【完結】魔法使いも夢を見る

月城砂雪

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後日談①

5-4☆

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「リオ。今日の昼は時間が取れるので、一緒に過ごしませんか?」

 庭に、食事を用意してもらいましょう、と。そんな誘いに、リオは笑顔で頷いた。楽しみ、と。そう素直に告げる言葉は真実ながらも、胸の内には多少の緊張が渦巻いていた。

(上手くできるかな)

 真っ赤になったり真っ青になったりしながら、テオドールに恋の駆け引きとやらを教えてもらったリオだったが、自分で興奮してもらえるかについては正直自信がない。せめて変な顔をされないようにしたい、と。願っていれば、昼時はすぐに訪れた。
 女王が戻った時には荒れ果てていたと言う庭は、今は行き届いた手入れに在りし日の美しさを取り戻している。季節の花々を楽しめるようにと、緑に溶け込むように設置された花壇には秋の花々が色とりどりに咲き誇り、柔らかな風に揺れていた。

(アスランくんも、この辺りの手入れをしてくれるのかな)

 昨日の庭よりも奥深い場所にある、王族と近衛の兵しか立ち入れないという庭に築かれたガゼボは。白い大理石と色鮮やかな玉で造られていて、真昼の陽光に輝く鉱石の煌めきが眩しかった。
 ガゼボの中央に置かれたテーブルの上には具材を挟んだパンなどの軽食が用意されており、その脇ではポットから白い湯気が立っている。既に昼食の準備は整っているようだ。

「どうぞ、こちらのお席に」

 そう言って、アルトはリオを座らせた後、自らも向かい側の椅子に腰かける。秋の風は涼しくも柔らかく、甘いような香りがした。
 生まれてしまった距離を少し寂しく思いながら、リオはふわりと柔らかなパンを一つ手に取り、遠慮がちに齧りつく。途端に口の中に広がった美味に、一瞬全てを忘れて瞳を輝かせた。

「美味しい!」
「それはよかった。料理人も喜ぶことでしょう」

 リオの反応に、アルトは嬉しそうに微笑みを浮かべる。その笑顔や、美しい所作を目にするだけでもドキドキしてしまう胸を宥めながら、こっそりとタイミングを窺った。
 食事が一通り終わり、丁度良くお茶も減っているのを目視したリオは立ち上がり、アルトのカップにお茶を注ぎに行く。丁寧にお茶を注いだリオはそのまま彼の傍に立ち尽くした。

「……リオ? どうしたんですか?」

 中々話を切り出せないリオの様子に気付いたのか、アルトの方から話を振ってくる。リオは内心の緊張に、身体を強張らせた。
 大丈夫、と。心の中だけで呟いて自分自身を宥め、気合いを入れ直すようにゆっくりと深呼吸をする。さらにほんの少しの間を必要とした後、意を決して口を開いた。

「あのね、風が、冷たくて」

 そして、恥じらいがちに視線を落としながら、彼の膝の上に慎ましく座る。流石に重いよね!? と。飛び退きたくなる所をぐっと堪えて、驚いたような顔をした彼の手を、嘘ではなく緊張で冷たくなっている手で取って、きゅう、と。指を絡ませながら握り締めた。

「温めて欲しいな、って……」

 本心からの羞恥で潤んだ瞳で見上げれば、ただただ困惑していたようだったアルトの頬に血の気が差す。指を絡めた手を、逆に彼から握り締め返されて、リオの心臓がぴゃっと跳ねた。

「寂しい思いを、させてしまいましたか?」
「う、ううん。でも……」

 アルトの言葉に、リオはふるふると首を横に振る。けれど、すぐに俯き、言い淀む様子を見せた。――まさか、習ったばかりの色仕掛けを試してみたところです、などとは。告白できようはずもない。
 物事は何事も先手必勝、と。物騒な話から始まったそのアドバイスが、果たしてアルトに効果的であるのかは疑問だったが。今の反応から察するに、どうも悪い気はしていないらしい。
 ひとまず、真っ先にドン引きされることのなかったリオはほっと気を緩めると、アルトの胸元に頬をすり寄せて甘えてみた。すると、今度はぎゅっと抱き寄せられてしまう。

(わわ、わ)

 服越しに伝わる、恋人の体温にどきりとする。慌てて顔を上げればすぐそこに、あまりにも端麗な美青年の顔があって、リオは頬を紅潮させた。アルトは熱っぽい眼差しでリオを見つめている。
 なんて綺麗な人なんだろう、と。今更とも言えるそんな感想を抱きながらぼうっとその美しい瞳を見つめ返していれば、リオのほつれた髪を耳にかけてくれたアルトが顔を近付けてくる。そのまま重ねられた唇を、リオは抵抗することなく受け入れた。
 最初は、触れ合うだけのキスだった。それなのに、頭がクラリとするような心地良さがある。愛しい、恋しい相手の体温は麻薬のようで、リオはうっとりと目を閉じた。

「ん、む。ふ……」

 求められるままに口を開けば、唾液が絡まる水音が殊更にいやらしく耳に響いて、身体の熱が上がっていく。二人は、互いに吐息も奪われるような、濃厚な口づけを交わした。息を付こうとする度に激しく求められるせいで、呼吸がどんどん苦しくなる。
 リオからも積極的に求めているからか、今回はアルトも、どこか余裕のない様子だった。それが何だか愛おしくて、リオはさらに激しく求めるようにアルトの首の後ろに腕を回す。

「……リオ」

 掠れた囁き声に名前を呼ばれて、ぞくりと背筋が震える。いつの間にか身体の力が抜けて、彼の膝を跨いでしまった股の間に――硬くて、熱いものが当たっていた。
 思わず顔を赤くしながら、あからさまに目線を向けてしまえば、アルトが気まずそうに目を逸らした。

「失礼。……落ち着けるので、下りてもらえますか?」
「う、ん。あの……舐めたら、駄目?」

 これで終わってしまうのが何だか寂しくて、口にしたそれは、のはとんでもない台詞だったかもしれない。今度こそ驚いたとばかりに目を丸くするアルトの様子に、やってしまった! と。思ったリオは、ぼわっと顔色を赤くした。

「駄目だよね……! ご、ごめんね。つい、あの、勿体なくて」

 そんな、正直過ぎるコメントを残しながら膝から下りようとしたリオだったが、それよりも早く、ふわっと身体が浮き上がった。
 リオの身体が、瞬く間にガゼボ内の低い机の上に横たえられる。先ほどまで広げられていた食器類は、どこに片付けられたのか影も形もない。押さえ付けるように圧し掛かられながら見上げた先で、逆光に影を落とす美貌が苦笑していた。

「魅力的なお誘いですが、それはベッドで。……今は、こちらで、鎮めさせていただいても?」

 下腹部を、服越しに優しく撫でられて。そういうことだと理解したリオが、こくりと喉を鳴らす。彼を見上げる潤んだ瞳には、あからさまに期待する色を浮かべてしまっただろうか。言葉で返事をする前に、荒々しく唇を重ねられたリオがぴくんと震えた。
 遠慮なく差し入れられた舌先を擦り合わされ、歯列を舐められ、好きなように口腔を蹂躙される感覚に官能がわだかまる。貪るように何度も角度を変えて繰り返される激しいキスに翻弄されている間に、器用に緩められた服の隙間からアルトの手が入り込んできた。
 熱い手に身体をまさぐられて、感じてしまう。太腿の内側をするするとなぞるように触れられれば、それだけで腰が跳ねてしまった。

「ひゃっ、ん!」

 上半身を這う指に、不意に胸の頂きを押し潰されて、リオが甲高い悲鳴を上げる。
 そこが気持ちのいい場所だなんて、アルトに抱かれる前は知りもしなかったのに。今となってはすっかり覚えてしまったその快楽は、リオの身体を内側から甘く苛んだ。

「あっ、待っ! そこ、ばっかり……!」

 じわじわと炙られるような快楽に涙を滲ませたリオは、かぶりを振るようにして微かな抵抗をする。アルトはとても愉しげな様子で、そんなリオの反応を熱い眼差しで眺めていた。
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