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第一章「晴明と美夕達の日常」

第4話「氷の男」

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授業が終わり夕方、門から出ると美夕よりだいぶ年上の少年が待っていた。
 賀茂かもの光栄みつよしであった。色白の美男子、だが底冷えがするほど冷たい綺麗な笑顔。
「やあ、待っていたよ。鬼の子、美夕みゆう
 光栄はクスクスと、まるで温度が感じられない微笑を浮かべた。
「あ、賀茂様っ……」
美夕はゾッと、背筋が凍りつく感覚を覚えた。


    美夕はいつも会う度に、感じていた。
 父君の保憲やすのりも母君の優子もあんなに優しく、温和な人達なのに。
 なぜ、息子のこの人はこんなにも冷たい気を放っているのかと、
 光栄の目は、晴明のものとは明らかに違う。自分を人間とは見ていない目、
 化生で化け物としか見ていない目、美夕の額から冷や汗が流れ、頬を伝う。


 ――光栄には気を付けろ。
 晴明の言葉が、脳内を駆け巡り警報を鳴らす。
「何の御用ですか? 賀茂様」
 美夕は、後ずさりした。光栄はニヤリと笑い
「くくっ、僕が怖いのか? まあ、いい。
 あの憎い化生の陰陽師安倍晴明がなかなか、死んでくれなくて困っていたんだよ。
 呪詛じゅそを掛けても、式神を放っても皆、打ち破ってくれてさ!
 憎たらしいったら、ありゃしない!」
 

 そういうと、美夕を指差した。
「そこで思い付いたのが、お前のことさ……
 あいつは、お前の事を大層たいそう、大事にしているそうじゃないか?」
「キャッ!」美夕の手首を掴み、引き寄せた。
 キッと、光栄を睨み「晴明様に何てことを! 許さないわ!」と叫ぶと、
 突如、感情がたかぶった美夕の身体から炎が発生し、光栄を呑み込んだ。
 

    美夕ははっと、気が付き。
「いけない! 私ったらつい、賀茂様への怒りで!
 賀茂様が死んじゃう。賀茂様ぁああっっ!」と真っ青になって叫ぶと、
 その瞬間、光栄の術で炎が消し飛び光栄の姿が現れた。
「良かった……生きてた」


 美夕が安堵し、ほっと胸を撫で下ろすと、
 何と、光栄は突然、美夕の首を両手で掴み、門の柱に打ち付けた。
「うっ!」強い後頭部への衝撃で、気絶をする美夕。
 それを光栄は、冷ややかに見下ろした。
「おのれ……化生の分際で! 父さんのお気に入りだから、
 少しは優しくしてやろうと思ったが、気が変わった!今すぐ、滅茶めちゃ苦茶くちゃにしてやる!」
 光栄は、美夕の緋袴ひばかまの帯に手を掛けた。
 

 その時、ふわっ……
 美夕の着物のふところから、紙の人形ひとかたが舞った。
 人形から煙が出て現れたのは長身、黒長髪、
 血のように赤い瞳、額に二本の角を持つ鬼神の青年。
「お前は、晴明の鬼神黒月こくづき!」
 ちっと舌打ちすると、光栄は印を結び、呪を唱えようとした。


 が、黒月は「遅い!」と、鋭く叫ぶと、
 腰から下げている刀を鞘から素早く抜き、刀のみねで光栄の胸を強く打ちつけた。
「うぐっ!?」
 光栄は顔を歪めると、前のめりにドサリと倒れた。
 黒月は冷たく赤い目を細め、冷ややかに、光栄を見下ろし。
「晴明の大切な者を、傷つけた報いだ…殺されなかっただけでも、ありがたく思え」
 静かにつぶやくと美夕を抱き上げ、晴明邸に急いで向かった。



◇ ◇ ◇



 屋敷の前では、帰りの遅い美夕を心配して、晴明と道満が門の外で、待っていた。
 そこへ美夕を抱いた黒月が現れ、ぐったりとした美夕を見た道満は、
 血相を変え、黒月に駆け寄った。
「黒月! なにこれ!? 何で美夕ちゃん。
 ぐったりしてるの?顔赤いよ、もしかして、熱出てるの?
 美夕ちゃん、美夕ちゃん。しっかりして―――!」凄い剣幕で叫ぶ。


 黒月は、道満の頭をボカリと殴る。
「うるさい! 男がギャアギャアと、騒ぐな」
 と言うと、近寄ってきた晴明に
「晴明……美夕は、賀茂光栄に危害を加えられた。
 頭を強く打っている、早く薬師くすしに診せた方が良い」と言うと、
 晴明はチッと舌打ちし、
「光栄め!」と言いすてた後、美夕の頬を撫で「薬師だな?わかった」
 とうなずくと美夕を屋敷の中へ運び、布団に寝かせた。


 しばらくして、薬師が来て美夕の診察をし始めた。
 脈を診た後、骨が折れていないか、出血はないか等を診ていく。
「先生! 美夕ちゃんは大丈夫なの?」と、
 身を乗り出して聞く道満に薬師はあごを撫で、冷静に話した。
「ふむ、そうですな。私が診た所、目立った外傷は見られません。
 しかし、油断は出来ないでしょう。また、何か変わった事があったらお呼びください。それと熱が少し、高いですな。氷で冷やしてください。目覚めたらけずも、良いでしょう」


 美夕が無傷なのは、鬼の身体能力のおかげではと、晴明は思った。                 
 晴明は美夕が光栄に、危害を加えられた事を道満に話した。
 道満の顔は硬直して、真っ赤になり怒りで身体がわなわなと、震えだした。
「くっそぉおおおっっ! 賀茂光栄め! よくも美夕ちゃんを、俺がかたきを討ってやる!」
 道満はいきりたつと、しゃくじょうを持ち部屋を出て行こうとした。
 その時、「待て! 道満」
 

 晴明が、道満の腕を掴み、引きとめた。
 道満は眉根を寄せると、晴明に食って掛かった。
「何だよ! 晴明ちゃん。何で、止めるんだ! 
 晴明ちゃんは、美夕ちゃんがこんな目に遭わされてなんも感じないのかよ!」
 と涙を浮かべて叫ぶと、道満は晴明の胸倉を掴み、歯軋りをした。


「この愚か者! 何ともないはずが、ないだろう!
 私とて、美夕をこのような目に遭わせた、光栄が憎い! 
 だが、幸い美夕はこの通り、無事でいる。
 私は童子の頃より、賀茂家の方々には世話になっているのだ。
 特に兄弟子の保憲殿や奥方の優子殿には、
 美夕が人里でも安心して、暮らせるように心を砕いて頂いている。
 そんな、恩義のある方々の家をどうこうして良いはずがない!
 ここはこらえろ! わかったな」と話し終わると、道満は胸倉から手を離した。
 

   すると、道満はしょんぼりし
「そうだよね。晴明ちゃん……俺、自分勝手で突っ走ろうとしてた。
 保憲様と優子様には、俺も世話になってたんだ……
 ごめん、晴明ちゃん。俺どうかしてた」

 晴明は優しく目を細め、「わかったのなら、それで良い」
 と、道満の肩を軽く叩いた。黒月も二度うなずいた。
 と、その時、美夕が「うーん……晴明様、晴明様。助けて」と呟《つぶや》いた。
 道満は「美夕ちゃん! 気が付いたの!?」と美夕が寝ている布団に駆け寄った。
 晴明と黒月も側に寄る。晴明が「美夕、私はここにいるぞ」と、美夕の手を握る。
 その光景にムッとして「美夕ちゃん。俺もここにいるよ!」と、
 道満も美夕の手を握る。美夕はゆっくりと、目を開いた。


「大丈夫か? 美夕」
「大丈夫? 美夕ちゃん!」
 晴明と道満が、美夕を見詰める。
「――晴明様、道満様……
 そんなに慌てて、どうしたのですか?
 頭が痛い……私、どうして?」
 美夕は痛む頭を、片手で押さえ、晴明達を見回した。

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◇今回の登場人物◇
賀茂かもの光栄みつよし
都の若き陰陽師。陰陽師の名家と呼ばれる賀茂家の嫡男《ちゃくなん》。
賀茂保憲と優子の息子。性格は冷血、
兄弟子である晴明をなぜか、憎んでいる。

  黒月こくづき
晴明の式神の鬼神、剣の達人。美夕の事は妹と同然と考えている。
主の晴明と美夕を傷つける者は誰であっても許さない。

〇今回の言の葉〇
薬師くすし
昔の医者の呼び名。

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ここまでお読みいただきありがとうございました。
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