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見聞録

嘘つきさんは甘い蜜を吸っていたい ⑪

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 「気配遮断の魔法」とは、他者から姿をくらまして、声だけでなく立てる音すら聞き取れなくする魔法である。
 その魔法を同一人物からかけられた者同士は、はっきりとその姿を認識し会話もできることも特徴の一つだ。内緒話をしたり、隠密行動したりするには、お誂え向きの魔法であった。

 「気配遮断の魔法」は、何も生物だけに効果があるわけではない。それは、「気配遮断の魔法」をかけられた人物の、服装や所持品が他者の視界から消えることからも説明できる。

 トリクシーはそのような「気配遮断の魔法」の特質を、良くも悪くも利用した。
 数か国における魔瘴の封印結界に、その魔法を行使することで、大勢の目から一時的に魔瘴の封印結界を視界から消して見せたのである。本当に魔瘴の封印結界を消滅したわけでなく、その姿形だけを大勢の目から見えなくした。
 それが、トリクシーやホラッパたちが今行っている、偽りの所業のからくりの全てだった。
 そうしてそのような行動で今まで順調に、トリクシーたちは嘘を真であると見せかけ続けてきたのである。

 だがしかし、いつまでも順風満帆というわけには当然いかない。

 「気配遮断の魔法」も万能というわけではなかった。欠点が存在した。
 だからこそ、ソランジュはじめ一部の者たちは、トリクシーが本当は魔瘴を消滅できる能力がないと、すぐに判断できたといえよう。

 個人個人のレベルが異なるように、魔法もまた術者によって段階が存在する。術者によって、使用する魔法の効果や質にも差が出てくる。
 この世界の中でも、トリクシーの「気配遮断の魔法」は、かなり高い等級に振り分けられることだろう。でなければ、大勢の目を欺くことなどきっとできなかった。
 しかし、上には上がいる。
 トリクシーよりも高度な「気配遮断の魔法」をかけられる術者には、いとも簡単にトリクシーの「気配遮断の魔法」は見破れてしまうのだ。たとえば、ソランジュのように。
 また、魔法や呪いを見破れる力に長けた瞳や、それに準ずるなんらかの能力を持つ者にも、トリクシーの「気配遮断の魔法」はあっけなく看破されてしまう。トリクシーが遭遇したオーク街道のモンスターは、その例に当てはまっていた。

 結局、トリクシーたちが行っている所業は、綻びだらけの綱渡り状態だったのだ。トリクシーたちが愚かなことをしていると、はなから分かっていた者たちは存在したのだから。
 それでも、今までトリクシーたちの嘘が露見されず、糾弾されることがなかったのは、そんなトリクシーたちでも利用価値があるとみなした者がいるからに他ならない。
 また、本当に魔瘴を消滅できる存在を知る者たちは、トリクシーたちはその存在のいい隠れ蓑になると思い、口を噤んでいたのもあるだろう。

 けれど、繰り返すように、悪事はいつまでもトントン拍子には続かない。
 事の真相に気づいているか否かは定かではないが、トリクシーたちの行いをよく思わない連中たちも動き始めている。
 幕引きの時期が迫っていた。

 
『私は、自分に唯一誇れる「気配遮断の魔法」なら、一時的にはその場から魔瘴の封印結界を消して見せることができるんじゃないかって、気づいたの』
『なるほどね・・・・・・』

 トリクシーとソランジュがその会話をしてから、少しの沈黙が流れる。
 ふうと観念したようにトリクシーは息を吐くと、どこか自暴自棄になったような顔で再び口を開いた。

「そのことを仲間たちに実演してやろうと、故郷に散らばってた大岩で練習していたところを、ホラッパに見られてね。お金と引き換えにして、馬鹿正直に私がそのことをホラッパに言っちゃった結果、こうなるに至るってわけ」
「そして、うまくいかないと思っていたのに、なぜか円滑にうまくいってしまったわけね」

 なぜかなど分かっているであろうに、ソランジュはトリクシーを慮ってか嘘をつく。
 それに気づいた様子のないトリクシーは、目を閉じて苦々しげにこくり頷いた。

「そういうこと。あんな三文芝居、すぐにバレるって思ってたんだけど、まさかまさかよ。皮肉なことに、聖女の故郷とあって、私の故郷の治安は大分良くなったわ。おまけに、ホラッパたちの聖女関連の商品も飛ぶように売れて・・・・・・。それを嬉々として商品化し売ってる仲間たちに、真実を言いそびれ続けた」
「それは何も、あなただけのせいではないでしょう? ホラッパに、仲間を盾にされてた部分もあったから。違う?」
「違わないわ。でも、ホラッパは全てあくどい奴じゃない。現に、私のことを保護してくれて、仲間たちの生活もまともにしてくれた。一番悪くて、責任を負うべきはやっぱり私。嘘をついて大勢を騙したのは悪いことだって分かってる。でも、そうしなきゃ今はなかった。汚いお金だって、生きていくためには必要なのよ」

 言いながら、トリクシーは爪を食い込ませるほど拳を強く握りしめる。
 ソランジュは何も言わず、トリクシーを静かに見守っていた。

「何より、今更偽物だってバレて、私やホラッパたちはともかく、故郷の仲間たちに何かあったらと思うと、余計に真実を明かせなかった。私のせいで、なんの罪もない仲間を道連れになんて、絶対できない」

 トリクシーの口調は震えが交じっていたが、力強い覚悟も垣間見せる。
 それからまたもや、部屋には静寂が訪れた。
 トリクシーは掘りごたつを虚ろな瞳でじっと見つめていたが、しばらくしてぎゅっと目をつぶった。

「・・・・・・それなのに、まさかみんな私の秘密を知っていたなんて、思わなかった。私が偽物だってバレるまでの間の資金を稼いで、バレたら私を連れてみんなで逃げ回るつもりだったなんて・・・・・・」
「それだけ、あなたが大切に想うように、あなたのことも大切に想われてたってことでしょ」

 ソランジュの穏やかな発言が言い終わるや否や、トリクシーはぐすぐすと泣き始める。

 トリクシーが魔瘴を消せる偽物を演じ続けるしかなかった一番の理由は、故郷の仲間たちの今後を危惧してのことだった。
 そのため、トリクシーがルミエル国でリアトリスたちに保護されてから、イグナシオの関係者たちがトリクシーの故郷にいる仲間たちと、秘密裏に連絡を取っていた。そこで、トリクシーが明かせなかった嘘を、彼女の故郷の仲間たちは当に気づいていることが判明したのだ。
 その時点で、トリクシーが偽物を演じることを終わりにする覚悟は強まった。
 イグナシオたちの関係者が、トリクシーの故郷の仲間たちの今後を保証してくれるという約束をしてくれてもいる。その約束もまた、トリクシーの背中を後押しすることにつながった。

 涙を流し流しで、そのことをしどろもどろにトリクシーはソランジュに説明する。
 既に耳には入れていたが、ソランジュは黙ってトリクシーの言葉に耳を傾けた。

「そう。じゃあ、もう計画を実行する上で、憂いはないってことね」
「ええ。仲間の面倒も、見てくださるって約束してくださったし」

 目を赤く腫らしてはいるものの、トリクシーの涙は止まっていた。
 右腕で頬杖をつきつつ、ソランジュはトリクシーに真剣な眼差しを送る。

「それで、あなたは計画を無事終わらせたら、どうするつもりなの?」

 ソランジュは、ようやく本題を告げた。その質問をするために、トリクシーの元を訪れたのである。

「それは・・・・・・。まだ決めていない。しばらくは、どこかで身を隠そうとは思ってはいるけれど」

 イグナシオの関係者から、計画終了後に関してトリクシーに打診がなかったわけではない。
 ただ、トリクシーは計画のことに頭がいっぱいで、その先のことを考えあぐねていた。加えて、迷い悩んでいるのは、トリクシーがピンとくる選択肢が未だ見つかっていないからという理由もある。
 眉を下げて思い悩むトリクシーに、ソランジュはほほ笑んだ。

「ねえ、今後の適任の就職先、教えてあげてもいいわよ」

 思いもよらぬ誘いに、トリクシーは最初は驚いてから、次第に不安そうな顔になる。
 恐る恐る、トリクシーはほほ笑むソランジュに確認した。

「就職先って、変なとこじゃ、ないでしょうね」
「変なとこじゃない、とは言い切れない。でも、多少厳しくて危険でも、あなたのその『気配遮断の魔法』も活かせるし、いずれ結構な高給取りになれるところよ。そして私の身内・・・・がいるところだから、もしも無理だ嫌だとなったら、いつでも辞めていい」

 ソランジュは涼し気に語った。
 トリクシーはソランジュの正直に明かした内容を、頭の中で吟味する。

「あなたにお誂え向きの、良い職場だと思うんだけどな」

 にっこりとした笑顔を作り、ソランジュは再度トリクシーを勧誘した。
 「気配遮断の魔法」という、トリクシーの十八番である能力を活かせること。やがて高給取りになることが保証されていること。それら上等な餌をちらつかせて、ソランジュはトリクシーを試している。

「・・・・・・もっと詳しい内容を教えてもらえますか?」
「もちろん」

 ソランジュの申し出は、トリクシーにはそれなりに魅力的であったらしい。トリクシーは話に食らいつくことを選んだ。
 こうなることを見越していたソランジュは、トリクシーに紹介する仕事の実情を、スムーズに語ってみせる。
 仕事の内容を知り、トリクシーは瞳に覚悟と野心を宿らせて決意する。

「その仕事、是非とも紹介してください。お願いします。機会を与えてもらえるなら、私は自分がどこまでできるか試してみたい、です」
「分かったわ」

 すっかり誘惑されたようなトリクシーに、ソランジュは満足そうに頷く。
 次いで、ソランジュは目を細めて、トリクシーに釘を刺す。

「でも今後の計画で、もしも寝返ったり、裏切ったりすれば、すぐ切る・・・・からね。そこんとこ、忘れないでよ」
「忘れないわよ。私、まだ死にたくないもの」

 以前はソランジュの脅しに怯み、一目散に逃げ出したトリクシーだが、今回は強気の姿勢を見せる。
 トリクシーの態度に、ソランジュはふふふと肩を震わせて笑った。

「あら、と~っても賢明な判断ね」
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