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見聞録

キュウテオ国編 ~特別な猫の尻尾⑳~

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 他国へと向かう定期船がキュウテオ国を離れていく。
 どんどんと遠ざかるキュウテオ国を、リアトリスとオスカーは船の上から見つめている。ヒュンっとよぎる風に、リアトリスの薄葡萄色の髪が舞った。
 リアトリスの左薬指には、今は髪色を深紅に変化する指輪は嵌められていない。その代わり、違うプラチナリングが二つ嵌められていた。一本には、夏空を思わせる青い宝石がきらり光る。もう一本は、ダイヤモンドと黒曜石のような黒い石が、隣り合う小さな花の形の中に埋め込まれている。

「今回の旅の相棒を務めてくれてありがとね、オスカー」

 リアトリスの労いの言葉に、今回だけリアトリスのペット兼パートナーとしてお供したオスカーは、短く鳴いた。
 毎回同じメンバーで各国を巡り、リアトリスが魔瘴を消滅していけば、いずれ着実に足が着く。
 それを嫌って、このキュウテオ国へは本来リアトリスのペットではないオスカーに、相棒役として白羽の矢が立った。イグナシオ・オスカー・スフェンの生国であるロムト国に着けば、オスカーのその役も終了となる。
 リアトリスはオスカーの背や顎や頭を、感謝の気持ちを込めてわしゃわしゃと撫で回す。オスカーはちょっとだけやれやれと思いながら、リアトリスの想いを大人しく受け入れていた。

 そんなところに、イグナシオが単身で傍に来る。

「スフェンお義兄様は?」
「疲れたから部屋で休むってさ」
「そっか。そうだよねぇ、キュウテオ国で仕事しっぱなしだったもの」

 尊敬と同情を混ぜた口調で、リアトリスは小さくなるキュウテオ国をもう一度見る。
 リアトリスの右隣で、イグナシオも同じ方向を眺めながら、妻の右手を握った。
 イグナシオの左薬指にも、指輪が嵌められている。プラチナリングの側面にイエローゴールドのラインがぐるりと走ったデザイン。イエローゴールドのライン部分には、風が戦いでいるような彫模様があしらわれていた。
 若き夫婦の後ろ姿は、大人と子どもが手を繋いでいるようにしか見えない。身長の差があり過ぎることが要因だろう。
 オスカーは二人に声をかけることなく、スフェンが休む船内の部屋へと向かったのだった。


 * * *


 海の水が、全て墨にでも変じたかに見える真夜中。
 船内の一室で、リアトリスたちは穏やかに祝杯をあげていた。

「みなさんのご協力とご助力のおかげで、無事私事を済ませられることができました。改めて、深く感謝しております」

 リアトリスは、オスカーとスフェン、最後にちらりとイグナシオを見て感謝を述べる。

「上手くいって良かったよ」
「そうだな」

 上機嫌にグラスをゆするスフェンに、イグナシオが軽く首を縦に振った。
 それから、二人はキュウテオ国での出来事を、イグナシオに伝え聞かせる。イグナシオは時々質問しては、二人の話に耳を傾けていた。
 オスカーはスフェンの膝の上に顎を乗せ、うつらうつらしている。

「それにしても、エヴラールお義兄様は残念でしたね。お義兄様にはキュウテオ国は非常に楽しい場所でしょうに」
「仕方ないさ。エヴラールの気に猫が怯えるからね」

 今回キュウテオ国に訪問できなかったエヴラールの話題となり、リアトリスとスフェンは楽し気に笑う。
 エヴラールの実の弟であるイグナシオは、
「エヴラールのやつ、数匹猫を貰ってこいとしつこかったな」
キュウテオ国に行く前の苦労を明かした。

 それから話題は「継承試練の儀」に移る。

「お義兄様方は、前世の記憶を持つ私が『特別な猫の尻尾』の正体に辿り着くことを見越していたのですか?」
「いいや。オディロンもエヴラールも、面白おかしさ的な観点から、リースを『継承試練の儀』に強制参加させただけだよ。まあ、それで見事『特別な猫の尻尾』の謎を解き明かしてしまったわけだけど」
「・・・・・・そうですか」

 真実はどうだか実に疑わしいと、リアトリスは疑いの眼差しで見続けていた。
 けれど、にこにこ顔を崩さないスフェンに折れるしかない。リアトリスはやるせない思いを、果実酒と共に飲み込むしかなかった。
 スフェンは酒精が強い酒を飲み、徐に口を開く。

「今回、コンラッドに利用された形となったね」
「はい。ただ、結果的には、私が彼を利用したような形になりましたが」
「確かにそうだ。あれは幸いだったかもね」

 キュウテオ国の次代が決まった騒ぎに乗じて、魔瘴消滅を実行する。あれはいい手だったと、スフェンも頷く。

「リースも負けず嫌いだな」
「それはお互い様」

 夫婦揃って負けず嫌いな面を認め合う二人に、スフェンは酔いも相まってふふっと気持ちよさそうに声を震わす。

「それにしてもイオったら・・・・・・。もう迎えに来ちゃ駄目だよ。一緒に行ったり、別行動したりしながら頑張るって約束でしょ?」

 各国に封印されて残された魔瘴を消滅すべく、リアトリスとイグナシオは毎回行動を共にしない道を選択した。今回は別行動の予定だったはずなのに、イグナシオはその約束を違えたのだ。
 非難するリアトリスに、イグナシオはむっとなり、鼻をフンとならした。

「絶対にとは約束していない。その場その場で柔軟に対応すべきだ。それに何より、わざわざ心配で駆けつけたのに、怒られるのは納得がいかない」
「助けてくれたのは感謝してる。ありがとう。でも、毎回同じことを繰り返したら駄目だって話をしてるんだってばっ!」

 イグナシオとリアトリスは、先ほどまで仲良くじゃれ合っていたのに、急に喧嘩腰で睨み合う猫のようである。

「若い若い」

 二人よりも、人生と既婚者の先達であるスフェンは、オスカーを優しく撫でる。後はしばらく、青々とした若葉の芽吹きのような二人の痴話喧嘩を肴に、彼は酒を味わうのであった。
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