優しきストーカーとの生活

有箱

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 その後も、何とか壁を維持しつつストーカーと過ごした。ストーカーは朝から夕方まで必ず外出し、食材を携えて戻った。

 彼は世話焼きなのか、食事や暇潰しを与えられ、更には衣類や風呂なんかも提供してきた。そんな、あまりに温《ぬる》い持て成しで、瞬間的に立場を忘れそうになる。無論、本能が防止したが。

「食べるか」

 今日も言葉少なに、ストーカーは優しさを差し出してきた。問いと共に現れたのはデザートで、好きで時々買っていた洋菓子店のプリンだった。リーズナブルではあるが、コンビニよりは値の張る代物である。
 値段は当然のこと、毎回気付くある点が引っ掛かった。

 ーーやっぱり、この人は私の好みを把握している。しかも、隅々まで。

 彼はストーカーなのだ。何も可笑しくはないが、やはり恐ろしい。日常に絆されずにいられるのは、きっとこういった一面があるからだ。だが、同時に思ってもしまった。彼がストーカーではなく、別の何かなら良いのに、と。

「俺が怖いか」

 唐突な問いに喉が細い音を出した。曖昧は機嫌を損ねるぞ、と頭が警鐘を鳴らす。しかし、生憎宙ぶらりんな答えしか持っていなかった。イエスもノーも、今は嘘にしかならない。だが、何か答えなければ豹変を見るかもしれない。

「冬山蒼生、君に害を成そうという気はない。体にも、心にも。だからそんなに怖がらないでほしい」

 焦心を拭う台詞に、脳内の騒ぎが静まる。見えないはずの目元が少し萎びて見えた。

「言葉が足りなかったな。反省している」

 まるで悲しんでいるような、そんな声色もある。

「あ、あの、貴方はなんで私を……」

 ゆえに、そんなことを口走っていた。早々後悔に叩かれるも、後に引く方法は分からない。敵意がないと言われはしたが、証拠などないのだ。ストーカーの中の獣が、いつ寝返るかなど分かったものではない。

「言う気はない。とにかく、まだしばらくはここで暮らしてもらう。分かったな」
「……はい」

 命令とプリン、それから小さな疑問を置き去りに、今日もストーカーは部屋を出た。だが、背中に見続けていた毒素はなかった。寧ろ、妙な期待が光っている。
 久々のプリンは、ちゃんと美味しかった。

***

 コンビニ飯の味、用意されたベッドの柔らかさ、カビ混じりの空気の臭い。ストーカーの寝癖、表情、仕草。
 最初は視野にすら入らなかったそれらが、いつしかちゃんと見えていることに気付く。ストーカーとの生活が始まって、季節が丸一周しようとしていた頃のことだ。心が怯えを薄くしていることにも、同じ頃に気付いた。

 変わらず情報は開示されないものの、人となりは何となく分かるようになった。無論、外見からの見解である。

 ストーカーは無口で、話すのが苦手。不器用で、でも優しい。料理は苦手だけど、掃除は得意。自室に込もったら、朝までほとんど物音を立てない。そんな人だった。

 未だに目的は気になるが、探れる立場でないことは心に留めている。
 ただ、一つだけピッタリ当て嵌まりそうな理由なら見つけた。それこそが"単純な好意によるもの"だ。軟禁の時点で単純ではないのかもしれない。

 しかし、好意の末の行動なら辻褄があう。好きな人と、誰にも邪魔されずに暮らしたかった。そう言われれば、そうだったんですねと納得してしまうだろう。
 ただ一つだけ、推測を阻む要素があったが。

 "しばらくは"ここでーー期限を彷彿とさせるその単語だけが、確信を阻害した。
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