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第一章「晴明と美夕達の日常」

第3話「賀茂保憲の奥方」

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 朝餉あさげが終わると晴明は陰陽師の仕事場、陰陽寮へ。
 道満はしじみ売りや、本業の法師の仕事に。
 美夕は兄弟子の賀茂保憲かものやすのりの奥方、
 賀茂優子かものゆうこの授業を受けに、賀茂家に行く事になる。
 賀茂優子は、巫女の育成をしていて、
 美夕に自分の能力の制御を覚えさせるため、
 晴明が保憲と優子に頼んで、通わせてもらっているのだ。
 


   晴明は化生の自分と美夕をこころよく受け入れてくれた、
 兄弟子の保憲と優子をとても、信頼していた。
 ただ一つ、気がかりなものがあるとすれば、
 それは保憲の息子、賀茂光栄かものみつよしだ。
 光栄は晴明が、父親に信頼されていて、
 自分より、陰陽師の才能がある事を妬《ねた》み、
 逆恨みをしていた。光栄はこれまで何度も、晴明を亡き者にしようと、
 呪詛じゅそおこなったり、式神しきがみを放ったりしてきた。



 もちろん晴明も、呪詛返じゅそがえしや、式神でこれを打ち破ってきたが、
 未熟とはいえ、腐っても陰陽の名門、賀茂家の人間、油断ならない男なのだ。
 そのような、悪意に満ちた人間がいる屋敷に、
 自分が家族同然に、大切に思っている美夕を、
 行かせる事は晴明にとって、とても心苦しかった。
 晴明は美夕が巫女服を着て支度をした頃、自室に呼んだ。
「晴明様、何か御用でしょうか?」



  晴明は引き出しから、一枚の紙で出来た人形ひとかたを取り出し、美夕に手渡した。
 人形とは形代かたしろの事、呪術に使う為に何らかの形を模して、作られた道具で
 人の形を模した物を人形と呼ぶ。
「美夕、これは私の式神が、封じられた物だ。もし、お前の身に危機が迫った時、
 式神がお前を守護する。肌身離さず、持っているのだぞ? 
 そして、これだけは覚えておいてくれ。賀茂光栄にはくれぐれも、気をつけろ」
 忠告すると、美夕は素直にうなずいた。
「はい! 晴明様」



 一条戻いちじょうもどり橋を渡り、かやぶき屋根の屋敷が
 立ち並ぶ通りを歩いていくと、賀茂邸かもていに着く。
 美夕は門をくぐり、屋敷の入り口に向かって歩いていると、
 巫女みこ見習いの少女達が集まっており、美夕に気がつくと、
「「キャ! やぁ~だ。化生けしょうの娘が来た。怖~い、食べられちゃ~う」」と、
 わざとらしく、ささやきながらケラケラと笑い、屋敷の中へ入っていった。



 美夕はいつもの事ながら呆れ、
「何よ。あの子達」と、目を吊り上げ小さく舌を、突き出した。
 祓(はら)い、清めの授業、弓術、符呪ふじゅの授業、巫女舞と呼ばれる交霊術等、
 様々な巫女の授業を、受けていく、
 特に美夕は祓い、清めにけており、周りの見習い生達を騒然とさせた。
 


  皆が美夕の方を見ながらこそこそと、陰口をたたいている。
 「何よ! あの化生女。
 ちょっとばかり、出来るからって、調子に乗っちゃってさ!
 術に長けるのだって、物の怪の血が入っているからだわ。きっと、そうよ」」
 嫌な気分になり、うつむく美夕。その時、それを見ていた、
 年かさの美しい女性が、厳しい表情をし、巫女見習いの少女達に言った。
「貴女達。暇さえあれば、毎日、毎日、美夕さんの悪口ばかりなさって。
 人として、恥ずかしいと思わないのですか?」


 すると、巫女見習いの少女達はどこから仕入れた情報なのか、口々に訴えた。
「お言葉ですが、優子様! 美夕は汚らわしい化生で、鬼の血を引いています!」
 優子は形の良い眉を吊り上げ、少女達を見回した。
「それが、どうしたというのです? あなた方が美夕さんの立場だったら、
 どう、感じますか…美夕さんの立場になって、考えてごらんなさい」
 と、静かに言い放った。
 
   少女達は、自分達の尊敬する優子に叱られた事が余程、こたえたらしくしょんぼりしている。
 優子は優しく、美夕の肩を抱いた。
「美夕さん、かような事は気にしなくとも、良いのですよ?」
「はいっ、ありがとうございます。優子様」
 美夕は、嬉しくて涙を浮かべ頬を染めるとほのかに微笑んだ。

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◇今回の登場人物◇
賀茂優子かものゆうこ
保憲の奥方で巫女の育成をしている、美夕の良き理解者。 
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