あいつに惚れるわけがない

茉莉 佳

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「今はもうみんな『思い出』になってしまいました」

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 旅の疲れのせいか、帰りの飛行機のなかではふたりともうとうとしてしまい、気がつくと東京スカイツリーの灯りが眼下に見えていた。
1000キロも離れてしまうと、まるで別世界。
山口と違ってこちらは雨は降っておらず、乾いて汚れた空気がグレーのコンクリートジャングルに渦巻いていて、昼間の余熱を孕んでいた。
見慣れた東京の街灯り。
夢のようなのんびりとしたリゾートから、気ぜわしい日常に引き戻される。
おとといまで、何度も繰り返し空想にふけっていたヨシキさんとのバカンスは、過去のものとして固定されていき、今はもうみんな、『思い出』になってしまっている。
もちろん楽しかったけど、旅の終わりはちょっぴり淋しい。

飛行機を降りて駐車場へ向かう。
久し振りで懐かしい気さえする、ヨシキさんの黒の『TOYOTA bB』。
クルマのうしろへと流れていく首都高速のライトを見ながら、わたしはポツリと言った。

「もう… 終わっちゃいましたね。バカンス」
「…そうだな」
「あっという間でしたね」
「ああ」
「また、行けるといいですね」
「ああ。また行こうな… 絶対」
「はい」

ヨシキさんもフロントガラスの向こうを見つめたまま、言葉少なに話す。
この瞬間が、いちばん嫌い。
長くいっしょにいればいるほど、別れが辛い。


 門限少し前に、『TOYOTA bB』は、家の近くのいつもの路地に、ゆっくりと止まった。
ヨシキさんはエンジンを切る。
車内はしんと静まり返る。

「そういえば…」

ふと思いついたように、わたしの顔をのぞき込み、ヨシキさんは訊いてきた。

「凛子ちゃんは来年卒業だろ? 進路はどうするつもり?」

その話は今は少し、気が重い。
いきなり現実が、のしかかってくるみたいだ。

「実はわたし、自分のやりたいことが、まだ、決まっていなくて…」
「進路、決めてないの?」
「父も母も教師だし、わたしにも教育関係の仕事についてほしいと思っているみたいだから、あたりまえみたいにその道を考えていたのですけど…
それが本当に、『自分のやりたいこと』なのかなという疑問もあって、しっくりこないんです。
とりあえず大学には行くつもりですけど…」
「とりあえず、か… 凛子ちゃんらしくない言葉だな」
「…ヨシキさんが羨ましいです」
「どうして?」
「ヨシキさんは『カメラマン』というはっきりした目標を持っていて、才能もあって、それに向かって迷いなく進んでいるじゃないですか。
わたしなんてたいした才能もないし、自分になにができるかもわからないし」
「…そう?」

少しの沈黙のあと、ヨシキさんは唐突に話題を変えてきた。

「そう言えば、凛子ちゃんは自分を変えられた? コスプレで」
「…それはまだ、わかりません」
「イベントは楽しい?」
「はい。友達もできましたし」
「写真撮られるのは?」
「最初は戸惑いましたけど、今は楽しいです。特に、ヨシキさんから撮って頂けるのは。
いつも、違う自分をいろいろ引き出されるみたいで、ワクワクします」
「そうか…」

違う話をはじめたように見えたヨシキさんだったが、まっすぐにわたしの目を見つめて、力強い口調で言った。

「モデルにならない?」

つづく
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