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第二部第十三章スチムソンドクトリン
第十三章第二十九節(東部内蒙古問題)
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二十九
膠州湾還付の話がこじれそうだったから、これを一時棚上げしてもっともハードルの低い山東鉄道に関する協議に入った。
日本側の要求は山東鉄道の敷設権獲得だったが、もともと膠州湾・山東半島の権益に関する要求は第二号「南満洲および東部内蒙古における日本の特殊権益の承認」に対する“引き換え条件”であったから、割と容易く譲歩した。
敷設権が難しいならば「日華合弁形態での経営も可」とし、さらには「日本からの借款で建設する」という線まで引き下がった。それでも陸徴祥外交総長は、「かつてドイツに供与した借款優先権以上の権益は認め難い」と突っぱね、一歩も譲らなかった。
この辺はまあ“前菜”として、いよいよメインディッシュの満蒙問題--。
この交渉の本丸である満蒙問題の交渉は、先ず東部内蒙古の扱いを巡って紛糾した。
周知のごとく、そもそも南満洲における特殊権益は清朝からではなく、ロシア帝国から譲り受けたものだ。
しかもその当時の満洲と言えば、ただひたすらに荒涼たる原野が広がるばかりの不毛の地であった。
そこへ鉄道を敷いて沿線に都市を拓き、馬賊盗賊の襲来から護って産業を発展させたのは、ひとえに日本の努力のたま物である。その過程で多くの日本人が満洲へやってきた。華人の勤勉な労働を軽視するものではないが、彼らが遺憾なくその労働力を発揮できる環境をつくったという意味において、「日本の努力」なのである。
リットン調査団の報告書でさえ、満洲における日本の地位を「世界の他のどの地域にも見られない特殊な関係」と認めたのは、そうしたいきさつがあったからだ。
今般、これを東部内蒙古へ広げようとする日本の意図は、辛亥革命の動乱に乗じてロシアが外蒙古へ介入し傀儡化したことと不可分ではない。このロシア勢力が南下してくれば隣接する満洲を脅かし、結局は日露戦争前と同じ状況をつくり出すことになる。
これを未然に防ぐため、内蒙古方面にあらかじめ布石を打っておく必要に駆られたからに他ならない。満洲および朝鮮半島を支配下に置いて“緩衝地帯”とするのが日本の国防論であったが、その満洲を防衛するために東部外蒙古への権益伸長が必要になったのだ。
これを「侵略のロジック」と言うならば、そもそも“均衡”を破ったロシア側を論難すべきである。
ただ日本側の地政学上の事情はどうであれ、北京側の基本認識は「南満洲における日本の特殊地位は『満洲条約』に基づくものだから、根拠もなくその適用地域を拡大すれば『門戸開放』、『機会均等』主義に反する」というものだ。従って協議の対象から東部内蒙古を除外するよう強硬に突っぱねた。
こうして東部内蒙古に関する協議も後回しとなって、ふたたび山東鉄道と第二号の租借期限および満鉄、安奉線の経営権の延長に関する協議に戻った。
早々に交渉の行き詰まり感じていた日置公使は、度々本省へ「威圧的手段」の併用を具申したが、加藤高明外相は「あくまで外交交渉による妥結を模索すべし」と、交渉に臨みを託してきた。
しかし、協議の開始からひと月を経てもこれといった成果は上がらず、この先の見通しも覚束なかった。ここに至っていよいよ日本政府は、「威圧的手段」の検討に入る。
膠州湾還付の話がこじれそうだったから、これを一時棚上げしてもっともハードルの低い山東鉄道に関する協議に入った。
日本側の要求は山東鉄道の敷設権獲得だったが、もともと膠州湾・山東半島の権益に関する要求は第二号「南満洲および東部内蒙古における日本の特殊権益の承認」に対する“引き換え条件”であったから、割と容易く譲歩した。
敷設権が難しいならば「日華合弁形態での経営も可」とし、さらには「日本からの借款で建設する」という線まで引き下がった。それでも陸徴祥外交総長は、「かつてドイツに供与した借款優先権以上の権益は認め難い」と突っぱね、一歩も譲らなかった。
この辺はまあ“前菜”として、いよいよメインディッシュの満蒙問題--。
この交渉の本丸である満蒙問題の交渉は、先ず東部内蒙古の扱いを巡って紛糾した。
周知のごとく、そもそも南満洲における特殊権益は清朝からではなく、ロシア帝国から譲り受けたものだ。
しかもその当時の満洲と言えば、ただひたすらに荒涼たる原野が広がるばかりの不毛の地であった。
そこへ鉄道を敷いて沿線に都市を拓き、馬賊盗賊の襲来から護って産業を発展させたのは、ひとえに日本の努力のたま物である。その過程で多くの日本人が満洲へやってきた。華人の勤勉な労働を軽視するものではないが、彼らが遺憾なくその労働力を発揮できる環境をつくったという意味において、「日本の努力」なのである。
リットン調査団の報告書でさえ、満洲における日本の地位を「世界の他のどの地域にも見られない特殊な関係」と認めたのは、そうしたいきさつがあったからだ。
今般、これを東部内蒙古へ広げようとする日本の意図は、辛亥革命の動乱に乗じてロシアが外蒙古へ介入し傀儡化したことと不可分ではない。このロシア勢力が南下してくれば隣接する満洲を脅かし、結局は日露戦争前と同じ状況をつくり出すことになる。
これを未然に防ぐため、内蒙古方面にあらかじめ布石を打っておく必要に駆られたからに他ならない。満洲および朝鮮半島を支配下に置いて“緩衝地帯”とするのが日本の国防論であったが、その満洲を防衛するために東部外蒙古への権益伸長が必要になったのだ。
これを「侵略のロジック」と言うならば、そもそも“均衡”を破ったロシア側を論難すべきである。
ただ日本側の地政学上の事情はどうであれ、北京側の基本認識は「南満洲における日本の特殊地位は『満洲条約』に基づくものだから、根拠もなくその適用地域を拡大すれば『門戸開放』、『機会均等』主義に反する」というものだ。従って協議の対象から東部内蒙古を除外するよう強硬に突っぱねた。
こうして東部内蒙古に関する協議も後回しとなって、ふたたび山東鉄道と第二号の租借期限および満鉄、安奉線の経営権の延長に関する協議に戻った。
早々に交渉の行き詰まり感じていた日置公使は、度々本省へ「威圧的手段」の併用を具申したが、加藤高明外相は「あくまで外交交渉による妥結を模索すべし」と、交渉に臨みを託してきた。
しかし、協議の開始からひと月を経てもこれといった成果は上がらず、この先の見通しも覚束なかった。ここに至っていよいよ日本政府は、「威圧的手段」の検討に入る。
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