造花の開く頃に

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10月3日

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[10月3日、月曜日]
 また、新しい一週間が始まってしまった。
 カレンダー上は日曜が始まりで、正式には日曜日が週の始まりなのだろうが、月裏の中での始まりは月曜日だ。
 辛い辛い、一週間の始まり。

 今日も、心に相まった重い体を持ち上げ、苦しくなる気持ちを心の奥底に押し付け、譲葉と共に朝の時間を過ごした。

 月裏は、いつも以上に疲れを感じている事に、自分自身気付いていた。
 常に疲れのピークにあると思っていたのに、上限はまだ来ていなかったらしい。
 原因ははっきりとしている。24時間ずっと、気を張っているせいだ。
 譲葉がやってきて、まだ半月程しか経過していないのにこの様だ。先が思いやられる。

「朝日奈!!お前仕事する気あんのか!!!」

 怒声で苗字を呼ばれ、反射的に肩を窄める。
 怖ず怖ずと振り向くと、上司がお決まりの体勢である腕組みをしながら、こちらを睨んでいた。
 脳裏に浮かんだ光景が、展開されてゆく――。

 帰り道は、常に心が沈んでいる。
 電車の中の、校則違反して外に出てきている学生達の笑い声も、対称的に、月裏と同じように疲れた顔を見せるサラリーマンも、見ていて不愉快になる。
 耳を塞いで、逃げてしまいたくなる。
 月裏は心の中だけで、自分を殺す想像を繰り返し、自宅までの道を歩いた。

「ただいま」
「…おかえり」

 玄関の小さな窓からの灯りで、譲葉が玄関にいる事は想定済みだ。そして手元には、やはり想像通りスケッチブックがある。

「…楽しい?」

 頷いた譲葉の手に、今日は黄色の鉛筆が握られている。昨日とは真逆の色だ。
 月裏は、視線の先の美しく精密な造花を見ながら、思いついた事を率直に投げた。

「描いてたやつ完成したの?」
「…まだ」
「…そう」

 譲葉は色鉛筆をケースに戻すと、壁伝いに立ち上がる。横目で月裏を見遣ってから、奥にある寝室へと歩いていった。
 その背を追う形で、月裏も向かった。

 部屋に入ると、月裏は着替えもせず、そのままベッドに倒れこむ。
 会話を交わしても尚どんよりと濁ったままの思考を、放棄してしまおうとその顔を枕に埋めた。
 考えることさえ疲れてしまい、ネガティブ思考さえ消え失せ、頭が真っ白になっている。

「……今日はもう寝るね、おやすみ」
「……おやすみ」

 譲葉の小さな声が聞こえてすぐに、意識は眠気に飲まれていった。
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