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後日談③
7-7☆(性知識)
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リオが茹で上がった海生生物のように真っ赤になっているのを認めて、エルドラも珍しくその頬に朱を差す。
そんな動揺を、取り繕うように咳払いをすると。失礼いたしました、と。特に悪いことなど何もしていないのにそう詫びたエルドラは、馬鹿にするでもなく淡々とした口調で答えてくれた。
「そう、ですね。……特別なことは、特に何もないかと。恋仲の二人が、普通にするようなことを続けていれば、いずれは」
「で、でも! どこかで、女の人の身体にならないと、産めないでしょう……? それって、どれくらいの期間とか」
プロポーズを受けると決めたからには、漠然とした覚悟ではいけないはずだ。このところずっと考え込んでいたリオはもう色々とパンク寸前で、今しか訊く機会もないという思い詰められた勢いで、ぐいぐいとエルドラに迫る。
発火寸前の顔色をしたリオのその台詞に、エルドラがおかしな顔をする。一体何を言っているのか解らないとばかりのその顔に、もしや自分はまた頓珍漢なことを言っているのではと不安になったリオは、更に言葉を重ねた。
「えっと。男の身体のままでも、子供を産めるようになる魔法があるの……? そういう魔法を使える人を探さないとだめ……?」
「……リオ様。その、ですね。本当に、そうした余計なことは一切必要なく……」
エルドラは珍しく言葉を濁す。とても言いにくいことを話すように視線をさまよわせ、それから意を決したようにリオに向き直ると、恥ずかしそうに声を潜めた。
「……説明に、品を欠くことをお許しください。誰にでも解り易く説明致しますと……体内に、特定の方の――精液を注がれ続けていれば、自然と子は授かります」
「えっ?」
「魔法使いの、体液も。……その、魔力を帯びていますから。それを注がれ続けると、自分は雌なのだなと、身体が勝手に認識します」
「えっ!?」
一文字を発するのが精一杯のリオの顔は真っ赤だし、エルドラも流石に気まずいのか、じわじわと頬が上気していく。
とんでもないことを言われてしまった気はするが、そもそも尋ねたのはリオなので彼に責任はない。むしろとんでもないことを言わせてしまった罪が、リオの方にあった。
(精液……)
色々と身に覚えがあり過ぎるリオが、自分のお腹を押さえてさらに激しく真っ赤になれば、流石に生々しかったのかエルドラが頭を抱えて目を逸らした。
今、そのお顔を記憶に留めるだけで不敬であると、そう己を戒めたエルドラだったが――魔法使いと人間の間にある文化風俗の断絶は、リオと日常生活を過ごすエルドラが常々感じていることでもあった。その断絶が、後々の不和に――つながるとは、今は仮定であっても想像できないエルドラだが。それにしても、こんな不安を抱えたままのお嬢様を嫁がせては、侍従としての沽券に関わる。
(……ファランディーヌ様にご相談を……いや、確か、オリガはまだ新婚だったはず。彼女らから、それとなく……)
幼形成熟は、基本的に性欲と言うものがない。恋愛感情をきっかけに成体となったという、高名な魔法使いたちも存在はしているけれど、少なくとも今のエルドラはそんな必要を感じていなかった。
教科書的な性知識を伝えることくらいはできるが、それよりは、性愛の機微を知っているものの方が――と。考え込んでいたエルドラのドレスの袖口を、リオの手が寄る辺なくきゅうと握り締める。
「え、エルドラ。……じゃあ、僕」
もう妊娠してたりする……!? と。かつてないほどに取り乱しているリオの姿に、これは一刻の猶予もないと判断したエルドラは天を仰いだ。まさかこのタイミングで、苦手分野のご相談が飛んでくるとは流石に思っていなかった。
「リ、リオ様、落ち着いてください。流石に年単位での変化になりますので。最後まで合意なく妊娠に至るようなことは、たとえ夫婦の間であっても、あり得ないと断言できます」
「年単位……」
「はい。……今のリオ様のように、己の身体の変化に戸惑いを抱えたままで、夫婦対等に子を育み慈しむことは難しいことでしょう。お心が伴わないまま、お子を授かるという事態は、少なくとも私は見聞きしたことがありません」
なのでご安心を、と。エルドラはエルドラで必死だったが、リオもリオで必死だった。けれど、その説明を聞いて――浮ついていた心が、少し落ち着いてくれた。
夫婦の合意と、長期間の情愛によってしか子を育むことができないのなら。魔法使いたちのこの国で、望まれない子が産まれることは、きっと少ない。それがリオには、嬉しかった。
(……でも)
しかしそれにしても、数年単位で、何が変わっていくのかは気になるところだ。
「具体的には……?」
「……具体的」
そう尋ねれば、エルドラは少し言葉を詰まらせる。
彼を困らせてしまっているような気がして、リオは流石に申し訳なくなってきたけれど。それでも今、リオが頼れるのはエルドラだけだった。
「……例えば……リオ様は、こちらにいらっしゃったときよりも、少し背丈が縮まれたかと」
「え?」
「……アルタイア様は、長身ではありますが大柄というわけではないので、大きく変化することはないかと思われますが。……その、ええと。お相手と……ま、交わりやすいように。体格や体形が、最適化される傾向があります」
そう言われて、しばらく、その言葉を噛み砕くだけの間を置いて。リオは一度落ち着けた顔色を、ぼわっと再び赤くした。
納得はした。理解はできたが、しかし。そんな恥ずかしいことがあるだろうか。
(どうりで背が伸びないと思った……!)
ドレスの丈直しの必要もなく、いつまでも何となく、そんなに難しくなく女装ができる理由を。意外なところから説明されたリオは、何だかもう、今この体形で外を歩いていることさえちょっと恥ずかしくなってしまった。顔を覆い、エルドラにもたれかかるリオを心配して、おろおろとエルドラがその背をさする。
「す、すみません。言葉の選択に配慮が欠け……いえ、そもそも。こんな開けた場所でする話ではありませんでした」
「いや……僕が訊いちゃったから、だよね……」
何も悪くないのに詫びてくれるエルドラに、ただただ申し訳ないリオも真っ赤な顔のまま、ごめんなさいと頭を下げる。
健やかな昼下がりの買い物を、とんでもない空気にしてしまった。お互い真っ赤になって沈黙する二人の元に戻ってきた店員ばかりが、秘密のお話ですか? と。首を傾げながら、楽しそうに微笑みかけた。
そんな動揺を、取り繕うように咳払いをすると。失礼いたしました、と。特に悪いことなど何もしていないのにそう詫びたエルドラは、馬鹿にするでもなく淡々とした口調で答えてくれた。
「そう、ですね。……特別なことは、特に何もないかと。恋仲の二人が、普通にするようなことを続けていれば、いずれは」
「で、でも! どこかで、女の人の身体にならないと、産めないでしょう……? それって、どれくらいの期間とか」
プロポーズを受けると決めたからには、漠然とした覚悟ではいけないはずだ。このところずっと考え込んでいたリオはもう色々とパンク寸前で、今しか訊く機会もないという思い詰められた勢いで、ぐいぐいとエルドラに迫る。
発火寸前の顔色をしたリオのその台詞に、エルドラがおかしな顔をする。一体何を言っているのか解らないとばかりのその顔に、もしや自分はまた頓珍漢なことを言っているのではと不安になったリオは、更に言葉を重ねた。
「えっと。男の身体のままでも、子供を産めるようになる魔法があるの……? そういう魔法を使える人を探さないとだめ……?」
「……リオ様。その、ですね。本当に、そうした余計なことは一切必要なく……」
エルドラは珍しく言葉を濁す。とても言いにくいことを話すように視線をさまよわせ、それから意を決したようにリオに向き直ると、恥ずかしそうに声を潜めた。
「……説明に、品を欠くことをお許しください。誰にでも解り易く説明致しますと……体内に、特定の方の――精液を注がれ続けていれば、自然と子は授かります」
「えっ?」
「魔法使いの、体液も。……その、魔力を帯びていますから。それを注がれ続けると、自分は雌なのだなと、身体が勝手に認識します」
「えっ!?」
一文字を発するのが精一杯のリオの顔は真っ赤だし、エルドラも流石に気まずいのか、じわじわと頬が上気していく。
とんでもないことを言われてしまった気はするが、そもそも尋ねたのはリオなので彼に責任はない。むしろとんでもないことを言わせてしまった罪が、リオの方にあった。
(精液……)
色々と身に覚えがあり過ぎるリオが、自分のお腹を押さえてさらに激しく真っ赤になれば、流石に生々しかったのかエルドラが頭を抱えて目を逸らした。
今、そのお顔を記憶に留めるだけで不敬であると、そう己を戒めたエルドラだったが――魔法使いと人間の間にある文化風俗の断絶は、リオと日常生活を過ごすエルドラが常々感じていることでもあった。その断絶が、後々の不和に――つながるとは、今は仮定であっても想像できないエルドラだが。それにしても、こんな不安を抱えたままのお嬢様を嫁がせては、侍従としての沽券に関わる。
(……ファランディーヌ様にご相談を……いや、確か、オリガはまだ新婚だったはず。彼女らから、それとなく……)
幼形成熟は、基本的に性欲と言うものがない。恋愛感情をきっかけに成体となったという、高名な魔法使いたちも存在はしているけれど、少なくとも今のエルドラはそんな必要を感じていなかった。
教科書的な性知識を伝えることくらいはできるが、それよりは、性愛の機微を知っているものの方が――と。考え込んでいたエルドラのドレスの袖口を、リオの手が寄る辺なくきゅうと握り締める。
「え、エルドラ。……じゃあ、僕」
もう妊娠してたりする……!? と。かつてないほどに取り乱しているリオの姿に、これは一刻の猶予もないと判断したエルドラは天を仰いだ。まさかこのタイミングで、苦手分野のご相談が飛んでくるとは流石に思っていなかった。
「リ、リオ様、落ち着いてください。流石に年単位での変化になりますので。最後まで合意なく妊娠に至るようなことは、たとえ夫婦の間であっても、あり得ないと断言できます」
「年単位……」
「はい。……今のリオ様のように、己の身体の変化に戸惑いを抱えたままで、夫婦対等に子を育み慈しむことは難しいことでしょう。お心が伴わないまま、お子を授かるという事態は、少なくとも私は見聞きしたことがありません」
なのでご安心を、と。エルドラはエルドラで必死だったが、リオもリオで必死だった。けれど、その説明を聞いて――浮ついていた心が、少し落ち着いてくれた。
夫婦の合意と、長期間の情愛によってしか子を育むことができないのなら。魔法使いたちのこの国で、望まれない子が産まれることは、きっと少ない。それがリオには、嬉しかった。
(……でも)
しかしそれにしても、数年単位で、何が変わっていくのかは気になるところだ。
「具体的には……?」
「……具体的」
そう尋ねれば、エルドラは少し言葉を詰まらせる。
彼を困らせてしまっているような気がして、リオは流石に申し訳なくなってきたけれど。それでも今、リオが頼れるのはエルドラだけだった。
「……例えば……リオ様は、こちらにいらっしゃったときよりも、少し背丈が縮まれたかと」
「え?」
「……アルタイア様は、長身ではありますが大柄というわけではないので、大きく変化することはないかと思われますが。……その、ええと。お相手と……ま、交わりやすいように。体格や体形が、最適化される傾向があります」
そう言われて、しばらく、その言葉を噛み砕くだけの間を置いて。リオは一度落ち着けた顔色を、ぼわっと再び赤くした。
納得はした。理解はできたが、しかし。そんな恥ずかしいことがあるだろうか。
(どうりで背が伸びないと思った……!)
ドレスの丈直しの必要もなく、いつまでも何となく、そんなに難しくなく女装ができる理由を。意外なところから説明されたリオは、何だかもう、今この体形で外を歩いていることさえちょっと恥ずかしくなってしまった。顔を覆い、エルドラにもたれかかるリオを心配して、おろおろとエルドラがその背をさする。
「す、すみません。言葉の選択に配慮が欠け……いえ、そもそも。こんな開けた場所でする話ではありませんでした」
「いや……僕が訊いちゃったから、だよね……」
何も悪くないのに詫びてくれるエルドラに、ただただ申し訳ないリオも真っ赤な顔のまま、ごめんなさいと頭を下げる。
健やかな昼下がりの買い物を、とんでもない空気にしてしまった。お互い真っ赤になって沈黙する二人の元に戻ってきた店員ばかりが、秘密のお話ですか? と。首を傾げながら、楽しそうに微笑みかけた。
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