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私は今、知らない人間の家にいる。蝋人形のような体は、部屋の隅に収まり次第身動きを許さなくなった。
向かいには知らない男がいて、威圧感を纏い見下している。サングラスと帽子、それからマスクーー明らかな怪しさを前に、現実逃避は叶わなかった。
「冬山蒼生、今日から君にはここで一緒に暮らしてもらう」
拒否権のない宣告に、未経験の畏怖を覚える。
気を緩めすぎていた少し前の自分を殴りたい。朝なら大丈夫だと決め付け、買い物に出なければ良かった。
見誤っていた。一定の距離が保たれると、根拠もなく信じてきっていた。なぜ、急接近の可能性を視野に入れなかったのだろう。なんて後悔先に立たずだ。
「絶対に家を出るなよ」
男はーーストーカーは脅迫だけを残し、部屋を出ていった。
涙が流せない。上手く息も吐けない。変わらず体は固いままで、内部だけが熱く燃えている。持ち物は携帯も含め、全て没収されてしまった。
怖いーー単純な三文字では表せない恐れが、私の体を隅まで支配する。ストーカーの目的は分からない。
何をされるのか、どのくらい生かされるのか。最後には殺されるのか。何も分からない。何も分からないから恐ろしい。
いや、ただ一つだけ分かることがある。何の救いにもならない確実が一つだけ。
今日から私は、ストーカーと生活させられる。
***
素性の知れないストーカーは、夕方まで家を空けていた。逃亡の気持ちは生じさえせず、玄関の位置すら確認していない。そもそも、微動さえ恐ろしくて出来なかった。常に気配に怯え、顔を膝に埋め何とか時間を凌いだ。
玄関から解錠の音が聞こえる。続いて足音が、それから扉の開く音が聞こえた。どれもが鮮明に私を煽る。ストーカーは入室するなり足音を止め、少しばかり無音を作った。
「食え。あとトイレは出てすぐ右だ。その他の部屋は絶対に開けるなよ」
声と同時に、耳をつく袋の音が届く。急な音声に肩が震えた。怖々と光を取り込むと、視界にレジ袋が入りこむ。恐らく、食品が入っているのだろう。ストーカーは袋だけを置き去りに、また出ていってしまった。
敢えて具体名を出され、尿意を催す。極限状態にあったからか、すっかり忘れていた。未だ不要な動作は怖かったが、生理現象に抗うことはできなかった。
意外にも清潔な便所を出る。各部屋は、長方形の廊下を囲むよう配置されていた。直線に繋がる玄関とリビング。間に存在するその他の部屋。端から端までの距離は大きくないように見える。
ただ、それは視覚上の判断で、体感的にはかなりあったが。因みに、私が収容されたのはリビングだったらしい。
不要な詮索はできず、素早く元の位置に戻る。ストーカーとは対面どころか、活動音にすら遭遇しなかった。既に就寝したのかもしれない。
小さな範囲に身を収め、先ほどと同じ景色を見る。すぐに置き去られた袋が目に入った。指先で口を摘まんで引く。中身は惣菜で、箸や飲料まで揃っていた。
食べるべきか否か。いや、あれは命令なのかそうではないのかーー。
結局、気が付いたら夜が明けていた。食事には一切手をつけられなかった。
向かいには知らない男がいて、威圧感を纏い見下している。サングラスと帽子、それからマスクーー明らかな怪しさを前に、現実逃避は叶わなかった。
「冬山蒼生、今日から君にはここで一緒に暮らしてもらう」
拒否権のない宣告に、未経験の畏怖を覚える。
気を緩めすぎていた少し前の自分を殴りたい。朝なら大丈夫だと決め付け、買い物に出なければ良かった。
見誤っていた。一定の距離が保たれると、根拠もなく信じてきっていた。なぜ、急接近の可能性を視野に入れなかったのだろう。なんて後悔先に立たずだ。
「絶対に家を出るなよ」
男はーーストーカーは脅迫だけを残し、部屋を出ていった。
涙が流せない。上手く息も吐けない。変わらず体は固いままで、内部だけが熱く燃えている。持ち物は携帯も含め、全て没収されてしまった。
怖いーー単純な三文字では表せない恐れが、私の体を隅まで支配する。ストーカーの目的は分からない。
何をされるのか、どのくらい生かされるのか。最後には殺されるのか。何も分からない。何も分からないから恐ろしい。
いや、ただ一つだけ分かることがある。何の救いにもならない確実が一つだけ。
今日から私は、ストーカーと生活させられる。
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素性の知れないストーカーは、夕方まで家を空けていた。逃亡の気持ちは生じさえせず、玄関の位置すら確認していない。そもそも、微動さえ恐ろしくて出来なかった。常に気配に怯え、顔を膝に埋め何とか時間を凌いだ。
玄関から解錠の音が聞こえる。続いて足音が、それから扉の開く音が聞こえた。どれもが鮮明に私を煽る。ストーカーは入室するなり足音を止め、少しばかり無音を作った。
「食え。あとトイレは出てすぐ右だ。その他の部屋は絶対に開けるなよ」
声と同時に、耳をつく袋の音が届く。急な音声に肩が震えた。怖々と光を取り込むと、視界にレジ袋が入りこむ。恐らく、食品が入っているのだろう。ストーカーは袋だけを置き去りに、また出ていってしまった。
敢えて具体名を出され、尿意を催す。極限状態にあったからか、すっかり忘れていた。未だ不要な動作は怖かったが、生理現象に抗うことはできなかった。
意外にも清潔な便所を出る。各部屋は、長方形の廊下を囲むよう配置されていた。直線に繋がる玄関とリビング。間に存在するその他の部屋。端から端までの距離は大きくないように見える。
ただ、それは視覚上の判断で、体感的にはかなりあったが。因みに、私が収容されたのはリビングだったらしい。
不要な詮索はできず、素早く元の位置に戻る。ストーカーとは対面どころか、活動音にすら遭遇しなかった。既に就寝したのかもしれない。
小さな範囲に身を収め、先ほどと同じ景色を見る。すぐに置き去られた袋が目に入った。指先で口を摘まんで引く。中身は惣菜で、箸や飲料まで揃っていた。
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