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第8弾 降っても晴れても
an hourglass figure (ウエストのくびれ)
しおりを挟む(あ~、お腹、減っちゃったな)
仕事を終えたクララは更衣室に向かって長い廊下を歩いていた。
野外のスイーツ・ワゴンにいると寒さでエネルギー消費するらしく、やたらにお腹が空くのだ。
そのうち、みなも仕事を上がってくるだろうからロビーで待ち構えて一緒にケーキでも食べながらおしゃべりして帰ろうと思った。
そこへ、
「――あ、クララ~。ごめん~。これ、返すわぁ」
いきなり背後からアニタがパタパタと駆け寄ってきて、クララにブラウニーの袋を差し出した。
昨日、みなに渡したばかりのマシュマロ入りブラウニーだ。
「え~?アニタ、ブラウニー大好きでしょ?」
クララはまだ未開封のブラウニーの袋を見ながらキョトンとする。
「だからダメなのよぉ。わたし、カンカンのオーディションまでにウエスト7㎝減らさないとならないんだもの~」
アニタは半泣き顔で事情を打ち明けた。
フレンチカンカンの踊り子のオーディションも来年早々にある。
「書類選考は無事に通過したんだけどね」
なんとアニタはオーディションの履歴書に書いたスリーサイズよりもウエストが7㎝もオーバーしてしまったというのだ。
「ほら、一昨日のホテルアラバハのビュッフェ。あんまり美味しくって、ついつい和洋中のテーブル、全部、回ってガツガツ食べちゃったのよぉ。カクテルも生ビールもガブガブ飲んじゃったのぉ」
アニタはバーバラのプリントの紫色のTシャツを捲って自分のお腹を見せた。
7㎝も増えただけあってウエストのクビレがなくなっている。
ぽっこり腹だ。
「あ~、せっかく、キャストのバイトも無遅刻無欠勤で頑張ってきたのに、こんなに肥えたら自己管理の出来ないダメな奴って理由で落とされちゃうわぁ」
実はアニタは前回のオーディションでも履歴書のスリーサイズを大幅にオーバーしているのが面接でバレて落とされた前歴があった。
「前回だってオーディションまでには痩せている予定だったのよぉ。でも、あの頃はスイーツ・ワゴンの売り子してたじゃない?余ったスイーツがもったいないって貰って食べてたら、あっという間に肥えちゃって。ほら、わたし、農家の娘だから食べ物を粗末に出来ない性分なのよぉ」
そういうこともあってアニタはスイーツ・ワゴンの売り子からショウのコスチューム管理の仕事に移ったのだった。
「うん~」
クララはアニタの腹回りを見て、(たしかにマズイわ)と思った。
ダンス大会の時のアニタはライラック色のドレス姿でスッキリしていたのに一晩の暴飲暴食であっという間にこんなになってしまうとは。
フレンチカンカンの踊り子は契約時のスリーサイズをずっと維持しなければならないので面接でも厳しくチェックされるポイントらしい。
コスチュームのドレスは型紙から踊り子1人1人に合わせて作るので一度、作ったドレスを肥えたからといってサイズ直しなどしてくれないのだ。
なにしろカンカンの踊り子は50人もいるのだからサイズ直しなど容認したらコスチュームの縫製スタッフの仕事が増えて大ブーイングに決まっている。
「前回の面接でゴードンさんに『あなた、ウエストサイズ、履歴書より8㎝オーバーしてるわね?ショウのキャストは自己管理が出来ないようじゃダメよっ』ってビシッと言われちゃったのよぉ。目視でサイズをピッタリと言い当てるのよ。ゴードンさんはぁ」
面接はレオタード姿で行われたが、一生懸命に息を吸い込んでお腹を引っ込めていてもゴードンの厳しい目は誤魔化せなかったのだ。
「そうだったの。でも、このブラウニーはケントにあげたら?」
クララは何の気なしに言ったが、
「ダメよっ。ケントにはバレンタインにわたしが手作りチョコをあげるんだもの。クララの作ったほうが美味しいに決まってるんだからっ」
アニタは「絶対ダメ」とムキになる。
3月から付き合い始めたアニタとケントにとって初めてのバレンタインだし、ケントには自分の手作りチョコしか食べて欲しくないのだ。
「ふぅんだ」
クララはつまらなそうに口を尖らせた。
(わたしなんて来年のバレンタインも――)
例年のごとく独りぼっちと思い掛けたが、
(――あれ?そういえば、わたしにも彼氏いるんだっけ?)
慣れないせいか自分にアランという彼氏がいることをコロッと忘れていた。
(あ、ブラウニー、約束したのに)
クララはまだアランにマシュマロ入りブラウニーを渡してなかったことをやっと思い出した。
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