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第12弾 ショウほど素敵な商売はない
Please please come around (お願いだから機嫌を直して)
しおりを挟む「ダイヤ~、俺ですよ~。ちょっと美容院でイメチェンして見ようによっては充分にイケメンになったので分からないかも知れないですけど、ジョーさんと仲良しのバッキーですよ~」
太田は馬のダイヤに通じると信じて必死に言葉を掛ける。
「お願いだから、サドリングさせて下さい~」
馬の顔の前で手を合わせて拝み倒す。
だが、
ブルルッ。
ダイヤはフンッと鼻息を飛ばし、背中に掛けたサドルブランケットを振り落とした。
馬に人間の言葉が話せるとしたら、今のダイヤの気持ちは、「ふんっ、あんたなんか知らないわよ。わたしはショウの看板スタァのジョーちゃんしか乗せないのっ。だいたい今日の出番はとっくに終わったのに何だって今頃、サドルを着けなきゃならないのよ。ホントうっざいわっ」というところだろう。
ダイヤは牝馬なのだ。
「ダ、ダイヤ~、お願いですから~~」
太田は半泣きで拝み倒す。
「あ~あ、あのヒト、サドリングにも苦戦してるぜ」
「なんか馬に向かってブツブツ拝んでるけど、馬の耳に念仏ってな」
「俺、去年も最終審査まで残ったけど、あの馬でサドリングも出来ずに脱落した候補者がいたっけ」
「うへえ、気の毒~」
「ま、去年は面接審査でアランを見たとたん他の候補者全員が合格の望みを捨てたけどな」
「だから、今年こそは――ってな」
他の候補者のそんな会話が太田の耳にも聞こえてくる。
今年の候補者には特に目立ったイケメンが1人もいないので、全員が自分でも合格の可能性があると意欲満々なのだ。
(――馬にサドリングも出来ずに脱落――)
太田はまさか自分もそんなことになるのではと冷や汗が出てきた。
「けど、あのヒト、面接審査にいなかったから面接免除のタウンのキャストだろ?」
「キャストはオーディションで優遇されるらしいからキャストのヒトがあの馬でラッキーだったな」
「俺、書類選考を通過してからは、毎週毎週、ショウを観に来て騎兵隊の馬はチェックしてたぜ」
「ああ、俺だってさ。当然だよな」
「あのヒト、事前にショウを観て馬の下調べもしなかったのかね」
他の候補者の嘲笑が聞こえてくる。
彼等は太田の控え目な雰囲気からショウのステージでノリノリに踊っているバッキーの中身だとは想像もしていないのだ。
(――くうぅ、下調べも何も、毎日毎日、同じショウに出ていて騎兵隊の馬のことは百も承知なんですけどっ)
太田は悔しさに歯噛みする。
自分のフェアプレー精神など必要なかった連中に無駄なフェアプレーをしてしまった。
彼等も一応は騎兵隊の馬の下調べはしているのだから余計な気遣いはいらなかったのだ。
「お?もう10分前だぜ」
「あ~、緊張してきた」
「トイレ、行っとこ」
「あ、俺も」
他の候補者はそわそわとフロンティア砦の兵舎のトイレへ走っていく。
(――10分前っ?)
太田は焦った。
(と、とにかくサドリングをしなくてはっ)
ダイヤが振り落としたサドルブランケットを拾ってパタパタと土を払う。
ウェスタンの定番、アメリカのサドルブランケット社の馬柄のサドルブランケットだ。
「――あ、ダイヤ、もしや、この馬柄のサドルブランケットが気に入らないんでしょうか?そりゃ、馬に馬柄のアイテムはどうかと思いますが、もし、俺が騎兵隊キャストになった暁にはキミに素敵なサドルブランケットをプレゼントしますから、女のコだから可愛い花柄がお好みですかね~?」
太田はダイヤに新しいサドルブランケットをあげる約束でご機嫌を取る。
「そうだ。俺が騎兵隊キャストになった暁には馬当番の時はキミにだけ特別に美味しいオヤツをこそっと差し入れしますし~。オヤツは新鮮なもぎたてのアルファルファがお好みですかね~?」
さらにオヤツをあげる約束でご機嫌を取る。
アルファルファは和名を紫馬肥やし(ムラサキウマゴヤシ)といって馬の好物である。
すると、
ダイヤはやにわに太田の言葉を理解したかのように態度を変えておとなしくなった。
やっぱり、ダイヤは賢いウェスタンのブロンコ(野生馬)なので、そんじょそこらの馬とは違うのだ。
「あ、ありがとうございます~」
太田は嬉し泣きでダイヤの背中にサドルブランケットを掛けて、サドルを乗せて、テキパキとサドリングを済ませた。
ちょうど時間ギリギリだった。
「あら、6時半だわね。始めましょっ」
野外ステージに立ったゴードンの号令で実技審査の開始となる。
「では、馬を引いて入って下さい」
騎兵隊キャストの指示で候補者15人は各々の馬を引いて野外ステージのグラウンドへ入っていく。
「エントリーNo.13番はサファイア、42番はルビー」
マーティが候補者の選んできた馬の名前を挙げて、ヘンリーとハワードが候補者リストに記入する。
「49番はパール、53番はトパーズ」
「おい、マーティ、あれゴールドだよ」
ヘンリーがヒソッと声を潜めて注意する。
「――え?あっ、53番はゴールド」
マーティはとんだ失態にうろたえた。
(いくら寝不足とはいえ、トパーズとゴールドは毛並みが似ているとはいえ、いつも自分が乗っているゴールドを見違えるなんて――)
実技審査の候補者の前で騎兵隊キャストのリーダーが馬の見分けも付かないボンクラだと思われたら騎兵隊の名折れだ。
(しっかりしろっ)
マーティは自分に活を入れた。
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