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第12弾 ショウほど素敵な商売はない

Who is she? (彼女は誰?)

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 ほどなくして、

「なんだよ~。ガラガラじゃ~ん」

 ジョーを先頭にガンマンキャスト、先住民キャストがゾロゾロと野外ステージへやってきた。

 みなは観客席ではなく曲走路の内側で候補者のライディングを見物するつもりでグラウンドの真ん中へと進んだ。


「ジョーちゃ~ん」

 女子高生の集団がジョーに向かって手を振る。


(まあ、ジョーちゃんだなんて、ずっと年下のくせに馴れ馴れしいっ)

 クララはキッと横目で女子高生の集団を睨み付ける。


「よ~、まだ帰んなかったのかよ~」

 ジョーは気安げに女子高生の集団の座っている観客席の前の手すりに寄り掛かった。

 スケコマシの流儀として女のコすべてに分けへだてなく愛想が良い。

 どんなブスにだって友達に美女の1人や2人は必ずいるのだから当然だ。


「……」

 クララは横目でチラチラと見ながら、ジョーと女子高生の集団の他愛ない無駄話を聞いていた。


「バレンタインだけどさ、ジョーちゃん、チョコ嫌いなんだよね?」

「お煎餅ならいいの?」

「いや、俺、チョコは苦手だけど甘いもんが嫌いな訳じゃねえぜ。アンコは得意だしよ」

「じゃ、和菓子?アンコ以外なら?」

「ん~、くるみゆべし好きだぜ」


(――くるみゆべし?)

 クララもさすがにゆべしは作ったことがない。


「バレンタインに何かリクエストない~?」

「何か欲しいもの言ってよ~」

「ん~、お前等の学年末テストの100点の答案用紙かな~?」

「あ~、ウソ~。おじいちゃんにそう言えって頼まれたんだ~?」

「まーな」

 この女子高生の集団はアラバハ商店街のガンマン会の爺さん連中の孫娘だった。

 爺さんスポンサー付きなので女子高生でもショウのチケット代に困らないのだ。


(ふんだ)

 クララは面白くない。


「ねえ?俺のファンのコ達は~?」

 メラリーは手編みのセーターをくれた良夢らむちゃんが気になる様子で女子高生に訊ねる。

「え~、知らない~」

「今日はショウ観に来てなかったよ」

「俺のファンのコ達も同じ地元の高校だよね~?」

 この地元の高校というと荒刃波あらばは農業高等学校だ。

「うん。でも、わたし達は食物科で、あのコ達は服飾科だもん」

「全然、付き合いないよ」

「だいたい、あのコ達、先月、メラリーちゃんがガンマンデビューしてからのファンでしょお?」

「まだファン歴1ヶ月足らずよね」

 ジョーのファンの女子高生はファン歴の長い自分達のほうがエライのだと言わんばかりだ。

「ふぅん」

 メラリーは(良夢らむちゃんは服飾科だから編み物も上手なんだな~)と思った。

 勝手にイメージした可憐でおしとやかな美少女の編み物する姿が脳裏に浮かぶ。


(食物科なのかぁ。あのコ達がバレンタインにジョーさんに手作りのお菓子を渡すなんてイヤだなぁ)

(わたしの得意分野は料理だけなのに――)

 クララはジョーのファンの女子高生をますますうとましく思う。


 一方、

「ついに実技審査か。こっちまでドキドキするよ」

 ダンは娘のエマと連れ立って太田の応援にやってきた。

 太田の騎兵隊オーディションの合格を誰よりも願っているのは昨年4月から太田の乗馬を熱血指導してきたダンかもしれない。

 まったくの乗馬初心者だった太田に基礎から教えてきたダンの指導の真価が問われる実技審査でもあるのだ。

「ふぅ、ふぅ、お父さん、待って」

 エマは20㎏増の体重でモニュメント・バレーのデコボコの地面をのしのしと歩いて息切れしていた。

 赤ん坊のマットを昨年9月末に出産してから4ヶ月ぶりの外出だった。

 母親の陽子がエマにたまには出掛けて気分転換したほうがいいと勧めて赤ん坊のマットを見てくれているのだ。


「誰だろ?ダンさんと来た女のヒト」

「あのゲート前にいる丸っこいオバサン?」

「さあ?見たことないけど」

 先住民キャストのブルマン、ブラッツ、グリリバが口々に言う。

 かつての自分達の憧れのマドンナだというのに、先住民キャストはエマだとは気付きもしなかった。


「ダンさん、お久しぶり。――あ、陽子さんの妹さん?」

 出入り口のゲートでダンと昔から親しい年配の保安官キャストがエマを見て言った。

「……」

 いくら20㎏増で80㎏近い体型とはいえ50代半ばの叔母に間違えられたことにエマはショックを受けた。

 まだ27歳なのに――。


「おや?ずいぶんガラガラだなぁ」

 ダンが曲走路の内側にみながいるのを見つけて通路を進んでいく。

「……」

 エマは困ったように観客席をキョロキョロした。

 騎兵隊オーディションは毎年、見物に来ていたが、こんなにガラガラなのは初めてだった。

 今年も観客席はいっぱいで自分が混ざっても目立たないと思って気軽な気持ちで来たのに、観客席にはタウンのキャストの女のコ達8人と女子高生の集団15人しかいないではないか。

 エマは観客席のタウンのキャストの女のコ達に目を向けた。

 タウンのキャスト採用はルックス重視とは知っていたが、それにしてもプロポーション抜群だ。

 アニタ、バミー、バーバラのカンカンの踊り子デビューの3人や美女レベルの高いタウンの中でもトップクラスのスーザンとチェルシーがいるので尚更だった。

(マーティは普段からタウンであんなプロポーション抜群の綺麗な女のコ達を見慣れているのね――)

 そう思うと20㎏増の肥えた自分は穴があったら入りたいほど恥ずかしい。


 審査をする騎兵隊キャストもゾロゾロとグラウンドに集まってきた。

「お、スーザンだ」

「チェルシー」

 ヘンリーとハワードが観客席に手を振る。

 スーザンとチェルシーも手を振り返す。

「ええっ?あれ、お前等の彼女?」

「すげー美女じゃんかよ」

「何でっ?」

 名もなき騎兵隊キャストが大袈裟に悔しがる。


(あ、あれがヘンリーとハワードの彼女?)

 マーティはダンス大会もホテルアラバハの歓談の宴も不参加だったのでヘンリーとハワードの彼女をちゃんとは見たことがなかった。

 思っていた以上の美女ぶりに衝撃を受ける。

 しかし、痩せていた頃のエマならスーザンとチェルシーにも見劣りはしなかったはずだ。

 エマは出入り口のゲートの柵の向こうに肥えた身を隠すようにして立っている。

 我が身のデブさを恥じて観客席に姿を出せないのだとマーティには痛いほど分かった。

「……」

 エマは20㎏増の脂肪と引き換えに美貌を失い、明朗快活だった性格までミジメっぽく変わってしまったようだった。


 その頃、

 フロンティア砦の馬屋では、

 ブルルッ。

「ダ、ダイヤ~。頼むから、じっとしていて下さい~」

 太田が馬のダイヤにサドリングするのにも四苦八苦していた。
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