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見聞録

キュウテオ国編 ~特別な猫の尻尾⑲~

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 「継承試練の儀」で次代が決まり、夕方からキュウテオ国はお祭りムードが常に漂っていた。
 国長が住まう建物でも、晩餐を兼ねて盛大なパーティーが開かれている。
 そこには、リアトリスの姿はない。

 オスカーを伴ってパーティーに出席しているスフェンに、リアトリスの存在を知る者たちは、リアトリスが不在の理由を訊ねる。その度に、スフェンは申し訳なさそうに言うのだ。

「体調を崩してしまったようで、部屋で休んでいるのですよ」

 それを聞き、訊ねた者たちはお気の毒にと納得する。
 スフェンの説明に嘘はない。ただ、コンラッドの次代就任騒動に乗じて、ここにいる面々より一早くリアトリスの夫がリアトリスとオスカーとここに到着し、今夫がつきっきりでリアトリスを看病していることを、敢えて伝えなかっただけだ。
 スフェンからして、リアトリスの夫は、真に義理の弟である。彼が妻のリアトリスを心配してこの国に来てしまうことを見越し、彼が訪問するかもしれないことは、スフェンが予め滞在先であるここの一部の者たちに伝えて了承を得ていた。
 だから、スフェンが黙っていようと、彼の訪問を知っている者はいる。

「若き夫婦と楽しく話してみたかったが、残念だ」

 スフェンに話しかけてきたのは、スラっと背の高い中肉のご老人だ。
 オールバックの長い髪は、こげ茶と白髪が混じっている。長く伸ばしふわふわそうな髭は、真っ白。
 精悍さ滲む、年相応ながらハンサムな顔つきの御仁であった。
 彼が手に握っているのは、琥珀色の液体をおさめたグラス。中身は彼のお気に入りのブランデーだ。

「申し訳ございません」
「よいよい。むしろ、こちらこそ頭を下げ感謝すべき立場なのだから」

 スフェンが頭を下げれば、かっかとご老人は白い歯を見せて闊達に笑った。
 気さくで寛大なご老人の言葉に、スフェンは眉尻を微かに下げ、目を細める。
 元国長であるこの御仁が感謝しているのは、リアトリスの夫が約四年前に暗黒時代を終わらせたことか、それとも、今回リアトリスの間接的な働きで隠居できることか、または、厄介で不要なものをリアトリスが直接消し去ったことか。スフェンはそれを思い、目の前の御仁は万事抜け目ない方だと敬服する。
 そしてその真相を解き明かすことなく、スフェンは長きに渡りこの国を守り抜いた元国長たちと、またとない華々しい今日この夜を共に過ごした。


 * * *


 キュウテオ国滞在五日目。
 昨日の夕方からこんこんと眠り続け、リアトリスはやっと早朝に目を覚ました。
 リアトリスが左を向けば、隣にオスカーではなく、夫であるイグナシオの寝顔がある。リアトリスよりも年下のイグナシオの寝顔は、少年のあどけなさを残していた。

「迎えに来てくれてありがと」

 リアトリスはイグナシオの前髪をさらりと撫でる。
 無事果たすべき役割を終え、今日キュウテオ国を発てる喜びを、リアトリスは静かに噛みしめていた。


 * * *


 定期船の時間に間に合うよう、リアトリスたちは国長が住まう建物に別れを告げる。
 その前に、一行は世話になった方々に礼を尽くして挨拶に回った。
 現国長となったコンラッドと、彼の婚約者であるミネットとも別れの挨拶を交わす。

「いろいろとお世話になりました。また、ご多幸を祈念いたします」
「ありがとう」

 リアトリスの最後まで固い挨拶に、コンラッドは仕方ないという風に笑うしかなかった。

「ミネット様におかれましても、たくさんの幸福が舞い込みますように、願っております」
「そう言っていただけて光栄です」

 対照的に、リアトリスとミネットは、柔らかい陽だまりのような雰囲気でやりとりをしている。

 そして、元国長とも、リアトリスはある種初対面と再会・・・・・・をした。
 人型のファリスと相見えて、リアトリスは深々と頭を垂れる。
 一方、スフェンとイグナシオは慣れた様子でファリスと言葉を交え、境遇からのこうした経験の差をリアトリスは苦笑して再確認した次第だ。

「身軽になったことだ。近々、ロムト国にも遊びに行こう」
「有難きお言葉です。ご訪問、心よりお待ち申し上げております。その際には、ロムト国名産のブランデーを献上させていただきます」
「それは楽しみだ。ついでに我儘を言わせてもらうならば、ヤナギとリンとも久方振りに酒を酌み交せてもらいたいな」

 スフェンから目を離したファリスが、リアトリスの姿を捉えた。
 リアトリスは知り合いの名が急にファリスの口から飛び出し、瞳に驚愕の色が瞬時に浮かぶ。それも束の間、その知り合いに思いを馳せ、リアトリスは子どものように笑みを深めた。

「しかとお伝えいたします」

 その返事に、ファリスはさも満足そうに目尻に皺を寄せる。
 そんな中、ファリスの近くにいた審査員の女性も、リアトリスに声をかけた。

「またいつかお会いしましょう」
「はい。是非またお会いする日を楽しみにしております」

 再び会えることを祈って、二人は優しい握手を交わしたのだった。 


 * * *


 リアトリスたち一行は、港町まで下りた。
 オスカーが待ちきれないと、とある店にまっしぐらで移動する。
 オスカーとリアトリスは、キュウテオ国最終日の本日まで、港町のとある店を訪れるのを我慢していた。仕事で自由行動を取れないスフェンとみんなで最後に行こうと、リアトリスとオスカーは決めていたのである。
 結果、そのメンバーにイグナシオが追加された。

 一行が辿り着いたのは、魚肉の練り製品で有名な店だった。他国にまで名が知れているだけあり、中々に繁盛している。
 鯵・鰯・鱈・シログチを材料とする、蒲鉾・はんぺん・つみれ・さつま揚げなどが陳列されている。店側が直接揚げたてで提供している揚げ蒲鉾もあって、香ばしい音と匂いが食欲をそそった。
 リアトリスとスフェンはお土産をぱっと購入し、一足早く見せ自慢の魚介練り製品を堪能している、イグナシオとオスカーに加わった。イグナシオとオスカーの満足そうに食べている幸福な笑みを見れば、味は言うまでもないだろう。
 リアトリスとスフェンも、各々購入した、ほどほど揚げたての品を口に入れた。
 まだちょい熱の、魚の旨味と合わさった油分が、口の中を照りつける真夏の暑さに変化させる。魚のすり身は天然の甘みがあり、噛めば噛むほど凝縮された魚の旨味が大波の如く押し寄せてくる。
 まさに名実一体のおいしさと称して構わないだろう。

「帰って、みんなにもこのおいしさを味わってもらいたいな」
「そうだねえ」
「ああ」

 リアトリスのしみじみとした感想に、スフェンもイグナシオもすぐに同意する。
 オスカーは猫舌でないことを証明するように、無我夢中でどんどん揚げたての魚介練り製品たちを制覇していた。
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