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後日談①

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 二人を日陰に招き入れ、手ずからお茶を振る舞ったリオは、頬を柔らかく綻ばせながら二人に話し掛けた。

「二人とも、元気でよかった……! 何の罪にもなっていないって言うのは、聞いてたんだけど」
「へへ、そうそう。やっぱり王子様が味方だと違うよね。ちょっと怒られたけど、こっそり謝礼金もらっちゃったりしてさ」

 ばあちゃん大喜びでめちゃめちゃ褒めてもらっちゃった、と。嬉しそうなその笑顔に、よかったね、と。心からの笑顔を向ければ、照れたように肩を丸める姿が可愛らしい。
 木造りのガゼボは風通しがよく、優しくそよぐ秋の風が丁度いい塩梅だった。周囲を取り囲む緑は鮮やかで、手入れの行き届いた花壇も美しい。穏やかな気持ちで微笑むリオの目前で、アスランは身振り手振りも交えながら、楽しそうに言葉を続けた。

「両親も、もう一回雇い直してもらえたし。ついでに僕も雇ってくれるっていうから、就職させてもらったんだ。今はまだ見習いだけど、ちょっとずつ仕事覚えてるんだよ」
「そうだったんだね。テオくんも、お城で働いてるの?」
「そうそう。近衛兵にしてくれるつもりらしいんだけど、今一つ素行が信用ならないから兵士からだってさ」

 酷いよなあ、と。笑うテオドールに、当たり前でしょ、と。アスランが可愛らしく肘を入れている。
 近衛兵は、兵士の中でもエリート中のエリートだ。リオの故郷では、本人の実力に加えて、それなりの家柄も備えていなければ就けない職業だった。兵士を目指すならば誰もが憧れる職業名に、すごいね! と。リオが瞳を輝かせれば、そんなにすごい? と。テオドールはおかしそうに笑った。アスランがやれやれと頭を振る。

「すごくないよぉ。テディったら折角生まれは良いのに、絵に描いたようなドラ息子でさあ。アルトの役に立たなかったら勘当だ、って言われて実家を追い出されてるんだよ」
「こら。俺の評判を下げるなって」

 二人の語り口は軽快だが、これは中々に深刻な身内事情なのではないだろうか。こんなにあっさり聞いてしまっていい話だったのだろうかと、返事に詰まったリオがおろおろと瞬けば、二人があれ? と、顔を見合わせた。

「言ってなかったっけ?」
「あ! そりゃそうだよ、あんな状況だったんだもん。テディの身の上話とか聞いてる余裕ないよ」
「お前は何で俺にちょっと辛辣なんだよ」

 少しムッとしたような顔をしたテオドールが、アスランの頬をむにむにと掴む。暴力反対! と。大袈裟に騒いだアスランがさっと立ち上がり、何故かリオの後ろに隠れてしまったので、分散することなくパチッと合った視線にドキッとしてしまう。
 実際、リオの後ろに隠れられてしまっては何もできないテオドールは、何となく決まり悪そうに頭を掻きながら口を開いた。

「俺はさ、パルミールの隣国の生まれで。爺さんが、ここの女王様との親交が自慢っていう頭の固い騎士だったんだけど……連絡が絶えたから、絶対何かあるはずだって。探って力になって来いって」

 追い出されたんだよね、と。テオドールはあっけらかんと笑っているが、それは中々の大事件だ。
 リオの出身国も、一応はパルミールの隣国に当たるのだろうが。聖峰の向こうを全くの未知の領域としてしまっている故郷にとって、この近隣は未知の土地だ。

(ちゃんと国交のある隣国、ってことだよね)

 しかも一国の女王陛下と縁を結べるほどの騎士の家柄、ということだ。ドラ息子との言葉が真実でも、その言いつけの通りに、危険を冒してアルトの味方になってくれたのだから。やはり格好いいということでいいのではないだろうか。
 すごいなあ、と。リオが瞳を輝かせれば、騙されちゃダメだよ! と。背後から飛び出したアスランが、二人の間に割り込んだ。

「お前さあ」
「テディのためでもあるんだから!」

 アルトを怒らせたらどうするの、と。アスランは実に深刻な様子で注意しているが、何故彼が怒るのだろうか。
 そもそも彼に優しくされたことしかないリオは首を傾げたが、思い当たる節はない。そうこうしている内に、二人は今仕事中だったのでは、と。全く思い違う懸念に至ったリオはハッと息を飲んだ。

「ごめんね。もしかして、二人のお仕事の邪魔しちゃってるかな」

 今更ながらにリオが気遣う眼差しを向ければ、二人はきょとんと瞬いた後、揃って首を横に振って笑った。

「ううん、ぜんっぜん大丈夫だよ! 僕は今、ちょうどお昼休みにしようかなーって思ってたところだったし」
「そうそう。それに、未来の王太子妃様のお相手なら、仕事をサボるいい口実だしさ」

 テオドールのそんな軽口に、こらっ、と。遂にアスランが叱る声を上げる。冗談冗談とテオドールは軽薄に笑ったが、まさにそのことを気にしていたばかりだったリオはうぐ、と。言葉に詰まった。そんなリオの様子を見て、二人が不思議そうな顔をした。

「ん? あれ、プロポーズされたんだよね?」
「うん、そうなんだけど……」

 この煮え切らない状況をどう言葉にすればいいのか、と。悩みながら、リオはごにょごにょと口を開いた。

「まだ正式に、その、結婚することになったわけじゃないし。……本当に、これでいいのかな、って」
「えっ、嫌なの!?」

 驚いたように声を上げたのはアスランに向けて、リオは慌てて首と顔を横に振って否定する。
 リオの方が嫌だなんて、そんなことがあるはずない。けれど

「僕は、僕の方は、いいんだけど。アルトくんの方は……」
「いやあ、あっちこそ。この機を逃せば生涯独り身じゃん?」

 テオドールがけろりとした様子で言った。そうそう、と。アスランも同意を示して頷いているが、それなりにその言葉が衝撃だったリオは、そうなの? と。青い瞳を瞬いた。

「いや、だってさ。あんだけの美貌で、言い寄ってくる美女もそれこそ星の数で。それでも花と鳥しか愛してこなかった男だよ? 君に恋したのが奇跡みたいなもんじゃん」
「みんなそれが解ってるからさあ、女王様もお城の人も、君を逃がさないよう必死なんだよ。僕たちみたいな末端にまでさ、粗相のないようにって厳命下ってるんだから」
「そ、そうなんだ……?」

 まさかそこまで大事になっているとは思わなかったリオが、恥ずかしさに赤くなりながら呟けば、そうだよ、と。アスランが断言し、そうそう、と。テオドールも追い打ちの肯定を重ねた。
 そんなことを耳にしてしまえば、今日に至るまでの周囲の態度の柔らかささえ何やら恥ずかしく。――腰の気怠さに思わずついたため息に、転げるようにしてクッションを持ってきてくれた小間使いの顔などを思い出せば、顔から火が出る気分だった。
 反対されるよりは、応援してもらえる方が嬉しいが。閨のことにまで気を配られては堪らない。そんなことをぐるぐる考えながら、リオはどうしても自信なく、気弱な顔で口を開いた。

「でも、僕だとその……見た目とか、礼儀作法とかも、あんまり」
「そんなことないよ! こう、いるだけで品がいいって言うか、ごてごてしてなくて癒されるって言うか……アルトだって絶対、そう言う所が好きなんだよ。もっと言葉遣いとか所作とか、気合の入ったご令嬢たくさんいたけど、誰も歯牙にもかけなかったんだから」
「確かに、癒し系のお嬢さん、って感じはするよな。街でも社交界でも、一人でいるのを見かけたら真っ先にナンパしたいタイプ」
「もー、テディ! いつか本当に殺されるよ!」

 プンプンと怒るアスランの姿が可愛く、リオは小さく微笑んでしまう。あはは、と。悪びれることなく笑ったテオドールが、まあそれはそれとして、と。どこか真面目な顔でリオに向き直った。

「でもさあ、そんなこと言うなら。何か具体的に、不安なことあるんでしょ。何?」

 ズバッとストレートに切り込まれて、リオはドキッと身を竦める。答え難さに言い淀めば、僕らで良かったら何でも聞くから! と。アスランに続けられて、思わずじんとしてしまった。一方通行であれば申し訳ないが、男友達もできたのだと思えばとても嬉しい。
 自覚していたよりも悩んでいたらしい自分に今更気付きながら、あのね、と。リオは意を決して口を開いた。

「僕の方が世間知らずで、アルトくんよりもずっと子供っぽいし、仕方ないなとは思ってるんだけど。あの……僕の方が、色々、してもらっているばかりというか」

 うんうん、と。真面目に聞いてくれているアスランに、この先を言うのが急に恥ずかしくなって、リオは俯く。
 きゅう、と。肌触りのいいドレスの裾を握り締め、ありったけの勇気を振り絞り、かすれそうな小声で囁いた。

「その……夜の、方も」

 うんうん、と。熱心に頷いていたアスランがぴたっと動きを止め、ぼわっと真っ赤に頬を染め上げる。心から申し訳なくなったリオは、ますます深く俯いた。
 真っ赤になって気まずそうにもじもじする、純情な二人はさて置いて。成程ねえ、と。どこか面白がるような声音で相槌を打ったテオドールが、思案するように目線を宙に彷徨わせる。そして間もなく、すっとスマートに身を乗り出して笑った。

「じゃあさ、俺のアドバイス、聞いてみる?」

 ただし俺からってのはナイショで、と。悪戯めかして指を立てる。そんな彼に――やめた方がいいよ、と。アスランは小さな声で言っていたが――自分では思いも寄らない、解決法の気配を感じて。リオは躊躇いながらも、こくりと一つ、頷いてしまったのだった。
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