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見聞録
嘘つきさんは甘い蜜を吸っていたい ⑫
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トリクシーを偽物という役割から解放するであろう計画は、もう既に口火を切った。
イグナシオの関係者が、トリクシーをロムト国で保護しているとホラッパたちに通告した。明日、トリクシーは再びホラッパたちと合流し、次の目的地に向かうことになる。
次の目的地でトリクシーは一芝居打ち、偽物を演じることに終止符を打つのだ。
そんな中、最後の記念になるかもしれないと、トリクシーは【ムーンダスト】で夕食を食べに訪れていた。
やや遅い時間帯に訪問したため、トリクシーはそのまま閉店後、本日店で勤務するリアトリスと帰宅することになる。
閉店を迎えたが、清掃終了後の店内で、リアトリスとソランジュが少々険しい顔を突き合わせていた。普段仲のいい二人が、口論を繰り広げている。
「彼女を保護すると言い出したのは私よ。リースたちを巻き込んだ責任も、計画を見届ける責任もあるわ」
「だからって、今回の計画にソランジュが参加するのは認められない」
揉めている話題は、トリクシーの計画にソランジュが協力すると言い出したことだった。
参加表明するソランジュを、リアトリスはことごとく反対する姿勢を示す。
傍目からそれを見守る他の店員たちは、落ち着きを払っていた。
トリクシーだけが、おろおろと心配の眼差しを送っている。
「それを決める権利はリースにはないでしょ」
「そうだよ。でも・・・・・・駄目ったら駄目っ! 妊娠してるソランジュを、危険な目に遭わせられるわけないじゃないっ!」
リアトリスの大きな声が、部屋の中に反響する。
事情を知らなかったトリクシーは、ソランジュが妊娠してるということに驚愕した。
ソランジュもリアトリスが自身の懐妊に気づいたことに驚いたが、それはほんの一瞬にすぎない。ソランジュはまたもや険しい顔に戻る。
「なんで知ってるのよっ! おばあちゃんから予言で聞いたのっ? それともなんか視えたっ!?」
「両方違うよっ! ソランジュと一緒にいれば、なんかよく分かんないけど気づいただけっ!」
「あっそうっ!」
互いに声を張り上げる会話は、そこで一旦休みが入った。
リアトリスとソランジュの、落ち着きたい思いが一致したのだろう。
白熱した興奮を鎮めるように、両者とも深呼吸したり、目を閉じたりする。
「とにかくっ・・・・・・。身勝手だけど私には、世界のうんちゃらかんちゃら以上に、ソランジュの体の方が心配なんだってばっ。もし計画に協力したソランジュに何か悪いことが起きれば、一生後悔するもんっ。そんなの絶対嫌っ!」
冷静さを取り戻したようなリアトリスは、ソランジュに本音をぶつけた。
リアトリスの正直な暴露に、ソランジュの緑色の瞳が揺れる。数秒後、ソランジュはハッとなった。
「もしかして、トリクシーを匿うって頑なだったのも、それが理由だったの?」
「そうだよ。それが一番の理由」
ソランジュの確認に、リアトリスははっきりと肯定する。
両者互いに見つめ合い、一分以上流れる時間。
わざと周囲に聞こえるほど、ソランジュは大きな嘆息をもらした。
「分かったわよ。私はまたここで帰りを待っていればいいんでしょ」
「うん。そうして欲しい」
腕組みをして不満げなソランジュに、リアトリスは軽く頷く。
ソランジュは不満が解消した様子はなく、未だ口を尖らせていた。
「リースが私の身を案じるように、私だってリースのこと心配してるって、理解してる?」
「してないわけ、ないじゃない。でも、大切な人を危険な目に遭わせるくらいなら、私は自分が心配される立場の方がいい。これからは、そうしたい」
リアトリスの真意が分かったのは、その場にいたトリクシー以外の全員だろう。
リアトリスが語った大切な人の中に、エルネスティーヌとファブラスも含まれている。そして、彼女の夫であるイグナシオもまた、確実に含まれていた。エルネスティーヌ・ファブラス・イグナシオは、暗黒時代を終結させた英雄五人の中の、三人なのだから。
湿っぽい空気が流れる中、リアトリスは続ける。
「それに、自分の帰りを待ってくれる人がいると、心強いしさ」
かつて居場所がなかった記憶が甦り、リアトリスの頭を占領した。安心して帰れる場所もなく、自身の帰りを誰も待っていない辛さ、悲しさ、孤独を、リアトリスは知っていた。
そのような過去の記憶が引き金となり、リアトリスの胸にちくりとした痛みが生じる。胸の痛みを誤魔化すように、リアトリスは明るく努めていた。
リアトリスの心中を、ソランジュがどこまで察したかは定かではない。真剣な顔でソランジュは口を開いた。
「それなら、いくらだって待ってあげるわよ。だから絶対に無事で帰って来てよね」
「うん」
求められた約束に、リアトリスは口元を綻ばせる。
そうして無事リアトリスとソランジュの口論が終わりを迎えれば、【ムーンダスト】にイグナシオがやって来た。リアトリスの帰りが遅いので、迎えに来たらしい。
遅くなった理由を聞いて、イグナシオはふうんと納得した。
「リースがソランジュとそこまで言い争うのは珍しいな」
「「そう?」」
イグナシオの感想に、リアトリスとソランジュは仲良く声を揃える。
「リースに言い争いしてもらえるだけ、甘えられてる証拠でしょ? イグナシオなんて、特に身に沁みてるでしょうに」
「まあ、確かに」
ソランジュの言い分に、イグナシオは同意し、リアトリスは否定しない。
しかしながら、数秒後、リアトリス・イグナシオ・ソランジュ・エルネスティーヌ・ファブラスがほぼほぼ同時に言葉を発した。
「「「「「例外はあったけど」」」」」
リアトリスはうんざりした顔で、イグナシオとソランジュは何食わぬ顔で、エルネスティーヌとファブラスは苦笑した顔で、同じセリフを吐く。
五人の脳裏には、とある人物が思い出されていた。
事情を何一つ知らないトリクシーは、ただポカンとしている。
そんなトリクシーに、リアトリスはようやく声をかけた。
「ごめんね、待たせちゃって。帰ろっか」
「は、はい」
そうして、ようやく【ムーンダスト】の二階に住んでいない者たちは、それぞれの家に帰宅する。
帰宅すると、三人とも早々と寝る準備にかかった。
明日、トリクシーはリアトリスたちと別れ、ホラッパたちと再び活動を共にする。しかし、さほど不安はなかった。
それは良くも悪くも、トリクシーの頭の中では、リアトリスとソランジュの言い争いがついつい思い出されるからである。おかげで、トリクシーはリアトリスとイグナシオの家で過ごす最後の夜を、ぐっすりとした眠りで締めくくったのだった。
イグナシオの関係者が、トリクシーをロムト国で保護しているとホラッパたちに通告した。明日、トリクシーは再びホラッパたちと合流し、次の目的地に向かうことになる。
次の目的地でトリクシーは一芝居打ち、偽物を演じることに終止符を打つのだ。
そんな中、最後の記念になるかもしれないと、トリクシーは【ムーンダスト】で夕食を食べに訪れていた。
やや遅い時間帯に訪問したため、トリクシーはそのまま閉店後、本日店で勤務するリアトリスと帰宅することになる。
閉店を迎えたが、清掃終了後の店内で、リアトリスとソランジュが少々険しい顔を突き合わせていた。普段仲のいい二人が、口論を繰り広げている。
「彼女を保護すると言い出したのは私よ。リースたちを巻き込んだ責任も、計画を見届ける責任もあるわ」
「だからって、今回の計画にソランジュが参加するのは認められない」
揉めている話題は、トリクシーの計画にソランジュが協力すると言い出したことだった。
参加表明するソランジュを、リアトリスはことごとく反対する姿勢を示す。
傍目からそれを見守る他の店員たちは、落ち着きを払っていた。
トリクシーだけが、おろおろと心配の眼差しを送っている。
「それを決める権利はリースにはないでしょ」
「そうだよ。でも・・・・・・駄目ったら駄目っ! 妊娠してるソランジュを、危険な目に遭わせられるわけないじゃないっ!」
リアトリスの大きな声が、部屋の中に反響する。
事情を知らなかったトリクシーは、ソランジュが妊娠してるということに驚愕した。
ソランジュもリアトリスが自身の懐妊に気づいたことに驚いたが、それはほんの一瞬にすぎない。ソランジュはまたもや険しい顔に戻る。
「なんで知ってるのよっ! おばあちゃんから予言で聞いたのっ? それともなんか視えたっ!?」
「両方違うよっ! ソランジュと一緒にいれば、なんかよく分かんないけど気づいただけっ!」
「あっそうっ!」
互いに声を張り上げる会話は、そこで一旦休みが入った。
リアトリスとソランジュの、落ち着きたい思いが一致したのだろう。
白熱した興奮を鎮めるように、両者とも深呼吸したり、目を閉じたりする。
「とにかくっ・・・・・・。身勝手だけど私には、世界のうんちゃらかんちゃら以上に、ソランジュの体の方が心配なんだってばっ。もし計画に協力したソランジュに何か悪いことが起きれば、一生後悔するもんっ。そんなの絶対嫌っ!」
冷静さを取り戻したようなリアトリスは、ソランジュに本音をぶつけた。
リアトリスの正直な暴露に、ソランジュの緑色の瞳が揺れる。数秒後、ソランジュはハッとなった。
「もしかして、トリクシーを匿うって頑なだったのも、それが理由だったの?」
「そうだよ。それが一番の理由」
ソランジュの確認に、リアトリスははっきりと肯定する。
両者互いに見つめ合い、一分以上流れる時間。
わざと周囲に聞こえるほど、ソランジュは大きな嘆息をもらした。
「分かったわよ。私はまたここで帰りを待っていればいいんでしょ」
「うん。そうして欲しい」
腕組みをして不満げなソランジュに、リアトリスは軽く頷く。
ソランジュは不満が解消した様子はなく、未だ口を尖らせていた。
「リースが私の身を案じるように、私だってリースのこと心配してるって、理解してる?」
「してないわけ、ないじゃない。でも、大切な人を危険な目に遭わせるくらいなら、私は自分が心配される立場の方がいい。これからは、そうしたい」
リアトリスの真意が分かったのは、その場にいたトリクシー以外の全員だろう。
リアトリスが語った大切な人の中に、エルネスティーヌとファブラスも含まれている。そして、彼女の夫であるイグナシオもまた、確実に含まれていた。エルネスティーヌ・ファブラス・イグナシオは、暗黒時代を終結させた英雄五人の中の、三人なのだから。
湿っぽい空気が流れる中、リアトリスは続ける。
「それに、自分の帰りを待ってくれる人がいると、心強いしさ」
かつて居場所がなかった記憶が甦り、リアトリスの頭を占領した。安心して帰れる場所もなく、自身の帰りを誰も待っていない辛さ、悲しさ、孤独を、リアトリスは知っていた。
そのような過去の記憶が引き金となり、リアトリスの胸にちくりとした痛みが生じる。胸の痛みを誤魔化すように、リアトリスは明るく努めていた。
リアトリスの心中を、ソランジュがどこまで察したかは定かではない。真剣な顔でソランジュは口を開いた。
「それなら、いくらだって待ってあげるわよ。だから絶対に無事で帰って来てよね」
「うん」
求められた約束に、リアトリスは口元を綻ばせる。
そうして無事リアトリスとソランジュの口論が終わりを迎えれば、【ムーンダスト】にイグナシオがやって来た。リアトリスの帰りが遅いので、迎えに来たらしい。
遅くなった理由を聞いて、イグナシオはふうんと納得した。
「リースがソランジュとそこまで言い争うのは珍しいな」
「「そう?」」
イグナシオの感想に、リアトリスとソランジュは仲良く声を揃える。
「リースに言い争いしてもらえるだけ、甘えられてる証拠でしょ? イグナシオなんて、特に身に沁みてるでしょうに」
「まあ、確かに」
ソランジュの言い分に、イグナシオは同意し、リアトリスは否定しない。
しかしながら、数秒後、リアトリス・イグナシオ・ソランジュ・エルネスティーヌ・ファブラスがほぼほぼ同時に言葉を発した。
「「「「「例外はあったけど」」」」」
リアトリスはうんざりした顔で、イグナシオとソランジュは何食わぬ顔で、エルネスティーヌとファブラスは苦笑した顔で、同じセリフを吐く。
五人の脳裏には、とある人物が思い出されていた。
事情を何一つ知らないトリクシーは、ただポカンとしている。
そんなトリクシーに、リアトリスはようやく声をかけた。
「ごめんね、待たせちゃって。帰ろっか」
「は、はい」
そうして、ようやく【ムーンダスト】の二階に住んでいない者たちは、それぞれの家に帰宅する。
帰宅すると、三人とも早々と寝る準備にかかった。
明日、トリクシーはリアトリスたちと別れ、ホラッパたちと再び活動を共にする。しかし、さほど不安はなかった。
それは良くも悪くも、トリクシーの頭の中では、リアトリスとソランジュの言い争いがついつい思い出されるからである。おかげで、トリクシーはリアトリスとイグナシオの家で過ごす最後の夜を、ぐっすりとした眠りで締めくくったのだった。
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