【完結】魔法使いも夢を見る

月城砂雪

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後日談③

7-9

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 帰宅しても、まだ目が熱く潤んだままだったリオのためにと、リオを泣かせた張本人であるエルドラにせっせと蒸しタオルなどを渡されて。横になっている内に、また眠ってしまったらしい。
 ノックの音で目を覚ましたリオが、上体を起こしながらどうぞと応じれば、にっこりと笑うオリガが顔を出した。

「お目覚めでしたか? 御髪を整えますね」

 切られた髪を見て、誰よりも悲しんでいたオリガは、また伸びて行く髪を美しく整えることに心の安寧を見出したようだった。もう眠るだけだから大丈夫だよ、と。断ろうかとも思ったが、リオの髪に触れるオリガは嬉しそうだったので、梳かしてもらうことにする。
 鏡台の前に座れば、肩口まではどうにか伸びた髪が、いつまでも幼い印象のある顔を縁取っている。目の腫れは何とか引いていて、これなら明日には、いつも通りの顔でアルトを迎えることができそうだった。リオはほっと息を吐き出し――突然、緊張にバクバクと脈打ち始めた心臓を、きゅっと抑えつける。

(ね、眠れないかもしれない……)

 遠出をした身体にはまだ疲労があったし、泣いてしまった目蓋もまだ重いような気はしているけれど。それよりも、明日、プロポーズの返事をするのだと思うだけでゴロゴロと床を転げ回りたいような衝動に駆られてしまう。リオは今、大人しく椅子に座っているだけでも精一杯とばかりに荒れ狂う胸の内の悲鳴のような訴えに、耳を貸しながら頬を赤くした。
 心を込めて、丁寧に梳かす主の髪の隙間から覗くその耳まで、可愛らしいほど真っ赤になっているのを見咎めたオリガが一つ瞬く。何とも初々しくお可愛らしく、誰のことを想っているのか一目瞭然の顔をしたリオの姿にきゅんと胸をときめかせると。ほんの少しだけ思案の間を置いて、教えてしまおう、と。耳打ちをした。

「リオ様、お耳をよろしいですか? ……実は先ほど、一日早く、アルタイア様がおいでになりまして」

 ご予定がお変わりになったそうです、と。そう伝えれば、弾かれたように顔を上げる。
 首尾よく、返礼の指輪を入手したことは、エルドラから伝え聞いている。――そして、そうであれば。明日を待つだけの時間が、長くもどかしいことを知っているオリガは独断で、小さく微笑みながらこっそりと続きをお伝えした。

「お約束は明日であったのだから、リオ様にはお知らせしないようにとの仰せで。今夜は客間にお泊りになるつもりでいらっしゃるようですが……いかがなさいますか?」

 アルタイアは、聡明で慎重な王子だ。己の肩書き一つで全ての振る舞いが許されるとは思ってもいないし、アスタリス邸での己の好感度こそが、恐らく、リオと結ばれるための重要事項であることも理解している。
 どこまでも礼儀に適ったその振る舞いは、努力して、意識してのこともあるに違いないが。彼本来の気質でもあるのだろう。その点に、個人的に好感を抱いてもいるオリガの出しゃばりは――可愛い主には、無事に喜んでもらえたようだ。しばしの葛藤の末に、彼は絞り出すような声で小さく叫んだ。

「い、行く……!」
「はい……!」

 その――ハッキリと、心を決めたと解る。一途で真っ直ぐな瞳に、元より二人の仲を応援していたオリガは浮足立った。勿論、後々、寂しいと思うこともあるのだろうけれど。今は想い合う二人が、幸福に結ばれる様をこの目にしたいという感情に胸が熱い。
 髪は今、オリガが綺麗に整えた。お顔は少し強張って、瞳も多少潤んでいるけれど、いつも通りに可愛らしい。外出後、お楽に過ごせるようにと着替えた部屋着の仕立ては良質だったが、お伽噺のごとくに幸福な現場には少しインパクトが足りない。
 うん、と。己のすべきことを見つけたオリガは櫛を置き、力強い声でリオに語り掛けた。

「そうと決まれば、話は別です。勝負服を用意しましょう!」
「しょ、勝負?」

 リオは少し戸惑っているようだが、こうしてはいられない。そもそも、主を美しく飾り立てることこそが、侍女の本懐だ。
 もう少しだけお待ちくださいね、と。そう告げると、オリガは意気揚々と踵を返し、裾を翻してキアラを呼びに駆け足をした。角を一つ曲がったところで、オリガと同じく、リオの様子を見に行こうとしていたのだろうエルドラと鉢合わせた。

「オリガ? 廊下を走るのは……」

 品がない、と。怒られそうなことを察して、すみません! と。早口に謝罪する。しかしここで慎ましく歩幅を緩めるわけにもいかないオリガは、ときめく気持ちが溢れ過ぎて騒がしい脳内が弾き出す最適解に従って、エルドラの肩をしっかと鷲掴んだ。

「リオ様が、アルタイア様とお会いになるそうです……!」
「……承知いたしました! 指輪ですね‼」

 オリガよりも物凄い勢いでその場を立ち去ったエルドラの素晴らしい健脚に少しだけ見惚れてから。オリガもまた、最初の目的であったキアラのもとへと、足取り軽やかに駆けて行ったのだった。
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