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第二章

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 約束したはいいものの――本当に部屋に鍵をかけての軟禁生活に入るとは思わなかったリオは、ソファで魔法の本を抱えたままため息をついた。勉強の時間だと思えば、学ぶべきことは多いのだが、それにしたって部屋から一歩も出られないのはつらいものがある。病で臥せっていた幼い頃さえ、姉が運ぶ外の空気に憧れたものを。
 庭くらい出られないかな、と。呟いた独り言には、だめですよ! と。柔らかくも断定的な返事があった。

「お庭は私の管轄ですもの。そこでリオ様に万一があれば、私がエルドラさんに殺されちゃいます」
「そんなことないんじゃない!?」

 物騒な言葉にリオは目を丸くしたが、いいえそんなことあるんです、と。言い切る女性は、部屋に花を飾りながら身を震わせた。
 彼女の名前はオリガと言って、ファランディーヌの侍女の一人だ。リオの部屋を快適に保つことを己の使命として、張り切って働いてくれている。栗色の髪と同じ瞳をした彼女は明朗快活で、保護された直後には怯えが色濃かったリオの心を程よくほぐしてくれた。

「エルドラ様は、リオ様を弟のように可愛がっていらっしゃるから。……あの人も、昔は人さらいに誘拐された身の上だから、今回のことは肝が冷えたんでしょう」

 大人しくしてあげるといいですよ、と。部屋の片隅で、音を立てて太い糸を切った紫の瞳の女性も、笑いながら同調する。彼女の名前はキアラと言って、屋敷の被服を主に担当しているという。リオが女装をすることになってから、身に付ける衣装は全て、彼女が丈を合わせてくれていた。今は、折角だから男物の服を作ってあげましょうと言って、リオのシャツを縫ってくれているところだ。
 魔法使いの国は全てが便利にできているが、こうした日常作業全てに魔法を使っていては燃費が悪いらしい。誰もが魔力と体力と効率を見ながら、バランスよく日々を過ごすことを当然としていた。

「誘拐、されたの?」

 思いがけないエルドラの過去に、リオが驚いて目を丸くすれば、キアラはええ、と。頷きながら新しい糸に手を伸ばした。

「あたしは上のお嬢様たちが、まだお屋敷にいた頃に雇われてますからね。まあひどいもんでしたよ、人さらいどもの扱いが悪くてね。ファランディーヌ様に保護されたときには、傷だらけで家のことも忘れていて」
「男の子ですもの、まして幼形成熟の。貴族の生まれならそれこそ、一歩も外に出さずに育てられたでしょうに……庶民の生まれなら、守り切れなくても無理はないです」

 やり切れないようにため息をついたオリガを、リオが不安の面持ちで見つめれば。今はご家族もちゃんと見つけてありますよ! と。力強く断言された。よかった、と。ほっとしたリオを優しい眼差しで見つめたキアラが、針仕事を続けながら口を開いた。

「先代の女王様が生きていらした頃は、治安ももっと良かったんですけどね。突然崩御されてしまってからは、後を継いだご長女様のお加減が悪いそうで」
「王弟殿下はご健在なのに! 女王は姉だからと何もしないんですよ。リオ様がさらわれたのも、その王弟殿下のお屋敷からですし、役に立たないのもいい加減にして欲しいです」

 唇を尖らせてのオリガの言は、公爵家に対しての不敬になるのではないかとハラハラしたものの。分別のあるキアラが何も口を差し挟まない所を見ると、思う所はあるらしい。
 そう言えばエルドラも、どこか公爵への当たりがきつかったような気がする。政治まではまだ手を伸ばせていないが、人間の国と同じく、色々面倒なしがらみや歴史や経緯がありそうだ。
 今は誰に後れを取ることもない実力を持っていると知りながら、それでもエルドラが心配になってしまったリオは、ファランディーヌを探して外に出ている彼を案じて窓の外に目を向けた。

「何もないといいけど。……でも、そうすると。何の魔法も使えない僕は、エルドラよりも安全なんじゃない?」
「何を言っているんですか! 余計危険ですよ。強い男の子の魔法使いが欲しければ、リオ様に産んでもらえばいいんですから!」

 吹き出した。
 ゲフンゴフンと噎せたのはリオばかりで、オリガの発言にうんうんと頷くキアラも、その発言をおかしいと思っているような気配はない。リオは、とても内容を追えなくなってしまった本を置いて、息を整えるための深呼吸をした。

(う、薄々気付いてはいたけれど……)

 つまるところ、パルミールでは。魔力が強ければ雄として、魔力が弱ければ――雌としての需要が高いという。効率重視を極めた結果、そんな、野生の獣のような常識がまかり通っているらしい。
 事実、女将軍であるファランディーヌに仕える彼女たちも、いざ戦いとなれば圧倒的な実力を誇る魔女たちであるらしく――オリガは可愛い男爵令嬢と縁組をしたばかりの新婚さんで、キアラは幼馴染の妻と元気な娘三人を養っている身の上と聞いた。カルチャーショックがひどい。

「リオ様がお屋敷にいらっしゃる限りは、私たちが命をかけてお守りしますからね……!」
「う、うん……」

 力強いオリガの言葉に、ありがとう、と。辛うじて答えたリオの顔色は、赤くなったまましばらく戻らなかった。
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