99 / 259
level 11
「少しモヤモヤしたものを感じてしまいました」
しおりを挟む
温泉でまったり癒されたあと、近くの古びた民家風の料理屋に移動し、少し早い夕食をとる。
熱々の大きな瓦の上に、牛肉のしぐれ煮と錦糸卵の載った『かわらそば』は、野趣があって味も抜群。とっても満足できるものだった。
「訊いていいですか?」
デザートの柚子シャーベットを食べながら、この旅行中、ずっと疑問に思っていたことを、わたしは口にした。
「ヨシキさんはこの場所にこだわりがあったみたいだけど、どうしてですか?」
一瞬、返事に迷ったような顔をしたヨシキさんだが、逆に尋ねてきた。
「凛子ちゃんは、ここ、気に入らなかった?」
「いえ。そんなことはないですけど」
「だったらいいじゃん。ここは海も綺麗で、ドライブコースも快適で、近場に温泉もあって、しかも人も少なくて、いいところだから、凛子ちゃんと来たかっただけだよ」
「ほんとうに、それだけの理由なのですか?」
「そうだよ」
「このお店も、『前来た時に社長に連れてきてもらった』と言っていましたけど、以前来たのは仕事でですか?」
「ああ。CM撮影で来たんだ」
「へぇ。そのCM、わたしも見てみたいです」
「だいぶ前のことだし、もうオンエアしてないよ。ネットで検索したら出てくるかもな」
「じゃあわたし、帰ってから調べてみます。検索ワードとか教えてくれませんか?」
「ん… 『森田美湖』『角島』『CM』でヒットすると思うよ」
「えっ? 森田美湖。あの森田美湖ですか?! 女優でモデルの!」
「そうだよ」
「森田美湖って、うちの父が大ファンなんです!
映画とかドラマとかよく出ていて、すっごく綺麗で魅力的で、わたしも好きなんです。
もう40代なのに、いまだに第一線でモデルをしていて、ファッション雑誌のカバーモデルにもなっていて、すごいなって思います。
そんな人とCMのお仕事をしたとか、すごいです! ヨシキさん」
「まあ、オレはただのアシスタントだけどな。社長がずっとカメラ回してたんだ」
「ではそのときに、みなさんでこのお店にも寄ったんですね」
「ああ。撮影が終わって、『ぼくが若い頃、デートで来た店』って、社長がここに連れてきてくれたんだ。昨日から今日のドライブコースも、だいたいロケの時といっしょだったよ。
あの時も、昨日泊まったホテルで宿泊して、角島大橋とその周辺で撮影したんだ」
「それで、ヨシキさんは道にも迷わなかったんですね。知った道みたいにスイスイ走るから、すごいなって思っていました」
「ああ。あのときもロケハンを兼ねていろいろドライブしたな。みっこと」
「みっこ?」
「あ… 森田美湖のニックネームだよ」
「ふぅん。みっこ…」
次のヨシキさんの言葉を待ちながら、わたしは最後のシャーベットを口に入れた。
頰杖ついたヨシキさんは、窓の外に視線を向け、ただ、雨粒がポタポタと滴り落ちる景色の向こうを、黙ったまま見つめているだけだった。
「…まあいいさ。そろそろ出よう。ちょっとのんびりしすぎたから、予定より遅くなっちまった。早く行かないと、飛行機に乗り遅れちまう」
食べ終えるわたしを待っていたかのように、ヨシキさんは伝票を手にして立ち上がる。
少しモヤモヤしたものを感じつつ、わたしも席を立つ。
なにが、『まあいい』のだろう?
撮影の仕事がらみで、なにかあったのだろうか?
『みっこ』と…
でも、歳の差があり過ぎるし、まさか… ね。
ふと、疑問が頭をかすめたものの、それ以上深く考えることもなく、残り少なくなった旅の時間を、わたしはヨシキさんと楽しく過ごした。
つづく
熱々の大きな瓦の上に、牛肉のしぐれ煮と錦糸卵の載った『かわらそば』は、野趣があって味も抜群。とっても満足できるものだった。
「訊いていいですか?」
デザートの柚子シャーベットを食べながら、この旅行中、ずっと疑問に思っていたことを、わたしは口にした。
「ヨシキさんはこの場所にこだわりがあったみたいだけど、どうしてですか?」
一瞬、返事に迷ったような顔をしたヨシキさんだが、逆に尋ねてきた。
「凛子ちゃんは、ここ、気に入らなかった?」
「いえ。そんなことはないですけど」
「だったらいいじゃん。ここは海も綺麗で、ドライブコースも快適で、近場に温泉もあって、しかも人も少なくて、いいところだから、凛子ちゃんと来たかっただけだよ」
「ほんとうに、それだけの理由なのですか?」
「そうだよ」
「このお店も、『前来た時に社長に連れてきてもらった』と言っていましたけど、以前来たのは仕事でですか?」
「ああ。CM撮影で来たんだ」
「へぇ。そのCM、わたしも見てみたいです」
「だいぶ前のことだし、もうオンエアしてないよ。ネットで検索したら出てくるかもな」
「じゃあわたし、帰ってから調べてみます。検索ワードとか教えてくれませんか?」
「ん… 『森田美湖』『角島』『CM』でヒットすると思うよ」
「えっ? 森田美湖。あの森田美湖ですか?! 女優でモデルの!」
「そうだよ」
「森田美湖って、うちの父が大ファンなんです!
映画とかドラマとかよく出ていて、すっごく綺麗で魅力的で、わたしも好きなんです。
もう40代なのに、いまだに第一線でモデルをしていて、ファッション雑誌のカバーモデルにもなっていて、すごいなって思います。
そんな人とCMのお仕事をしたとか、すごいです! ヨシキさん」
「まあ、オレはただのアシスタントだけどな。社長がずっとカメラ回してたんだ」
「ではそのときに、みなさんでこのお店にも寄ったんですね」
「ああ。撮影が終わって、『ぼくが若い頃、デートで来た店』って、社長がここに連れてきてくれたんだ。昨日から今日のドライブコースも、だいたいロケの時といっしょだったよ。
あの時も、昨日泊まったホテルで宿泊して、角島大橋とその周辺で撮影したんだ」
「それで、ヨシキさんは道にも迷わなかったんですね。知った道みたいにスイスイ走るから、すごいなって思っていました」
「ああ。あのときもロケハンを兼ねていろいろドライブしたな。みっこと」
「みっこ?」
「あ… 森田美湖のニックネームだよ」
「ふぅん。みっこ…」
次のヨシキさんの言葉を待ちながら、わたしは最後のシャーベットを口に入れた。
頰杖ついたヨシキさんは、窓の外に視線を向け、ただ、雨粒がポタポタと滴り落ちる景色の向こうを、黙ったまま見つめているだけだった。
「…まあいいさ。そろそろ出よう。ちょっとのんびりしすぎたから、予定より遅くなっちまった。早く行かないと、飛行機に乗り遅れちまう」
食べ終えるわたしを待っていたかのように、ヨシキさんは伝票を手にして立ち上がる。
少しモヤモヤしたものを感じつつ、わたしも席を立つ。
なにが、『まあいい』のだろう?
撮影の仕事がらみで、なにかあったのだろうか?
『みっこ』と…
でも、歳の差があり過ぎるし、まさか… ね。
ふと、疑問が頭をかすめたものの、それ以上深く考えることもなく、残り少なくなった旅の時間を、わたしはヨシキさんと楽しく過ごした。
つづく
0
お気に入りに追加
12
あなたにおすすめの小説

ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。



今日の授業は保健体育
にのみや朱乃
恋愛
(性的描写あり)
僕は家庭教師として、高校三年生のユキの家に行った。
その日はちょうどユキ以外には誰もいなかった。
ユキは勉強したくない、科目を変えようと言う。ユキが提案した科目とは。


ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる