【完結】魔法使いも夢を見る

月城砂雪

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後日談①

5-2

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 初めて彼と身体を繋げたあの夜から、半年以上が経っていた。
 正式な婚約は結んだものの、まだ具体的な話は何一つ決まっていない。事件以降、過保護に拍車がかかってしまったファランディーヌとエルドラは、リオを早くに嫁に出すことを嫌がったし。そもそも、リオ自身の覚悟もハッキリとは固まっていなかったので。

(本当に結婚したら、お姫様になっちゃうし……)

 王子としての自信さえ、とうになくしてしまっているのに、いきなり王太子妃なんてハードルが高すぎる。
 病弱で、男としての発育が今一つであることがまさかの幸いをして、まだ女物のドレスに違和感がないことは確かだったけれど。この先もずっと、女装で通すというわけにもいかないだろう。

「リオネラ様、どちらに?」
「ええと。今日は、お庭を見せてもらおうかなと思って」

 ではこちらを、と。軽く柔らかく温かな、新品のストールを肩にかけてくれた一人の侍女が、お寒くなるまでにお戻りくださいね、と。優しく微笑む。
 この場所が、リオのために作られた離宮というのは、建物に限ったことでもないようで。仕える人々から衣食に至るまで、たっぷりと溢れる好意と厚意に、リオは恐縮しきりだった。

(最初は気まずかったけど)

 リオが寝食を共にするのはアルトだけだが、至近距離で暮らせば、流石に違和感に気付かれるだろうと思えて気が気ではなかったけれども。どこを見ても魔法使いだらけのこの国は、身体の性別にはこだわりがないというのは本当のことのようだった。
 リオも勿論、男装に戻りたければ戻っていいとのことだったのだが――女装姿で、友人と婚約者までできてしまった身の上に、突然の男装は心臓に悪い。ひとまずはドレスのレースを減らし、ブラウスのフリルを減らし、と。その程度の所から始めていた。

「エレノアにも、ちゃんと打ち明けないとなあ……」

 はあ、と。真面目に考えるほどため息は深まるが、いつまでも後回しにしていい問題でもない。この滞在が終わったら、エルドラに相談しよう、と。リオはそう思った。
 今回の滞在は、一ヵ月を想定している。――二人の交際は、ひとまずは遠距離のまま、アルトがファランディーヌ邸に足繁く通うことで、関係を発展させる約束にはなっていたのだが。それに否を唱えたのが、玉座に戻った女王、エヴァンジェリンだった。
 正式に婚約を交わした以上は、余計な憶測や邪推を避けるためにも、どうかお城でも睦まじい二人の姿を周囲に見せていて欲しいと。それはそれでもっともな懇願に同意したリオは、ひとまずのお試しとして一ヶ月、お城で生活をすることで合意したのだった。だが。

「――……っ、つ」

 読書を好むリオのためにと、至る所に休憩と日除けのためのガゼボを用意されている中庭の一角に腰を下ろした瞬間。つきりと疼いた腰と、腰の奥にわだかまる熱に、一瞬で読書どころではなくなってしまったリオがかあっと赤面する。
 今回の滞在はあくまで婚約者としてのお試し生活で、公務もなければお披露目もない。いずれは必要なのではないかと思われる妃教育についても、今は何も言われていない。それでも。

(な、何か、もう。……新婚、みたいな)

 魔法使いは長寿の弊害か、子供が中々できにくいとは聞いていたが。まさかそれが、婚前交渉大歓迎の風習につながるとは思ってもいなかったリオは、アルトと同じ部屋で一月を過ごすことに、早くも不安を感じていた。――今日でお城生活も一週間だが、毎晩彼に愛されている身体は気怠く疼いている。
 日常生活に支障のないようにと、加減はしてくれているようなのだが。それはそれで、もっと欲しくて疼いてしまうようになった自分を知っているリオは一人で真っ赤になった。

(一ヶ月……は、心臓がもたないかも)

 エルドラの薬湯のお陰で、病や過労を起因とする発熱や不整脈とは縁遠くなれたことは確かでも。人はときめき一つで体調不良に陥ることもあるのだと、リオは最近理解した。恋が、頻繁に病に例えられることにも納得だ。
 こんなことではいけないと、昨今は恋愛ものにも積極的に手を伸ばしているリオではあるが、情緒の育成は中々難しい。少し大人向けの小説を開いてみれば、実際その文章よりもすごいことをしていたとしても、顔を真っ赤に染めてしまうほどには刺激的だった。。
 こんな落ち着きのない姿を、衆目に晒すのも忍びない。人目のあるところでの百面相を避けて外に出て来たリオは、視界の端でばさりと間引かれた秋の花に、驚いて肩を跳ねさせた。

(そっか)

 これほど綺麗な庭なのだから、庭師がいるのは当然だ。
 綺麗に整えてくれてありがとう、と。礼を告げようかと思って顔を上げたリオは、その視線の先に、見知った顔を見つけて瞬いた。

「アスランくん……!?」
「? あっ!」

 リオの声に顔を上げた、金髪の可愛らしい少年が、同じように驚愕の声を上げる。手にしていた、剪定用のハサミと思しき銀色の器具を幻のごとくに手の中に消すと、彼はリオの元に駆け寄ってきた。
 思わぬ再会に、わー! と。お互い幼く目を丸くする二人の横に、くつくつと低い笑い声が割り込む。

「俺もいるよ」

 久し振り、と。気さくに片手を上げた黒髪の美青年を勢いよく指差して、テディ! と。アスランが大きな声を出した。
 二人は元より仲がいいようで、いたんだ、などと。気さくに笑い合う姿は、何だかほっとする可愛らしさがある。

(久し振り……!)

 思い返せば、炎に包まれた公爵邸での混乱の中、なあなあに別れてしまったのが彼らとの最後だった。
 懐かしい二人の溌溂とした姿に、リオは久し振りに打ち解けた気持ちで微笑んだ。
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