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17(イーリス)
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失って初めて気づくことがある。
確かにいたのだ。
私の心の中に、ノーラはいた。
同じ両親から生まれた姉妹であるにも関わらず根本的に人間としてそりが合わない妹を、私は嫌った時期があった。
寄宿学校時代が特にそうだ。姉妹や血縁関係のある貴族令嬢は私たちだけではない。仲のいい姉妹。従姉妹。親戚。いくらでも目に入った。
私は妹が笑顔を交わす相手ではなく視線を逸らし合う相手であることや、挨拶ではなく無視や嫌味を投げつけあう相手であるとわかり落胆した。
妹が私より容姿に恵まれているのは、羨ましくはなかった。
妹は何にも囚われず自由で、奔放で、目障りだった。煩かった。
私は随分な優等生かのように扱われていたが、人気があったのも、友人に囲まれていたのも妹だった。
何故、私に構い、私に因縁をつけてくるのかわからなかった。時間の無駄ではないか。楽しさだけを追いかけ、私など忘れたまま好きなように過ごせばいいではないか。
妹の悪意が鬱陶しかった。
神の導きのまま使命感に従い、妹は疎ましい騒音になり、次第に雨音程度の感覚になった。そして、雨は降っていなければ煩わしさもなく、音もない。
私から婚約者を奪い取り、妹は結婚し、去っていった。
去っていったのだ。
私の心の中に妹ノーラの住む空間は確かにあった。そこに、穴が空いた。
寂しいわけではない。
風が吹き抜けたからといって、寒いわけではないのと同じ。
婚約解消は事実だが、エディという一人の人間を失ったという感覚はない。そもそも私が欲しかったのはエディという夫ではなく、ノルドマン伯爵家に出入りするための婚約者や妻という肩書だった。
その意味では、愛しあっているというのであれば二人が結婚するのは当然だとさえ思った。
妹であれば、ノルドマン伯爵家でも逞しく生き抜くだろうから、大丈夫なはずだ。
それは信頼だった。
午後二時。
来客の報せを受け私は応接間へと向かう。
屈強な背中がやや前屈みになる姿勢で椅子に座っている。
「フリオ」
驚きで挨拶も忘れて呼びかける。
フリオは立て掛けてあった杖を手に取り立ち上がると、ゆっくりと此方へ振り向いた。私は違和感を覚え、すぐその意味を理解した。
修道騎士であるはずのフリオだが、修道服を着ていない。
「わざわざいらしてくれてありがとう」
「結婚式はどうだった?」
「普通よ。本人たちは喜んでいた」
フリオに再び腰掛けて貰い、私も向かいの席についてお茶をすすめる。
「私から出向くのに」
三人中二人は修道院に居るというだけでなく、自由に動き回れるのは私なので当然だ。妹とエディの結婚式が済み、時期的にも新たな計画を実行する必要に迫られている。早ければ早いだけいい。
忌まわしい教育は十二歳から始まったが、最初の半年程度は座学だったとオルガは記憶している。
自分が誰の為に産まれたのか、何をするべきなのか、その方法、心構えを叩き込まれるそうだ。切迫しているが既に妹が移り住んだことから、時間的に囮になってくれる可能性もあった。
私が妹目当てに訪問すればいい。
「イーリス。君はもう、この件から下りて欲しい」
「え?」
意外な言葉に若干胸がざわつく。
「結婚祝いを口実に修道院から使者を送る」
私が蚊帳の外へ追い出されたことにショックを受けた。だが理解した。修道院が動くのなら、私個人の意見など汲む必要はない。
「でも、大事になったら……妹は」
「図太そうだからいいだろう」
「……妹はよくて、私は駄目?」
フリオは溜息をついた。
「姉か妹かは関係ない。結婚前の令嬢より伯爵夫人の方が万が一のことがあっても傷が浅いだろう」
「私が元々ノルドマン伯爵家に嫁ぐはずだったのよ?そういう計画だったはず」
「結婚を済ませた状態で、だ。もう前提が崩れた」
妹のせいで。
「私に投げ出せと言うの?」
「結婚が控えているだろう」
「当分ないわ。妹に婚約者を奪われたのよ?すぐ次の婚約なんて軽薄だし、焦っているみたいになるじゃない。それに、やるべきこともあるのだし」
私はついつい捲くし立てた。
使命を失うと同時に、フリオやオルガとの固い絆をも失ってしまうかのようでそれが嫌だった。
私は、二人にとって、もう必要ないのだろうか。
「婚期を逃すぞ」
フリオに追及されたが大きなお世話だ。
同じ志を抱いていたではないか。私たちの戦いだった。
「構わないわ。神の導きよ。シスターになるなら関係ないでしょう」
私が語調を強めて言うとフリオは少し眉を顰めた。
「決めたのか?」
「いえ。その時がきたらわかる」
「神の招き」
「そうよ」
フリオは少し口籠り、何かを躊躇ってから呟いた。
「導きがあった」
「え?」
「還俗した」
「…………何故?」
問うてから我に返る。
フリオの口から語られたように、それが神の導きなのだ。
やはり腰の怪我が原因だろうか。
否、騎士は務まらないかもしれないが修道士は続けられる。
「君が好きだ」
確かにいたのだ。
私の心の中に、ノーラはいた。
同じ両親から生まれた姉妹であるにも関わらず根本的に人間としてそりが合わない妹を、私は嫌った時期があった。
寄宿学校時代が特にそうだ。姉妹や血縁関係のある貴族令嬢は私たちだけではない。仲のいい姉妹。従姉妹。親戚。いくらでも目に入った。
私は妹が笑顔を交わす相手ではなく視線を逸らし合う相手であることや、挨拶ではなく無視や嫌味を投げつけあう相手であるとわかり落胆した。
妹が私より容姿に恵まれているのは、羨ましくはなかった。
妹は何にも囚われず自由で、奔放で、目障りだった。煩かった。
私は随分な優等生かのように扱われていたが、人気があったのも、友人に囲まれていたのも妹だった。
何故、私に構い、私に因縁をつけてくるのかわからなかった。時間の無駄ではないか。楽しさだけを追いかけ、私など忘れたまま好きなように過ごせばいいではないか。
妹の悪意が鬱陶しかった。
神の導きのまま使命感に従い、妹は疎ましい騒音になり、次第に雨音程度の感覚になった。そして、雨は降っていなければ煩わしさもなく、音もない。
私から婚約者を奪い取り、妹は結婚し、去っていった。
去っていったのだ。
私の心の中に妹ノーラの住む空間は確かにあった。そこに、穴が空いた。
寂しいわけではない。
風が吹き抜けたからといって、寒いわけではないのと同じ。
婚約解消は事実だが、エディという一人の人間を失ったという感覚はない。そもそも私が欲しかったのはエディという夫ではなく、ノルドマン伯爵家に出入りするための婚約者や妻という肩書だった。
その意味では、愛しあっているというのであれば二人が結婚するのは当然だとさえ思った。
妹であれば、ノルドマン伯爵家でも逞しく生き抜くだろうから、大丈夫なはずだ。
それは信頼だった。
午後二時。
来客の報せを受け私は応接間へと向かう。
屈強な背中がやや前屈みになる姿勢で椅子に座っている。
「フリオ」
驚きで挨拶も忘れて呼びかける。
フリオは立て掛けてあった杖を手に取り立ち上がると、ゆっくりと此方へ振り向いた。私は違和感を覚え、すぐその意味を理解した。
修道騎士であるはずのフリオだが、修道服を着ていない。
「わざわざいらしてくれてありがとう」
「結婚式はどうだった?」
「普通よ。本人たちは喜んでいた」
フリオに再び腰掛けて貰い、私も向かいの席についてお茶をすすめる。
「私から出向くのに」
三人中二人は修道院に居るというだけでなく、自由に動き回れるのは私なので当然だ。妹とエディの結婚式が済み、時期的にも新たな計画を実行する必要に迫られている。早ければ早いだけいい。
忌まわしい教育は十二歳から始まったが、最初の半年程度は座学だったとオルガは記憶している。
自分が誰の為に産まれたのか、何をするべきなのか、その方法、心構えを叩き込まれるそうだ。切迫しているが既に妹が移り住んだことから、時間的に囮になってくれる可能性もあった。
私が妹目当てに訪問すればいい。
「イーリス。君はもう、この件から下りて欲しい」
「え?」
意外な言葉に若干胸がざわつく。
「結婚祝いを口実に修道院から使者を送る」
私が蚊帳の外へ追い出されたことにショックを受けた。だが理解した。修道院が動くのなら、私個人の意見など汲む必要はない。
「でも、大事になったら……妹は」
「図太そうだからいいだろう」
「……妹はよくて、私は駄目?」
フリオは溜息をついた。
「姉か妹かは関係ない。結婚前の令嬢より伯爵夫人の方が万が一のことがあっても傷が浅いだろう」
「私が元々ノルドマン伯爵家に嫁ぐはずだったのよ?そういう計画だったはず」
「結婚を済ませた状態で、だ。もう前提が崩れた」
妹のせいで。
「私に投げ出せと言うの?」
「結婚が控えているだろう」
「当分ないわ。妹に婚約者を奪われたのよ?すぐ次の婚約なんて軽薄だし、焦っているみたいになるじゃない。それに、やるべきこともあるのだし」
私はついつい捲くし立てた。
使命を失うと同時に、フリオやオルガとの固い絆をも失ってしまうかのようでそれが嫌だった。
私は、二人にとって、もう必要ないのだろうか。
「婚期を逃すぞ」
フリオに追及されたが大きなお世話だ。
同じ志を抱いていたではないか。私たちの戦いだった。
「構わないわ。神の導きよ。シスターになるなら関係ないでしょう」
私が語調を強めて言うとフリオは少し眉を顰めた。
「決めたのか?」
「いえ。その時がきたらわかる」
「神の招き」
「そうよ」
フリオは少し口籠り、何かを躊躇ってから呟いた。
「導きがあった」
「え?」
「還俗した」
「…………何故?」
問うてから我に返る。
フリオの口から語られたように、それが神の導きなのだ。
やはり腰の怪我が原因だろうか。
否、騎士は務まらないかもしれないが修道士は続けられる。
「君が好きだ」
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