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第二章
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アスタリス邸の使用人たちはこうして、代わる代わるにリオの部屋を訪ねるようにしてくれているようだったが。それでも夕暮れ時からは、仕事が忙しくなったり通いのものは帰宅の時間になったりと慌ただしい。それに、夜は、どうしたって一人きりだ。
静かな部屋で、一人で時を過ごしていると――誰からも顧みられることのなかった、故郷のことを思い出してしまいそうで。いよいよ本を読む気力もなく、リオは寝台に顔から倒れ込んで重々しいため息をついた。
(寂しい……)
温もりを知った後の孤独は、まして寂しい。一人が怖くて、寂しかったことなんて、本当に幼かった頃だけのことだったのに。
晴れない胸の内に、再び重いため息をついてから顔を上げると、リオは枕の下に手を入れた。取り出したのは、あの夜、テオドールにもらったクリアカードだ。彼らの一座の姿を映す、美しい魔法がかけられた広告。
この状況で、一人で遊びに行きたいと思うほどには、無茶でも無責任でもないリオだが。行けないと解っていてもどうしてだか、何度でもこのカードを取り出してしまう。水平に翳せばきらきらと、片手に乗るほどの大きさの、人形のような魔法使いたちの姿がゆっくりと宙に浮かんでは消えていく。
役者は一座の花形らしく、着飾った姿のテオドールを、幻燈はしばし長い時間留めてくれる。成る程、気さくに見えた彼も、役になりきれば仇めいて麗しい。
そんな風に冷静に感心した直後に、映し出された――真白く輝く宝玉の美貌に、一瞬で頭に血が昇ったリオは再び寝台に突っ伏した。
「うぅ……」
一人になればなるほどに、己の内面と向き合う時間も増えるのだと。今こそ初めて知ったリオは、どうしようもなく戸惑って呻き、頭を抱えてしまう。
初めての。そして今後もできる見込みがあまりない、同性の友人が嬉しいのか。それとも、彼に――恋をしているのか。考えただけで顔が燃えたようになって、リオは煩悶しながら枕に顔を埋めた。彼に触れられた記憶が、足や首筋に蘇って、よからぬ気持ちになったリオが足をバタバタさせる。
「無理無理無理……!」
心は外見や振る舞いに多かれ少なかれ引きずられると言うのはリオの体感だが、性愛は何に引きずられるのだろう。そもそも元々、恋愛対象が同性だった可能性もあるが、男が好きと言うのは語弊がある気もしてならない。リオがこんな風に心を乱したのは、たった二回しか会ったことのない彼だけだ。
そもそも対人関係が著しく希薄であったリオは、年の割に情緒が育っていない。寿命が長い魔法使いたちの国での基準は定かでないが、リオだって、祖国での成人の齢は過ぎている。それこそ、もう結婚していたっておかしくはない年齢なのだ。
だが、いかに王家の生まれといえども、五人目くらいからは正直厄介者だ。上の王子たちの身に何かあったときのスペアくらいには考えられていたかもしれないが、何事もなければ精々、領地の豪族の娘と縁組でもして、母の家が絶えない程度に血を残しただろう。
(……姉上は)
恋した男と、結婚できただろうか。確かめる術もないのに、リオはそんなことを物思った。
リオがいなければ、母の伯爵家を残すためには姉が婿を取るしかない。姉の顔を曇らせた、数多の権力絡みの縁談ではなく――彼女と同じ、どこか悲しげな瞳をしていた、隣領の伯爵令息と。物語に見るような優しい恋を実らせていて欲しいと、リオは願っていた。
だってあれが、奥手な姉の初恋なのだ。初恋というものが、どれほど胸を焼き焦がすものか、今こそ知ったリオとしては……
「初恋!?」
「リオ様?」
恋心と言う結論で納得してしまいかけた自分に驚いて上げた声に、思いがけずエルドラの声が被って、さらに驚いたリオは飛び上がった。バタバタと取り乱した動きで、ベッドの上で正座の姿勢を取り、お帰りなさい! と。元気よく挨拶すれば、ただいま戻りました、と。エルドラが戸惑いながらも丁寧に頭を下げた。
「お取り込み中でしたか?」
「いいえ全く!」
取り込みまくっていたことに偽りはないが、否定することしかできないリオは全力で否と答える。その珍しい勢いに圧されたエルドラは種々様々な疑問を飲み込むと、咳払いを一つ落として畏まった。
「では……リオ様。遅い時間に恐縮ですが、今から外出のお支度をお願いできますか?」
「え? あ、はい」
今からですか? と。問う声に、エルドラは真剣な顔で頷いた。
「お願いします。……ファランディーヌ様と連絡が取れました」
静かな部屋で、一人で時を過ごしていると――誰からも顧みられることのなかった、故郷のことを思い出してしまいそうで。いよいよ本を読む気力もなく、リオは寝台に顔から倒れ込んで重々しいため息をついた。
(寂しい……)
温もりを知った後の孤独は、まして寂しい。一人が怖くて、寂しかったことなんて、本当に幼かった頃だけのことだったのに。
晴れない胸の内に、再び重いため息をついてから顔を上げると、リオは枕の下に手を入れた。取り出したのは、あの夜、テオドールにもらったクリアカードだ。彼らの一座の姿を映す、美しい魔法がかけられた広告。
この状況で、一人で遊びに行きたいと思うほどには、無茶でも無責任でもないリオだが。行けないと解っていてもどうしてだか、何度でもこのカードを取り出してしまう。水平に翳せばきらきらと、片手に乗るほどの大きさの、人形のような魔法使いたちの姿がゆっくりと宙に浮かんでは消えていく。
役者は一座の花形らしく、着飾った姿のテオドールを、幻燈はしばし長い時間留めてくれる。成る程、気さくに見えた彼も、役になりきれば仇めいて麗しい。
そんな風に冷静に感心した直後に、映し出された――真白く輝く宝玉の美貌に、一瞬で頭に血が昇ったリオは再び寝台に突っ伏した。
「うぅ……」
一人になればなるほどに、己の内面と向き合う時間も増えるのだと。今こそ初めて知ったリオは、どうしようもなく戸惑って呻き、頭を抱えてしまう。
初めての。そして今後もできる見込みがあまりない、同性の友人が嬉しいのか。それとも、彼に――恋をしているのか。考えただけで顔が燃えたようになって、リオは煩悶しながら枕に顔を埋めた。彼に触れられた記憶が、足や首筋に蘇って、よからぬ気持ちになったリオが足をバタバタさせる。
「無理無理無理……!」
心は外見や振る舞いに多かれ少なかれ引きずられると言うのはリオの体感だが、性愛は何に引きずられるのだろう。そもそも元々、恋愛対象が同性だった可能性もあるが、男が好きと言うのは語弊がある気もしてならない。リオがこんな風に心を乱したのは、たった二回しか会ったことのない彼だけだ。
そもそも対人関係が著しく希薄であったリオは、年の割に情緒が育っていない。寿命が長い魔法使いたちの国での基準は定かでないが、リオだって、祖国での成人の齢は過ぎている。それこそ、もう結婚していたっておかしくはない年齢なのだ。
だが、いかに王家の生まれといえども、五人目くらいからは正直厄介者だ。上の王子たちの身に何かあったときのスペアくらいには考えられていたかもしれないが、何事もなければ精々、領地の豪族の娘と縁組でもして、母の家が絶えない程度に血を残しただろう。
(……姉上は)
恋した男と、結婚できただろうか。確かめる術もないのに、リオはそんなことを物思った。
リオがいなければ、母の伯爵家を残すためには姉が婿を取るしかない。姉の顔を曇らせた、数多の権力絡みの縁談ではなく――彼女と同じ、どこか悲しげな瞳をしていた、隣領の伯爵令息と。物語に見るような優しい恋を実らせていて欲しいと、リオは願っていた。
だってあれが、奥手な姉の初恋なのだ。初恋というものが、どれほど胸を焼き焦がすものか、今こそ知ったリオとしては……
「初恋!?」
「リオ様?」
恋心と言う結論で納得してしまいかけた自分に驚いて上げた声に、思いがけずエルドラの声が被って、さらに驚いたリオは飛び上がった。バタバタと取り乱した動きで、ベッドの上で正座の姿勢を取り、お帰りなさい! と。元気よく挨拶すれば、ただいま戻りました、と。エルドラが戸惑いながらも丁寧に頭を下げた。
「お取り込み中でしたか?」
「いいえ全く!」
取り込みまくっていたことに偽りはないが、否定することしかできないリオは全力で否と答える。その珍しい勢いに圧されたエルドラは種々様々な疑問を飲み込むと、咳払いを一つ落として畏まった。
「では……リオ様。遅い時間に恐縮ですが、今から外出のお支度をお願いできますか?」
「え? あ、はい」
今からですか? と。問う声に、エルドラは真剣な顔で頷いた。
「お願いします。……ファランディーヌ様と連絡が取れました」
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