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第二章

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 どうぞと促され、用意された馬車のささやかな箱程度の大きさの車体を覗き込む。二人は入れないのではないかと思われたが、足を踏み入れた先には予想外の広さがあり、リオは目を丸くした。
 煤けた外観に反して車内は塵一つなく清く、白を基調に金の装飾が施された壁面を、強い魔力を感じる柔らかな炎が暖かく照らしている。リオのためにとファランディーヌが用意した馬車にも勝るとも劣らない柔らかな座席は、機能性をだけを追求した類のものとは異なって、どこか華美で女性的だ。

「わあ……!」

 ふわりと座席に腰を下ろせば、その席自体にも魔法がかけられているのだろうか。無意識にも疲れ果てていた足先からじわりと疲労が抜けていく気配がして、リオの口からは素直な感嘆が漏れた。続けて乗り込み、馬車の引き戸を閉めたアルトが恭しく一礼する。

「あなたのような姫君をお乗せするには些か準備が足りませんが、しばしご辛抱いただければ」
「えっ、そんな、こんなにフカフカなのに!」

 席をモフモフしながら目を輝かせるリオに笑いかけたアルトは、姿を隠しておく必要をなくしてか、全身を覆っていた黒いローブを取り払う。炎を映して、ますます美しく透き通る金髪が眩く零れた。
 彼の仕事着なのだろう白い踊り子の衣装は、イミテーションの飾りを身に着けていない今こそ、彼と言う宝石を際立って輝かせているようだった。先日よりも肌の露出は抑えられているが、それでもなお微かに覗く生身の肌は相変わらず刺激が強い。
 優雅に対面の席に腰を下ろす彼の姿に、隣ではないのか、と。物足りないような不思議な気持ちになったリオは胸を押さえたが、多少脈が速い他の異常は見当たらなかった。

「お褒めに預かりありがとうございます。母より譲り受けた品なので、基盤はそれなりのものではあるかと思います」

 手入れが足りずお恥ずかしいばかりですが、と。苦笑するその言葉は、必要のない謙遜にしか思えない。華美な装飾こそ控えられてはいるが、十分に貴族の持ち物として通用するほどの品だ。
 彼と今向かい合うのが、リオではなく――彼によく似た母親や、どこぞの美しい姫君であったなら。それはもう、それこそ王公貴族に値するきらきらしさであるように思えた。

「お母さんは、どこかのお姫様……?」

 アルトの気品は、一応は王族であったというだけのリオの、何とも隙だらけの淑女像とは比べ物にならない。駆け落ちをしたお姫様の子供だと言われた方がしっくりくると思ったリオは、半ば本気で、声を潜めて訊ねたのだが。美しい彼は、さあどうでしょう、と。冗談めかして微笑むばかりだった。

「元気にしているとは思いますが……今は遠く離れてしまったので、近況も解りません。リオ様のお母上は、どのような?」
「ええと……とても綺麗で、優しい方。今はお忙しくて、あまり会えていないけど……」

 語れることは少ないが、彼に嘘をつきたくもないリオの言葉はたどたどしいものになったが、そうですか、と。アルトは不審に思うこともなく頷いた。間もなく微かな振動が肌に伝わり、馬車が動き出したことを知る。
 パルミールの馬車は、魔法使いと意志を通じる、一角の獣を操る御者を必要とするものだが、この馬車に御者の姿は見当たらない。それはアスタリスの馬車と同じで、エルドラが座席から操る馬車を、夜会で出会う貴族たちからいたく褒められた経験もあるリオは、アルトの技量に感嘆の息を吐いた。
 ようやく人心地が着くと同時に、改めて彼への申し訳なさも募る。リオは、ごめんなさい、と。頭を下げた。

「何か、予定があったんでしょう? それなのに、送ってくれてありがとう」
「あなたの白薔薇をお預かりした男として、当然の責務です」

 さらりと紡がれた言葉に、リオは吹き出した。ゲフンゲフンと咳込みながら、一瞬で高熱に茹だってしまった真っ赤な顔を押さえて呻けば。その顕著な反応に、色々察した様子の彼が苦笑した。

「……意味は、もうご存知のようですね」
「ううう、ごめんなさい……! 僕、本当に、物知らずで……」
「いいえ。あなたの母君はきっとあなたに、その清いお心のままで育っていただきたいのでしょう」

 アルトはあくまで優しい言葉をかけてくれる。それが返って恥ずかしくて、リオは顔を両手で隠して目を逸らした。
 女装姿で逆プロポーズなど、アルトが真実を知ったら噴飯では済まないようなことをしておいて、普通に友達になりたかったなどとは片腹痛い。でも真実として、リオは彼と仲良くなって、色々な話をしたかっただけなのだ。初対面で、何故そんなにも、とは。自分でも疑問に思わないこともなかったが。
 でもそれは、彼の方も同じことだ。

(……どうして)

 どうして、こんなにも。一度言葉を交わしただけのリオに、優しくしてくれるのだろう。
 疑問の声が、思わず眼差しに漏れ出てしまっただろうか。問うように首を傾げるアルトを見て、咄嗟に誤魔化そうと慌てて両手を横に振ったものの。どうしても疑問が晴れなかったリオはその手を下ろし、小さな声で、浮かんだ疑問を言葉にした。

「どうして。……僕に、優しくしてくれるの?」

 美貌の青年が、思いがけないことを問われたとばかりに、髪と同じ色の睫毛を揺らして瞬く。白い指先を顎に当てた彼は、僅かな思案の間を置いて、そうですね、と。口を開いた。

「お困りの令嬢に優しくするのは当然と存じますが。……あえて言うなら、その瞳が」

 瞳? と。戸惑いながら、リオは目元に手を当てる。母譲りの青い目を、リオの姉は羨ましがったけれど。リオの故郷では、ありふれた色に相違ない。
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