上 下
157 / 297
第8弾 降っても晴れても

Beautiful pair of the admiration(憧れのビューティフル・ペア)

しおりを挟む

「――わたしの今日の晩ご飯」

 アニタは情けない顔をして更衣室のロッカーからプロテインのダイエット食品を取り出して見せた。

「1個200カロリー?」

 こんなオヤツにも満たないものが晩ご飯だとは。

(わたしもケーキはやめておこうかな。晩ご飯の前だし)

 クララは私服に着替えて、アニタと一緒に更衣室を出た。

「せっかくの長い廊下だから早歩きすることにしたの。有酸素運動よぉ」

「えっ?はやっ」

 アニタが競歩のように速足で先へ行くのをクララは小走りで追い掛けた。

 すると、
 
「――っ」

 突然、アニタが廊下からロビーへ曲がる角でピタと足を止めて壁に身を隠した。

「どしたの?」

 何で隠れるのかとクララはアニタの肩越しにロビーを覗き込む。

 ロビーのソファーにマダムともう1人、その向かい側にカンカンの踊り子のアンとリンダが座っている。

 テーブルの上に大量の書類を広げているところを見るとカンカンのオーディションの書類選考だろう。

 先日の騎兵隊の書類選考といい、何でわざわざロビーでこれ見よがしにやるのか。

 おそらくオフィスで鍵を借りてきてミーティングルームを使うのが面倒臭いのだと思われる。


「マダムは知ってるでしょ?その隣はカンカンのリーダーのサンドラさん。それにサブリーダーのアンさんとリンダさんよ」

 アニタが小声でクララに説明する。

「へえ~」

(アンさんとリンダさんってカンカンのサブリーダーだったんだ)

 クララは納得顔をした。

 なんとなく2人は他の踊り子よりもエラソーというか貫禄があると思っていたのだ。

「はあぁ、アンさんとリンダさん。あの完璧なボディライン。素敵よねぇ。そのうえ、カンカンのパフォーマンスも最高なの。わたしの目標よぉ」

 アニタはうっとりと吐息する。

(まあ、たしかに)

 クララも2人がグラマー美女だということは認めざるを得ないが、カンカンのパフォーマンスはよく知らない。

 ウェスタン・ショウは何度も観ているが、毎回、ガンファイトを観た後はジョーと自分がカップルになった空想の世界に浸っていたのでカンカンのダンスなど目に入らなかったのだ。


 カンカンはドレスの裾を振り振りして足を蹴り上げるラインダンスばかりのイメージだが、バック転やバック宙などチアリーダーの元祖のようなアクロバティックなパフォーマンスもする。

 アンとリンダはサルーン(酒場)のショウでは天井からロープで客のテーブルの真上に逆さまに滑り落ちてくる大胆なパフォーマンスで人気らしい。

「へえ、サルーンは行ったことないけど、そんなすごいことするの」

 カンカンのパフォーマンスはいちいちセクシーだが、逆さまということはドレスが捲れて下のブルマーが丸出しということだ。

 アンとリンダのパフォーマンスを観たいような気もするが、これ以上、あの2人のセクシーな魅力を見せ付けられるのは真っ平だと思った。


「じゃ、この53人が書類選考を通過ってことで」

「あら、53人?」

「ああ、56人よ。キャストのバミーとバーバラとアニタにはゴードンさんに倣って封筒と切手代をケチって手渡ししちゃったから」

「今回の募集は5人だから、キャストの3人はほぼ確定じゃない?」

「そうよね?3人共、ずっとマダムのダンスレッスン受けていてスキルは分かってるし」

 マダム、サンドラ、アン、リンダの会話が聞こえてくる。


「こ、今回の募集は5人っ?じゃ、じゃ、バミーとバーバラとわたしと3人揃ってカンカンに入れるってことよね?」

 アニタはパアッと顔を輝かせた。

「うんっ。アニタ。ほぼ確定だってっ」

 クララもホッと安堵した。

 カンカンを目指しているキャスト3人のうちで誰かが落ちるなんて考えただけでもイヤなことだ。


「――あら?」

 アンとリンダがソファーを立ってこちらへ歩いてきて廊下の角のアニタとクララに気付いた。

「あ、あの、お疲れ様ですっ」

 アニタは焦ってペコリとする。

 カンカンも体育会系で上下関係が厳しそうだ。

「聞いてたわね?」

「でも、油断は禁物よ」

 アンとリンダはすれ違いざまにアニタの脇腹の肉をムギュッと掴んで、廊下を去っていった。

「ああぁ、この腹回り、バレバレなんだわぁ」

 アニタはヘタへタとその場にへたり込む。

「アニタ、大丈夫よ。痩せるのよっ」

 クララは思わず握り拳で熱くなった。

「オーディションはいつなの?」

「来年1月の成人の日」

 アニタはまた半泣き顔になる。

 今日は12月28日、ということは面接まで2週間。

 2週間でウエストを7㎝減らさなくてはならないのか。
しおりを挟む

処理中です...