付けから開放されてスース―していることに気付いた。
(な、何でノーブラ?いつの間に?)
記憶を辿ってもレストルームのパウダーコーナーの鏡台でリップカラーを塗り直していたことまでしか思い出せない。
まさかメイク直しをしたついでにブラジャーを外す訳がない。
(――アランが外したのっ?)
一気に潮が引くように酔いが醒めていく。
カアッと全身の毛穴から火が吹いたように肌が熱く燃え上がる。
その時、
クララの肩を抱いていたアランの手がゆっくりとワンピースの襟元から下へ滑り込んできた。
その先はクララの生の胸だ。
「ダメ――ッ」
クララは叫ぶなり、
ガブッ!
反射的にアランの耳に思いっ切り噛み付いた。
「ぐ、あうっ」
いきなりの激痛にアランは弾かれたように上体を起こし、膝立ちになった。
「放して――っ」
すでにアランの身体は離れているのだが、クララはクルッと横向きになり、自分の右膝を曲げてから反動を付けて思いっ切りアランの股間に踵蹴りをかました。
ドカッ!
「――っ」
アランは息を詰まらせて声も上げられず蹴られた勢いでベッドから床へ転げ落ちた。
クララは俊敏にベッドから飛び降りる。
そして、窓際に置かれた背の高い電気スタンドを掴むと土台を天井に向けて振り上げた。
コンセントから抜けたコードがブンッと宙を舞う。
「いますぐ部屋から出ていくのよっ」
クララは逆さまの電気スタンドを構えて怒声を上げる。
「早くっ」
パーン!
パーン!
クララは電気スタンドをバットのように振り回してハート型のバルーンを割りまくった。
「出ていけってばーーっ」
パーン!
パーン!
パーン!
パーン!
「ひ、ひいぃ」
アランは本気でビビッた。
電気スタンドはアンティーク調の真鍮製で土台部分は重たいに決まっている。
あんなモノで殴られたら、たぶん、死ぬ。
すぐにも逃げたいのだが股間の激痛で身体が強張って動けない。
「出ていかないと、窓ガラスをぶち割ってヒトを呼ぶわよっ」
クララは今度は窓ガラスに向けて電気スタンドを構える。
「ま、待って。そ、それだけは、い、今すぐ出ていくからっ」
アランはバタバタと自分の靴に足を突っ込むと転げるようにして客室から出ていった。
「――はぁ~」
クララはホッとして電気スタンドを床に下ろした。
そして、壁際のドレッサーの鏡に映る自分の姿にギョッとした。
髪を振り乱し、目は血走って、口元には血が付いている。
アランの耳を噛みちぎった血だ。
「ああっ、わたしってば、なんてことを――」
クララはハッと我に返った。
護身術で身に付いた反射神経で何も考えずに身体が動いていたのだ。
アランはデート中の彼氏だというのに、あれでは猥褻目的の不法侵入者を撃退したみたいではないか。
(で、でも、無断でブラを外すからよ)
(アランが勝手に胸に触ろうとしたんだもの)
(だ、だけど)
今になって考えたら、アランとは結婚するのだし、バレンタインの夜だし、ホテルのゴージャスな部屋だし、何も問題はないはずなのだ。
遅かれ早かれアランとは初体験するのだから何も拒む理由はないはずなのだ。
だが、気持ちとは裏腹に身体は拒否反応を起こしてしまうのだ。
(そうよ。わたしの意思じゃないわ)
(無意識に攻撃してしまう)
(この呪われた身体のせい)
元はといえば12歳の頃から父、日出男に護身術を仕込まれて「男を見たら痴漢と思え」とマインドコントロールされてきたせいだ。
「――」
クララは疲れ果てた顔でベッドの乱れたシーツを見やった。
白いシーツに点々と赤い血が散っている。
アランの耳から流れた血だ。
クララの暴力でアランが血を流すのはこれで4度目だ。
『仏の顔も三度まで』というのに。
(もう、いくらなんでも嫌われてしまったわ)
涙が堰を切ったように溢れ出てくる。
「う、う、うぐ――っ」
クララはベッドに身を投げ出すとシーツを握り締めて号泣した。
ドドーンとタウンの花火の音が遠くに聞こえていた。
一方、
「お先に失礼します~」
ヘンリーとハワードは9時までの助っ人のバイトを終えて帰るところだった。
「マーティは0時のクローズまで残って働くってよ」
「アイツ、よっぽど家に帰りたくないんだな」
ホテルの従業員用エレベーターに乗り込むと展望レストランの最上階から下へと降りる。
すぐ下の階でエレベーターが止まった。
チン。
開いたエレベーターの前に床に這いつくばったアランがいた。
「ああ――」
アランは半泣きの顔で2人を見上げた。
左耳を手で押さえて白いワイシャツの襟は血で赤く染まっている。
「ア、アラン?」
「その血は――」
ヘンリーとハワードは(まさか)と(やっぱり)が入り混ざった表情でアランを見返す。
酔いから醒めたクララにやられたのだと瞬時に察した2人だった。
「わっ、お前、耳たぶがちぎれてプラプラになってるぜっ」
「は、早く病院で縫い付けてもらわないとっ」
ヘンリーとハワードが両側からアランの腕を掴んで引っ張り起こし、エレベーターの中に引き入れる。
アランの足元に何か白い布が引きずられてきた。
「――ん?お前、足に何か引っ掛かってるぜ?」
「何だコレ?――ああっ?」
アランの足に引っ掛かっていたのはクララの純白のブラジャーだった。
慌てて靴を履いた時に落ちていたブラジャーごと足を突っ込んでしまったのだ。
「わわっ」
アランは焦って素早くブラジャーを靴から引っこ抜いた。
小さく丸めてズボンのポケットの中に押し込む。
「はぁぁ~」
アランはぐったりと脱力して吐息した。
散々な目に遭ったというのに、結局、クララの胸には指一本、触れていなかったのだ。
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