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第三章
郭子儀 再び
しおりを挟む忙しさに取り紛れてしばらく忘れていた楊志環のことを思い出して、京師に照会に行かせた部下が郭子儀のもとへ帰って来たのは八月の終わりだ。
「范志誠配下の楊志環という者、鳳州刺史の所属でありました」
呂日将の部下とは意外だ。
ようやく都が落ち着きを取り戻した昨年の春、郭子儀は、誰よりも功績を認められるべき呂日将への褒章が忘れられていることに気が付いて、鳳州に使者を送った。が、呂日将は配下の兵五十人とともに鳳州から忽然と姿を消してしまっていた。
残っていたのは首のない宦官と数人の兵士の死骸。
宦官は駱奉先の部下と判明したが、駱奉先はなにも知らないととぼけた。
駱奉先と呂日将の過去に接点は見られない。が、馬璘が褒章を受けたとき、鳳翔節度使孫志直が「呂日将はどうしたのか」と不審がっていたのが引っかかる。ふたりは防戦を主張する孫志直に反発して、同時に姿を消したという。たった千騎で万の敵に勝利したという馬璘の栄誉を傷つけるような何かを呂日将が知っているとしたら……。馬璘にはそつのない面があり、武官と折り合いの悪い宦官とも親しく付き合える男だ。
ならばなぜ、僕固軍のなかに呂日将の名がない。
まさか、死んでしまったのか。
だとしたら、この国の未来を担う優秀な将がひとり、無駄に失われたことになる。
楊志環という者と話しが出来ればいいのだが。
三男郭晞が興奮した表情で飛び込んで来て、思考の糸を断ち切る。
「父上、いよいよ吐蕃の主力が関内に入りました。兵の数は十万ほどと思われます」
郭子儀は意識をいま、ここに引き戻す。一昨年は程元振のお陰で思う存分戦うことが出来なかったが、今度はなんとか迎え撃つことができそうだ。
「指揮官の名はわかったか」
「総大将は尚結息、副将が馬重英、他に万を越える軍を率いる主な将軍は、尚東賛、尚賛磨、論頰蔵です」
「馬重英と東方元帥、南方元帥を送り込んで出来たか。すぐに対策を練り主上に奏上する。将を集めろ」
一礼して慌ただしく立ち去った郭晞と入れ替わりに駆け込んできた者が告げる。
「霊武から使者が参りました」
「なに、懐恩からか」
「いえ、范志誠将軍です」
内通か? 僕固懐恩の側近中の側近が?
郭子儀は立ち上がると、使者を入れるよう命じた。
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