【本編完結】ベータ育ちの無知オメガと警護アルファ

リトルグラス

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新婚旅行編

新婚旅行編:温泉

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 今朝はいつもの時間より少し遅めに起きた慶介は、まだ眠ったままの酒田の腕から抜け出して部屋の中を歩いた。

 純和風の部屋に相応しい整った調度品と窓から見える雄大な自然は大阪の家では見られない景色だ。
 無駄なものが一切無い、清々しい綺麗さは生活感を感じさせず、ここにいる慶介の方が部屋の調和を乱しているような異物感にちょっとだけ心細さを感じる。

 しかし、自分以外に誰もいない空間が、監視されていないという自由なのだと気がつくとジワジワとテンションが上ってくるきて、本当に誰もいないことを確認するべく全ての部屋を覗いて回り、ソファに座ったり椅子に座ったりして居心地の良い場所を探した。


 最終的に見つけた場所は旅館らしく広縁ひろえんと呼ばれる例のあのスペース。その中でも寝室でまだ寝ている酒田が見える絶妙な位置に椅子をずらして座った。
 そして眺めてしまうのは、窓から見える景色ではなく酒田の方なのだから、無意識にアルファを求めるオメガの本能に慶介も自分自身に苦笑いした。





 起きた酒田はスマホに手を伸ばし時計を確認したところで飛び起きて、隣に慶介がいないことに更に驚いて、広縁から手を振る慶介の姿を確認して安堵のため息をつく。

「先に起きてたなら、起こしてくれよ・・・」
「うーん、なんか雰囲気に浸ってた!」
「寝過ごした俺が言うのも何だけど・・・、朝食の時間過ぎてるから朝ご飯食べるなら外に行かないとダメだぞ。」
「え"!!?」


 外の温泉街で遅い朝ご飯を食べ、戻ってきた慶介たちは昼からお風呂を堪能することにした。

 温泉の数は室内と露天を合わせると14個もあるらしい。銭湯のような大浴場と一番大きな露天風呂は一般にも開放されていて、こちらは混浴ではなく、お一人様でも入れるお風呂のようだ。
 残りの12個が旅館の客にだけが入れる風呂で、露天風呂が8つ、室内温泉が4つ。これらの内6つが8人程度しか入れない小さなカップル風呂で、取り合いになりがちなのだとか。

 慶介は初めて見る他人の裸にオドオドした。お一人様お断りと謳う混浴温泉だけあって、脱衣所からして男女で分かれていなかったのだ。視線をキョロキョロしては目をつぶって立ち止まってしまう慶介を酒田が引っ張って露天風呂スペースへ向かった。


 できれば小さな露天風呂が良かったのだが、流石に昼といえど人気のようで人がいたため諦め、大きな露天風呂に浸かる。

 慶介は周りの男女のカップルたちを見ては恥ずかしげに視線をそらして、またそらした先にもカップルを見つけて俯き、温泉の水面に顔を沈めて顔を赤くしている。

「なんか、すげぇ恥ずい・・・。本当に混浴なんだな・・・」
「ジロジロ見るなよ。お互い様なんだから。」

 強めの語気で発せられた酒田の言葉は、慶介のネックガードに向けられる好奇心の視線をたしなめるために周りに向けられたものだったが、慶介は自分のキョロキョロを叱られたと思ってショボンとした。

 慶介が縮こまって俯いていると、酒田が前に回り込んで頬をつまんで顔をあげさせてきた。しかし、顔を上げれば目に入ってくるのは周りのカップルたち。慶介はどこを見ればいいのかわからなくて視線を彷徨わせた。

「慶介、俺を見ろ。」

 視線をあげると酒田が慶介をまっすぐに見ていた。それは警護の目ではなく、番の目だった。
 慶介はその目が少し苦手だ。見ていると何かにすっぽりと覆われてしまうような閉塞感と、包みこまれる安心感が拮抗して、ゾワゾワとして落ち着かなくなる。

「よそ見するな。俺だけ見ていれば良いんだ。」

 酒田は言葉を重ねて慶介の思考を止め、舌先を滑り込ませるようなキスをしてきた。

「ちょ、ばか、やめろ・・・っ」


 この混浴温泉にはいくつかの禁止事項が定められている。
 一つ、一人行動の禁止。部屋ごとに定められているシリコンバンドを必ず着用し、パートナーを一人にしてはならない。もし、一人でいるところを見つけた際には混浴スペースから速やかに退出しなければならなくなる。
 一つ、他のお客様への接触禁止。他の客との交流は混浴スペース外で行うこと。つまるところ、ナンパの禁止ってことだ。
 一つ、公共スペースでの性行為の禁止。説明するまでもなく『その辺でサカるな』という常識的ルール。

 しかし、最も守られないのが常識的ルールのようで、従業員から低い声色で『ルールはお守りください』と伝えられた。


 慶介は赤くなった顔と唇を隠すように腕で覆う。

「こ、こ、公共スペースだぞっ?」
「キスくらいなら大丈夫だ。ほら、周りだってやってる。」

 言われて見渡せば、確かにカップルたちは肩を抱いたり、膝の間に入ってバックハグをしていたり、キスもしていた。
 キスの一つで慌てているのは慶介だけだ。

「ほら、ここ。」

 酒田が示すのは風呂の中であぐらをかいた膝の上。指定された場所を見て脳裏に浮かんだ姿が対面座位だった慶介は思わず赤面し躊躇した。

「慶介? のぼせるには早くないか?」
「いや、あの、ちょっと、変な想像しちゃって・・・」
「フッ、変なって何?」

 ズイッと距離を詰めてくる酒田に慶介は後ずさるも、背中は岩で作られた壁。
 回り込んで逃げようとすると、酒田に『周りの迷惑になることするなよ』と警告され、動きを止めたところで捕まった。

「で? なにを想像したんだ?」
「言わないっ!」
「そうか。じゃあ、後で部屋で聞くことにするよ。」
「言わねぇからッ!」

 ひと暴れした慶介は周りに対する羞恥心も薄れ、隣にピッタリとくっつく酒田に対するドキドキでいっぱいになった。
 ただ、意識しすぎると、うっかりあらぬ場所が反応しそうになるのでやっぱり俯くのは変わらなかった。





 すっかり混浴の環境にも慣れた慶介は景色を楽しむ余裕も出てきて、今は火照った体をへりに座って冷ましている。

「慶介、このあと、どうする?」
「うーん・・・なんか、岩盤浴って文字をどこかで見たから行ってみたいんだよな。」
「岩盤浴は予約制だから、今日、予約して明日いくか。」
「じゃあ、それで。代わりにサウナ行こ?」
「サウナか・・・。」

 慶介は少し冷ましすぎた体を温めるため再び肩まで湯に浸かった。後を追うように酒田も湯に入り、慶介を捕まえて自身の膝の間に引き寄せた。

「そのあとは夜まで予定は無しか?」
「ん? なんで?」
「部屋に戻ったら慶介の匂いに浸りたい。」

 酒田はそう言って、ネックガードのきわをツーっと舐め、手は鼠径部と胸の際どいところをスルリと撫でた。

「んぁ・・・っ」

 慶介の甘い喘ぎ声はか細いものだったが、それでも周囲にも届いてしまったようだ。
 一部はニヤついた顔、一部からはしかめっ面を向けられて、二人して『すいません・・・』と謝る。

「(勇也のせいで怒られたじゃねぇかっ!!)」
「(あんなので反応するとは思わなくて・・・)」
「(項されたら声出るに決まってんだろ!)」
「(も、もう、サウナにいくか。)」

 サッと立ち上がる酒田の足を慶介が掴んで止める。

「今、無理っ・・・。」
「なんで?」
「・・・・・・タッタ、カラ・・・」

 気まずい顔になった酒田はゆっくりと湯の中に戻り、慶介に背を向けて言った。

「悪い、サウナもやめて部屋に戻ろう。」
「うん・・・」









***








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