3 / 7
2
しおりを挟む
物音に体が跳ねる。慌てて身を起こし、団子虫の如き防御で構えた。ストーカーは、ローテーブル越しに私を見ていた。
食事中だからか、アイテムがサングラスのみとなっている。露出した部分から、三十代くらいだと推測した。食べていたのはカップ麺だった。
「座れ」
目の前の空席をストーカーの指先が突く。瞬間、魔法にかかり体が吸い寄せられた。ストーカーは、私が昨日残した惣菜を置く。どうやら、テーブル横にスタンバイしていたらしい。
「食え」
急かされるままに箸を持った。震える手で、無理矢理食べ物を運ぶ。ほとんど味はしなかった。だが、吐き出さないようには努めた。
しばらく監視していたストーカーだったが、飽きたのか不意に立ち上がる。それから、空き容器を手にリビングを出ていった。
残す訳にもいかず、強制的に食べ続ける。目に入る空間は異常に整っていた。
時計もカレンダーも、テレビすらない。片付けに手間取らないよう、敢えて物を少なくしているかのようだ。例えば、血飛沫が舞っても、すぐ拭き取れるようにとか。
背筋が凍る。本能が救いを求めたが、すぐに希望は砕けた。そんなものが私にないことは百も承知だ。
***
私は"持っていない"人間だった。最低限の能力もルックスも、家族からの愛情も、他者からの信頼も。寧ろマイナスにするのが特技で、会う人皆に疎まれた。私なりに努力しているつもりでも、裏目にばかり出た。
恐らく、現状を察知している人間はいない。身代金の要求でもあれば別だが、それすら無視されそうで恐ろしい。
会社の籍もなければ、家族や近所との縁もない人間なのだ。当然の結果と言えよう。
けれど、まさかこんな事件に巻き込まれるなんて思ってもーーいや、小さく予測しながらも、対策を怠った自分の過失かもしれない。
そう思わなければ、悲しみを逃がせそうにはなかった。
「見ろ」
あれから数日が経った。隅で蹲る私の爪先に、コツリと何かが当たる。まだ肩は反応するが、最初より小さくなったものだ。それほどにストーカーは度々声をかけてきた。
視線だけを上げて確認する。あったのはスマートフォンだった。躊躇いつつも手に取り、起動してみる。中には、ファイルアプリだけがポツンと入っていた。
中身が予測できず指が凍る。タップできずにいると、ストーカーが真横に腰を落とした。壁のせいで肩が触れ合う。急激に速度をあげた鼓動が、伝わらないか怖くなった。
「貸せ。こうやったら開ける」
ーーえ。予想外の行動に唖然とする。ストーカーはアプリを開き、データ一覧を私へ向けてきた。見知った名称が幾つか並んでいる。それら全て映画の名前だった。
「好きそうなのを入れておいた。暇だろう。見るといい」
突然投下された優しさに、混乱が渦巻く。脳は真っ先に裏側を探りだしーー結果、混乱を深刻にした。
無償の優しさなんてない。それは十二分に経験済みだ。絶対に思惑はあって、最後は裏切られたと勝手に嘆かれる。それがお決まりの落ちでーー分かっているのに、優しさに眩みそうになった。
食事中だからか、アイテムがサングラスのみとなっている。露出した部分から、三十代くらいだと推測した。食べていたのはカップ麺だった。
「座れ」
目の前の空席をストーカーの指先が突く。瞬間、魔法にかかり体が吸い寄せられた。ストーカーは、私が昨日残した惣菜を置く。どうやら、テーブル横にスタンバイしていたらしい。
「食え」
急かされるままに箸を持った。震える手で、無理矢理食べ物を運ぶ。ほとんど味はしなかった。だが、吐き出さないようには努めた。
しばらく監視していたストーカーだったが、飽きたのか不意に立ち上がる。それから、空き容器を手にリビングを出ていった。
残す訳にもいかず、強制的に食べ続ける。目に入る空間は異常に整っていた。
時計もカレンダーも、テレビすらない。片付けに手間取らないよう、敢えて物を少なくしているかのようだ。例えば、血飛沫が舞っても、すぐ拭き取れるようにとか。
背筋が凍る。本能が救いを求めたが、すぐに希望は砕けた。そんなものが私にないことは百も承知だ。
***
私は"持っていない"人間だった。最低限の能力もルックスも、家族からの愛情も、他者からの信頼も。寧ろマイナスにするのが特技で、会う人皆に疎まれた。私なりに努力しているつもりでも、裏目にばかり出た。
恐らく、現状を察知している人間はいない。身代金の要求でもあれば別だが、それすら無視されそうで恐ろしい。
会社の籍もなければ、家族や近所との縁もない人間なのだ。当然の結果と言えよう。
けれど、まさかこんな事件に巻き込まれるなんて思ってもーーいや、小さく予測しながらも、対策を怠った自分の過失かもしれない。
そう思わなければ、悲しみを逃がせそうにはなかった。
「見ろ」
あれから数日が経った。隅で蹲る私の爪先に、コツリと何かが当たる。まだ肩は反応するが、最初より小さくなったものだ。それほどにストーカーは度々声をかけてきた。
視線だけを上げて確認する。あったのはスマートフォンだった。躊躇いつつも手に取り、起動してみる。中には、ファイルアプリだけがポツンと入っていた。
中身が予測できず指が凍る。タップできずにいると、ストーカーが真横に腰を落とした。壁のせいで肩が触れ合う。急激に速度をあげた鼓動が、伝わらないか怖くなった。
「貸せ。こうやったら開ける」
ーーえ。予想外の行動に唖然とする。ストーカーはアプリを開き、データ一覧を私へ向けてきた。見知った名称が幾つか並んでいる。それら全て映画の名前だった。
「好きそうなのを入れておいた。暇だろう。見るといい」
突然投下された優しさに、混乱が渦巻く。脳は真っ先に裏側を探りだしーー結果、混乱を深刻にした。
無償の優しさなんてない。それは十二分に経験済みだ。絶対に思惑はあって、最後は裏切られたと勝手に嘆かれる。それがお決まりの落ちでーー分かっているのに、優しさに眩みそうになった。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
君の為の物語
有箱
現代文学
一作を世に出して以来、売れない作家として作品を書き続けてきた私。 長い時間を支え続けてくれている恋人ーー陽菜乃の為、今度こそ売れる作品をと奮励する。 しかし、現実は甘くなくて。
機織姫
ワルシャワ
ホラー
栃木県日光市にある鬼怒沼にある伝説にこんな話がありました。そこで、とある美しい姫が現れてカタンコトンと音を鳴らす。声をかけるとその姫は一変し沼の中へ誘うという恐ろしい話。一人の少年もまた誘われそうになり、どうにか命からがら助かったというが。その話はもはや忘れ去られてしまうほど時を超えた現代で起きた怖いお話。はじまりはじまり
禁踏区
nami
ホラー
月隠村を取り囲む山には絶対に足を踏み入れてはいけない場所があるらしい。
そこには巨大な屋敷があり、そこに入ると決して生きて帰ることはできないという……
隠された道の先に聳える巨大な廃屋。
そこで様々な怪異に遭遇する凛達。
しかし、本当の恐怖は廃屋から脱出した後に待ち受けていた──
都市伝説と呪いの田舎ホラー
煩い人
星来香文子
ホラー
陽光学園高学校は、新校舎建設中の間、夜間学校・月光学園の校舎を昼の間借りることになった。
「夜七時以降、陽光学園の生徒は校舎にいてはいけない」という校則があるのにも関わらず、ある一人の女子生徒が忘れ物を取りに行ってしまう。
彼女はそこで、肌も髪も真っ白で、美しい人を見た。
それから彼女は何度も狂ったように夜の学校に出入りするようになり、いつの間にか姿を消したという。
彼女の親友だった美波は、真相を探るため一人、夜間学校に潜入するのだが……
(全7話)
※タイトルは「わずらいびと」と読みます
※カクヨムでも掲載しています
怖いお話。短編集
赤羽こうじ
ホラー
今まで投稿した、ホラー系のお話をまとめてみました。
初めて投稿したホラー『遠き日のかくれんぼ』や、サイコ的な『初めての男』等、色々な『怖い』の短編集です。
その他、『動画投稿』『神社』(仮)等も順次投稿していきます。
全て一万字前後から二万字前後で完結する短編となります。
※2023年11月末にて遠き日のかくれんぼは非公開とさせて頂き、同年12月より『あの日のかくれんぼ』としてリメイク作品として公開させて頂きます。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
初めてお越しの方へ
山村京二
ホラー
全ては、中学生の春休みに始まった。
祖父母宅を訪れた主人公が、和室の押し入れで見つけた奇妙な日記。祖父から聞かされた驚愕の話。そのすべてが主人公の人生を大きく変えることとなる。
ルール
新菜いに/丹㑚仁戻
ホラー
放課後の恒例となった、友達同士でする怪談話。
その日聞いた怪談は、実は高校の近所が舞台となっていた。
主人公の亜美は怖がりだったが、周りの好奇心に押されその場所へと向かうことに。
その怪談は何を伝えようとしていたのか――その意味を知ったときには、もう遅い。
□第6回ホラー・ミステリー小説大賞にて奨励賞をいただきました□
※章ごとに登場人物や時代が変わる連作短編のような構成です(第一章と最後の二章は同じ登場人物)。
※結構グロいです。
※この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません。
※カクヨム、小説家になろうにも掲載しています。
©2022 新菜いに
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる