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第二部第十三章スチムソンドクトリン

第十三章第三十節(威圧的手段)

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                 三十

 折しもこの時期は青島チンタオ守備隊や天津駐箚部隊の交代期に当たった。
 そこでこれら交代部隊の現地入りを前倒し、現任部隊の帰国を延期することで日本軍の数は単純に倍増することとなった。日本政府はその事情を一切明かさず、“沈黙”の力で北京を威圧したのである。

 威圧の効果はてき面に表われた。
 膠着した議論は三月十日の第八回会合でふたたび動き出した。北京側は旅・大租借期限を九十九年間に延長するとともに、満鉄および安奉鉄道の経営権も九十九年へ拡大した。
 併せて、日本側が重視した「日本人に対する南満洲開放主義」、即ち第二号第二条と第三条に掲げた南満洲における日本人の居住・往来・営業の自由に関する要求を、“主義上”是認した。

 議論は動き出したが、解決にいたったというのとは依然程遠い。むしろここからが、「交渉上手」な彼らの本領発揮の場となった。
 北京側の条件は「支那の主権、条約および制度上の根本義と背馳せざる趣旨において」というもので、具体的には付属地外への居住や営業を望む日本人は、現地の官憲から許可状を取得し、法権・徴税権・警察権をこれら官憲へ委ねるというものだった。

 郷に入れば郷に入っては郷に従え--。
 これが欧米のような近代国家から求められた要件ならば、何ら支障となるべきものではない。
 ところが彼の国は清朝時代から積み残してきた宿題として、近代的法体系の未整備という問題を抱えたままなのだ。「主権」を主張するのは結構だが、国際社会は彼らが未だその要件を満たしているとは認めていない。依然として「治外法権」が残っているのも、それが故のことにほかならない。

 実際上も、地方政府や官憲が任意に設定した警察権や徴税権を執行し、現地の華人ですら「何の法規や条例に反したのか」が分からないまま投獄されたり、税金をむしり取られたりする不条理が日常的に横行している。
 これは大陸の歴史に根付いた“文化”の一部でもあって、華人社会は不承不承ながらも従ってきた。しかし外国人に強要されても困るのである。
 それ故日本側は、日本人が居住する地域の税制や警察諸法令を日本人に適用する場合には、現地日本領事と協議の上で承認を得てからにしてもらいたいと求めた。 
 
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