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見聞録

キュウテオ国編 ~特別な猫の尻尾②~

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 キュウテオ国は、島国である。上空から見下ろすと、島の形は大葉の形をしている。
 人口はさほど多くなく、小さな島国であるが、だからこそ島中央に聳え立つキュウテオ山は、見応えがあった。特に木々に葉が生い茂っている頃は、自然豊かさを遠目からでも訴えかけるようだ。
 キュウテオ山から流れる湧水はこの世界においても、名水と名高い。高品質なそれは超軟水で、調乳水としても人気を博している。
 そんなキュウテオ山の中腹に、この国の首都があった。
 標高約千二百メートルほどの場所にあり、この世界においては知る人ぞ知る避暑地でもある。夏場でも平均気温が二十五度と涼しく、過ごしやすいのが特徴だ。

 スフェンたちは、出迎えに来たこの国の者たちの案内の元、あっという間にキュウテオ国の首都に到着した。
 キュウテオ国の港町と首都を繋ぐ、転移陣を利用したのだ。
 転移陣は、藍色の幾何学模様の円陣が描かれている場所から、その全く同じ陣を描き繋いである場所に瞬間移動できるという、異世界ならではの魔法のような代物である。キュウテオ国では、一般にも無料で開放されているらしい大きめの転移陣そちらを使用し、すぐに首都に辿り着いた。
 わざわざ徒歩で港町から首都へ向かえば、約三時間もかかる。それを考慮すれば、大いに時間短縮と、体力の温存にも繋がったといえるだろう。

 標高が高いこともあり、先ほどの港町よりぐっと涼しくなった。
 もふもふの毛皮を有するオスカーは過ごしやすかろうが、夏の装いだった少女には少し涼しすぎた。対策として、カーディガンを羽織る。スフェンはその涼しさが丁度良かったのか、平然としていた。
 キュウテオ国の首都は、道がほとんど舗装されてはいない。土肌が剥き出しになっているか、植物が生えているかのどちらかだ。

 所々緩やかで所々急な勾配を上がって行った先に、この国を治める者が住まう大きな建物がある。
 スフェンたちもそちらへ向かっていた。この国での滞在先が、そちらなのである。仕事で訪問したスフェンたちのために、客室を二部屋用意すると、スフェンの仕事相手が融通を利かせてくれたのだ。
 木造二階建ての、この国一番広く大きな建物は、厳かな印象を抱かせる。壁が黒や青みが強いグレーで塗られているせいかもしれない。また、この国の頂点を担う者が住まう建物ということもあるからだろう。
 そんな場所に滞在する。それを踏まえて、少女はやや緊張した気持ちを抱きながら、スフェンの後ろを歩いて行った。
 
 
 * * *


 滞在先である建物に到着し、迎えに来た者たちの案内は続く。
 スフェンをここに招いた者たちと、一通りの挨拶をする機会もあった。スフェンは慣れた様子で、明るく対応してみせる。当然、同行している少女も、失礼のないようにそれを見習わねばならぬだろう。
 予め少女のことは、スフェンの親類だとは伝えてある。それでも少女やモンスターへは、興味深い視線が送られていた。
 内心緊張している少女に、スフェンは助け舟を出すことにした。

「こちらは、お伝えしていたように私の親類の一人です。視野を広げさせようと、この度同行させました」
「お初にお目にかかります。私の名はリースと申します。この度は、同行者である私と彼、オスカーもこちらでの滞在できるよう、お心遣いいただきまして、誠にありがとうございました。どうぞ、よろしくお願いいたします」

 敢えて本名を明かさず愛称を述べた少女は、オスカーと共にきれいなお辞儀をした。どこか緊張しながらも、一生懸命に挨拶した彼女の対応に、眉を顰めるものはいなかった。
 その後大人たちがリースに他愛もない話を少し振って、彼女は真摯にそれに応じた。直後、すぐに話題は、傍らに行儀よく座るオスカーに移る。

「見ただけで毛並みの良さが分かります」
彼の尻尾が特別・・・・・・・なものであればいいですな」
「そうですね」

 成人男性二人の世間話的な冗談に、スフェンがにこやかに応じた。
 オスカーが話の内容を分かっているかは定かではないが、長い尾をゆったりと揺らしている。
 それから話題は徐々にオスカーから、三日後のとある行事へと移転していった。

「三日後の継承試練では今度こそ、特別な猫の尾・・・・・・を探し出し、次代を担う者が決まって欲しいものです」
国長くにおさが四年前からずっと嘆いていますよ。早く長の座から退きたいとね」

 時と場合によっては不敬に捉えられるそのような発言も、ここだからこそ許される。この場所に勤める二人の言動からは、三日後に控えるとある行事の真意と、今現在このキュウテオ国を治める者を慮ってのものであることが、目の前にいれば自然と推測できるはずだ。

「今年も参加者はかなり多いのですか?」
「はい。今年も中々の人数ですよ。参加資格は一度しかないといえ、誰しもが参加可能ですからな」
「見ている側としては、もしかしたら彼、彼女がこの国を受け継ぐかと想像し、楽しむものです」

 スフェンの素朴な問いに、男性一人がすらすらと答え、違う男性が朗らかに続ける。
 そんな男性陣の話を耳に入れながら、リースはほんの少しだけ瞼をそっと伏せた。数秒、虚脱感を纏ったかのような薄葡萄色の瞳に、誰一人気づく者はいない。

「実は彼女も記念にと、今年の試練に参加することになったんです」
「おおっ。そうでしたか」
「応援していますよ」
「ありがとうございます。ご期待に沿えるか分かりませんが、良き経験となるよう精進いたします」

 義理の兄に話題に出され、リースはすぐに気持ちと表情を切り替えた。子どもを激励する感じで温かく彼女を見守るこの国の男性陣の手前、正直な感情の表情を表に出せはしない。リースは、三日後に参加する行事に対して緊張と不安を匂わせながら、ぎこちなく笑ったのだった。
 
 
 * * *


 リースたちがそんな会話を弾ませ、ようやく滞在する部屋に案内されるために、その場から移動していく。
 その一方、彼らからの死角では、魔法で巧みに自身の気配を上手に消し、こっそりと彼らのやり取りを盗み聞いていた青年がいた。遠ざかる足音を聞きながら、彼は前髪をかきあげて悩まし気な溜息をつく。

「どうして彼女が・・・・・・」

 くたびれたような呟きは、独り言として消えていった。
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