優しきストーカーとの生活

有箱

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 物音に体が跳ねる。慌てて身を起こし、団子虫の如き防御で構えた。ストーカーは、ローテーブル越しに私を見ていた。
 食事中だからか、アイテムがサングラスのみとなっている。露出した部分から、三十代くらいだと推測した。食べていたのはカップ麺だった。

「座れ」

 目の前の空席をストーカーの指先が突く。瞬間、魔法にかかり体が吸い寄せられた。ストーカーは、私が昨日残した惣菜を置く。どうやら、テーブル横にスタンバイしていたらしい。

「食え」

 急かされるままに箸を持った。震える手で、無理矢理食べ物を運ぶ。ほとんど味はしなかった。だが、吐き出さないようには努めた。

 しばらく監視していたストーカーだったが、飽きたのか不意に立ち上がる。それから、空き容器を手にリビングを出ていった。
 
 残す訳にもいかず、強制的に食べ続ける。目に入る空間は異常に整っていた。
 時計もカレンダーも、テレビすらない。片付けに手間取らないよう、敢えて物を少なくしているかのようだ。例えば、血飛沫が舞っても、すぐ拭き取れるようにとか。

 背筋が凍る。本能が救いを求めたが、すぐに希望は砕けた。そんなものが私にないことは百も承知だ。

***

 私は"持っていない"人間だった。最低限の能力もルックスも、家族からの愛情も、他者からの信頼も。寧ろマイナスにするのが特技で、会う人皆に疎まれた。私なりに努力しているつもりでも、裏目にばかり出た。

 恐らく、現状を察知している人間はいない。身代金の要求でもあれば別だが、それすら無視されそうで恐ろしい。
 会社の籍もなければ、家族や近所との縁もない人間なのだ。当然の結果と言えよう。

 けれど、まさかこんな事件に巻き込まれるなんて思ってもーーいや、小さく予測しながらも、対策を怠った自分の過失かもしれない。
 そう思わなければ、悲しみを逃がせそうにはなかった。
 
「見ろ」

 あれから数日が経った。隅で蹲る私の爪先に、コツリと何かが当たる。まだ肩は反応するが、最初より小さくなったものだ。それほどにストーカーは度々声をかけてきた。

 視線だけを上げて確認する。あったのはスマートフォンだった。躊躇いつつも手に取り、起動してみる。中には、ファイルアプリだけがポツンと入っていた。

 中身が予測できず指が凍る。タップできずにいると、ストーカーが真横に腰を落とした。壁のせいで肩が触れ合う。急激に速度をあげた鼓動が、伝わらないか怖くなった。

「貸せ。こうやったら開ける」

 ーーえ。予想外の行動に唖然とする。ストーカーはアプリを開き、データ一覧を私へ向けてきた。見知った名称が幾つか並んでいる。それら全て映画の名前だった。

「好きそうなのを入れておいた。暇だろう。見るといい」

 突然投下された優しさに、混乱が渦巻く。脳は真っ先に裏側を探りだしーー結果、混乱を深刻にした。

 無償の優しさなんてない。それは十二分に経験済みだ。絶対に思惑はあって、最後は裏切られたと勝手に嘆かれる。それがお決まりの落ちでーー分かっているのに、優しさに眩みそうになった。
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