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第7弾 明後日に向かって撃つな!

Unsatisfied(満たされない)

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「バッキーのアニメ観るの初めて」

「俺も」

 クララとアランはシアターに入った。

「ようこそ」

 シアターの案内嬢のスーザンが澄まし顔で迎える。

 タウンのマニュアルは厳しいのでゲストとして遊ぶ時に友達のキャストがいても馴れ馴れしい態度は決してしないのが鉄則だ。

「コーヒーでいい?」

 アランが売店でクララに振り返った。

 クララがいつも休憩の時にコーヒーを飲むと知っているようだ。

「レモンスカッシュ」

 クララはわざと普段は飲まないドリンクを答えた。

「はい」

 アランがレモンスカッシュのカップを手渡す。

「ありがと」

 男女交際が初めてなのでドリンクを奢って貰うことさえ初めてだ。

(なんだか、いちいち慣れないなあ)

 カップを持った手が冷たく氷がカラカラと鳴る。

 クララは自分で頼んでおきながら(真冬にレモンスカッシュなんて)と思った。


 館内に入ると右側の端の座席にジョーが見えた。

「あそこに座ろう?」

 アランがジョーの後ろ側の座席を指差す。

(あ、アラン、やっぱり気付いてる?)

 クララは気まずい。

「ほら、背があるからさ。後ろのヒトの邪魔にならないようにいつも端っこに座るんだ」

 アランはさっさと通路を進む。

(ああ、そういえば、ジョーさんの前はロバートさんだし、その前はトムで、背の高いヒトは同じ端っこだわ)

 クララはそうと分かればアランがジョーの後ろの席に座って、その隣に自分が座るのも自然なことだと考えた。

 マダムは振り返ってクララを見て(あら?アランと来たの?)というような顔をする。

 ロバートの隣がマダムとメラリー。

 ジョーの隣はバミーとバーバラだ。

 クララはマダムにペコリとして座席に着いた。

 レモンスカッシュをストローでチビリと飲む。

(――あ、わたし、初めてのデートじゃない?)

 そう今さらながら思った。


 ブーーー。

 開演のブザーが鳴って館内が暗くなる。

 アニメ『バッキーの大冒険─逃げろ!恐怖のクリームシチューの巻─』の上映が始まった。


『ウヒヒッ』

『あっ、悪いカウボーイよっ』

『バミー。今日こそはお前をクリームシチューにしてやるぜっ』

『きゃあ~、助けて~』

『わあ、バミーがさらわれたぁ』

『おっと、クリームシチューには牛乳が欠かせねえな』

『きゃあ~』

『わあ、バーバラもさらわれたぁ』

『ウヒヒッ、バーバラ。乳をしぼらせて貰うぜっ』

『いや~』


「なんかエロい~」

「や~ん」

 キャラクターの中身のバミーとバーバラは我がことのように悲鳴を上げた。

「や、やだぁ」

 クララも意外な展開にモジモジする。

「あ、いや、バーバラは乳牛だから。あれは乳搾りだから」

 アランは焦って弁護する。

 そもそも乳牛を擬人化した女のコ風のキャラクターにすれば避けられない展開だ。

 決してエロではない。

 これは牧歌的で健全なアニメなのだ。

「……」

 クララはジョーの横顔をチラと見た。  

「……」

 ジョーは虚ろな表情でスクリーンではなく斜め前のメラリーを見ている。

 今、ジョーは心の中で(メラリー、俺が憎いあんちくしょうなんて嘘だよな?)(嘘だと言ってくれ)(メラリー~)と繰り返しながらメソメソしているのだが、そんなことはクララにも誰にも分かるはずはない。

「うひゃひゃ」

 メラリーはアニメのバーバラが乳搾りされる受難に大ウケしている。


『待てっ。悪いカウボーイめっ』

『バッキー。また貴様か。俺の夕飯の邪魔はさせねえぜっ』

 バッキーーン!

 バッキーの後ろ足蹴りがヒットし、悪いカウボーイはあっけなく柵の向こうへ吹っ飛んだ。

『さあ、美味しいサラダを食べましょう』

 バッキー、バミー、バーバラのなごやかな食卓でアニメは大団円を迎えた。


「あ~あ、草食動物の食卓、つまんないし~」

 生野菜の嫌いなメラリーにはまったく不満なラストだ。

「クリームシチューが無性に食べたくなっただけで肩透かしだったな」

「だな」

 トムとフレディも不満そうだ。

「クリームシチューのレシピを思い付いたから明日、作ろうかしら?」

 マダムはつまらないアニメも無駄にはしない。

「さてと、俺はこれからアパッチ砦で1杯やってくるかな」

 ロバートはメインストリートの外れにある酒場『アパッチ砦』で飲むつもりだ。

「俺等は練習」

「だな」

 トム、フレディ、メラリーは射撃の練習。

「わたし達はダンスのレッスン」

 バミー、バーバラ、マダムはダンスのレッスンのためにバックステージへ戻る。

「俺は0時までは飲んでるからよ」

 ロバートは誰ともなしに言って『アパッチ砦』へ向かった。


「……」

 クララとアランは黙ったまま地下通路を歩いた。

 クララはつまらなそうな顔をしているし、アランはクララのそんな顔を見つめている。

「俺、これからバイトがあるから」

「うん」

 クララはアランと地下通路の出入り口で別れてガンマンキャストの後からロビーへ入った。

 そこへ、

「ジョーちゃんっ」

 フレンチカンカンの踊り子のリンダが駆け寄ってきた。

「昨日はじゃんけんでアンに負けたけど、今日はわたしの番よ」

「んあ~」

 ジョーは虚ろなままリンダに引っ張られて巡回バスに乗ってキャスト宿舎へ帰っていく。

「ああ、ジョーさん、スケコマシ復活祭だっけ」

「だな」

「けっ」

 トム、フレディ、メラリーは面白くなさそうに言って練習に向かった。

「……」

 クララは遠くなる巡回バスを目で追っていた。

(わたしは何を期待してたんだろ?)

 とにもかくにも今日はクララにとっての初めてのデートだったのだ。

(初めてのデートでバッキーのアニメを観た)

 そう日記には書いておこうと思った。
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