100 / 259
level 11
「今はもうみんな『思い出』になってしまいました」
しおりを挟む
旅の疲れのせいか、帰りの飛行機のなかではふたりともうとうとしてしまい、気がつくと東京スカイツリーの灯りが眼下に見えていた。
1000キロも離れてしまうと、まるで別世界。
山口と違ってこちらは雨は降っておらず、乾いて汚れた空気がグレーのコンクリートジャングルに渦巻いていて、昼間の余熱を孕んでいた。
見慣れた東京の街灯り。
夢のようなのんびりとしたリゾートから、気ぜわしい日常に引き戻される。
おとといまで、何度も繰り返し空想に耽っていたヨシキさんとのバカンスは、過去のものとして固定されていき、今はもうみんな、『思い出』になってしまっている。
もちろん楽しかったけど、旅の終わりはちょっぴり淋しい。
飛行機を降りて駐車場へ向かう。
久し振りで懐かしい気さえする、ヨシキさんの黒の『TOYOTA bB』。
クルマのうしろへと流れていく首都高速のライトを見ながら、わたしはポツリと言った。
「もう… 終わっちゃいましたね。バカンス」
「…そうだな」
「あっという間でしたね」
「ああ」
「また、行けるといいですね」
「ああ。また行こうな… 絶対」
「はい」
ヨシキさんもフロントガラスの向こうを見つめたまま、言葉少なに話す。
この瞬間が、いちばん嫌い。
長くいっしょにいればいるほど、別れが辛い。
門限少し前に、『TOYOTA bB』は、家の近くのいつもの路地に、ゆっくりと止まった。
ヨシキさんはエンジンを切る。
車内はしんと静まり返る。
「そういえば…」
ふと思いついたように、わたしの顔をのぞき込み、ヨシキさんは訊いてきた。
「凛子ちゃんは来年卒業だろ? 進路はどうするつもり?」
その話は今は少し、気が重い。
いきなり現実が、のしかかってくるみたいだ。
「実はわたし、自分のやりたいことが、まだ、決まっていなくて…」
「進路、決めてないの?」
「父も母も教師だし、わたしにも教育関係の仕事についてほしいと思っているみたいだから、あたりまえみたいにその道を考えていたのですけど…
それが本当に、『自分のやりたいこと』なのかなという疑問もあって、しっくりこないんです。
とりあえず大学には行くつもりですけど…」
「とりあえず、か… 凛子ちゃんらしくない言葉だな」
「…ヨシキさんが羨ましいです」
「どうして?」
「ヨシキさんは『カメラマン』というはっきりした目標を持っていて、才能もあって、それに向かって迷いなく進んでいるじゃないですか。
わたしなんてたいした才能もないし、自分になにができるかもわからないし」
「…そう?」
少しの沈黙のあと、ヨシキさんは唐突に話題を変えてきた。
「そう言えば、凛子ちゃんは自分を変えられた? コスプレで」
「…それはまだ、わかりません」
「イベントは楽しい?」
「はい。友達もできましたし」
「写真撮られるのは?」
「最初は戸惑いましたけど、今は楽しいです。特に、ヨシキさんから撮って頂けるのは。
いつも、違う自分をいろいろ引き出されるみたいで、ワクワクします」
「そうか…」
違う話をはじめたように見えたヨシキさんだったが、まっすぐにわたしの目を見つめて、力強い口調で言った。
「モデルにならない?」
つづく
1000キロも離れてしまうと、まるで別世界。
山口と違ってこちらは雨は降っておらず、乾いて汚れた空気がグレーのコンクリートジャングルに渦巻いていて、昼間の余熱を孕んでいた。
見慣れた東京の街灯り。
夢のようなのんびりとしたリゾートから、気ぜわしい日常に引き戻される。
おとといまで、何度も繰り返し空想に耽っていたヨシキさんとのバカンスは、過去のものとして固定されていき、今はもうみんな、『思い出』になってしまっている。
もちろん楽しかったけど、旅の終わりはちょっぴり淋しい。
飛行機を降りて駐車場へ向かう。
久し振りで懐かしい気さえする、ヨシキさんの黒の『TOYOTA bB』。
クルマのうしろへと流れていく首都高速のライトを見ながら、わたしはポツリと言った。
「もう… 終わっちゃいましたね。バカンス」
「…そうだな」
「あっという間でしたね」
「ああ」
「また、行けるといいですね」
「ああ。また行こうな… 絶対」
「はい」
ヨシキさんもフロントガラスの向こうを見つめたまま、言葉少なに話す。
この瞬間が、いちばん嫌い。
長くいっしょにいればいるほど、別れが辛い。
門限少し前に、『TOYOTA bB』は、家の近くのいつもの路地に、ゆっくりと止まった。
ヨシキさんはエンジンを切る。
車内はしんと静まり返る。
「そういえば…」
ふと思いついたように、わたしの顔をのぞき込み、ヨシキさんは訊いてきた。
「凛子ちゃんは来年卒業だろ? 進路はどうするつもり?」
その話は今は少し、気が重い。
いきなり現実が、のしかかってくるみたいだ。
「実はわたし、自分のやりたいことが、まだ、決まっていなくて…」
「進路、決めてないの?」
「父も母も教師だし、わたしにも教育関係の仕事についてほしいと思っているみたいだから、あたりまえみたいにその道を考えていたのですけど…
それが本当に、『自分のやりたいこと』なのかなという疑問もあって、しっくりこないんです。
とりあえず大学には行くつもりですけど…」
「とりあえず、か… 凛子ちゃんらしくない言葉だな」
「…ヨシキさんが羨ましいです」
「どうして?」
「ヨシキさんは『カメラマン』というはっきりした目標を持っていて、才能もあって、それに向かって迷いなく進んでいるじゃないですか。
わたしなんてたいした才能もないし、自分になにができるかもわからないし」
「…そう?」
少しの沈黙のあと、ヨシキさんは唐突に話題を変えてきた。
「そう言えば、凛子ちゃんは自分を変えられた? コスプレで」
「…それはまだ、わかりません」
「イベントは楽しい?」
「はい。友達もできましたし」
「写真撮られるのは?」
「最初は戸惑いましたけど、今は楽しいです。特に、ヨシキさんから撮って頂けるのは。
いつも、違う自分をいろいろ引き出されるみたいで、ワクワクします」
「そうか…」
違う話をはじめたように見えたヨシキさんだったが、まっすぐにわたしの目を見つめて、力強い口調で言った。
「モデルにならない?」
つづく
0
お気に入りに追加
12
あなたにおすすめの小説


今日の授業は保健体育
にのみや朱乃
恋愛
(性的描写あり)
僕は家庭教師として、高校三年生のユキの家に行った。
その日はちょうどユキ以外には誰もいなかった。
ユキは勉強したくない、科目を変えようと言う。ユキが提案した科目とは。


変態ドM社長は女神の足元にかしずく
雪宮凛
恋愛
モデルとして活躍する彩華は、マネージャーと共に訪れたバーである男と出会う。
彼は、瀬野ホールディングスグループ二代目社長、瀬野智明。
偶然の出会いをきっかけに、二人の歪な関係が始まる――。
タグに目を通し、大丈夫な方だけご覧ください。
※他の投稿サイト様(ムーンライトノベルズ様、メクる様、プチプリンセス様)にも、同じ作品を転載しています。

淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。

ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる