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第二章
2-7☆
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あえて特筆すべき長所を持ち合わせていない自覚のあるリオなのだが、彼の目に映る姿はまた違うのだろうか。輝く瞳にリオを映して微笑む彼は、どこか幸福そうに見えた。
「青い、優しい、純真な。その瞳が曇らないように。私ができることは、何でもして差し上げたいと。……そんな気持ちになります」
前回は、危うく私があなたを傷付けるところでしたが、と。自嘲するように笑う顔さえ美しい彼が呟く、その言葉に――前回、彼に触れられた肌とおぼしき部分が一瞬で熱を帯びて、リオは戸惑った。
決して不躾とは言えない彼の視線と、目を触れ合わせることができない。思わず目を逸らせば、その目を追うように身を乗り出した彼に迫られて、思わず漏れそうになった悲鳴を必死に喉に留めた。
心拍が異常に早くなっているリオとは対極に、冷静そのものの顔をしたアルトが、失礼いたします、と。リオの腕を取った。
「お怪我を?」
「えっ? あ……っ」
びりりと走った焼け付く痛みに、いた、と。思わず眉をしかめてしまえば、すみませんと詫びたアルトが手を離した。彼に掴まれた腕をよくよく観察してみれば、馬車から飛び降りた時の擦り傷から出血していたようだ。青い布地に、微かな血の沁みが出来ていた。
ドレスを汚してしまったことに動揺するリオの腕に再び触れたアルトの指から、暖かな何かが流れ込む。気付いたばかりの痛みが遠のいて、患部を見なくとも、傷口が塞がっていくことが解った。
(治癒魔法……?)
これも確か、難解であると聞いた覚えのある魔法だ。何でもできるんだなあ、と。素直に感動したリオは、間もなく――治癒魔法は大変に難解で、術者に大きな負担をかけるものであると。そう学んだ知識を思い出して、ハッと青褪めた。
「だっ、大丈夫だよ! そんなにひどい、傷じゃないから」
「いえ、姫君の身体に傷を残すわけには」
姫でもないので、やはり大袈裟だ。本当に大丈夫だから、と。言い募ろうとして、彼の瞳を間近に覗き込んだリオは、途端に眩暈を覚えてぐらりと身体を傾けた。
(熱、い?)
心拍が早いのは今更だったが、加えて、全身が痺れたようになってしまったリオは、予想外の出来事に困惑する。まるで、遠い昔。食事に毒を盛られた時のような。
意志の力ではどうにもならない痺れに、座席に手を突いて身体を震わせる。過去には、ただただ不調を訴えるばかりだった身体に、あの時とは異なる――官能を覚えて。甘いような疼きに耐えるリオの様子に、ハッとしたようなアルトがリオと距離を取った。
「申し訳ありません……!」
「……っ、いや、だいじょうぶ、だけど……」
熱に浮かされたような頭で、リオはぼんやりとアルトを見上げる。自分の身に何が起こったのかさっぱり理解できないまま、早鐘を打つ心臓と疼く身体に困惑していれば、リオ以上に困惑した様子のアルトが顔を背けた。宝石のようなその瞳に手を翳して、茫然と瞬く。
「私が……?」
「どう、したの?」
まさか、と。愕然と呟くアルトが心配になって、リオは身体を立て直そうとしたが、痺れた身体が言うことを聞いてくれない。ぎこちなくもがいたリオの不器用な動きにハッとしたアルトが、そのままで、と。座席にリオの身体を横にしてくれた。
少し楽になった身体に、ほっと息をつくリオを見下ろして、申し訳ありません、と。アルトが再び詫びの言葉を口にした。
「アルトくんの、せいじゃないよ。ごめんね、何だか急に……くらくら、しちゃって」
「いえ、私のせいです。私の血筋は……その、特殊な体質で」
体質? と。魔法使いの生態には、まだまだ疎いリオが不思議そうに呟く最中に、馬車の小窓から淡い水色の光が微かに差し込む。
行きにも使用した、転送の魔方陣の光であることを悟ったリオは、もうこんなところまで着いていたのかと安堵したのだが。そんなリオとは真逆に、複雑な顔をしたアルトがリオの手を握り締めた。
「……あなたを、こんな状態でご帰宅させるわけには参りません」
「え? あ……っ!?」
覆い被さるように顔を覗き込まれて、再び、アルトの目を見た瞬間――リオはまたしても強い眩暈に襲われて。くらりと揺れた視界の中に、美しいばかりの瞳がいっぱいに輝く。
ドキドキと、外に聞こえてしまいそうなほど高鳴った鼓動が、今の状況の異常をうるさく知らせて来てはいたのだが。それよりも、彼の瞳をそのまま見つめていたくて。リオは一つの抵抗もなく、大人しく座席に横たわっていた。
「お許しください」
「アルト、くん……?」
床に跪くようにして、リオと目線を合わせた彼が、何をしようとしているのか。リオが察するよりも先に、アルトが身を乗り出してリオの肩を掴んだ。
「……んっ、ぅ?」
柔らかな唇同士が触れ合う。ふわりと香る花のような匂いは、彼の纏う香りだろうか。鼻腔をくすぐるその芳香に、リオはぼうっと思考を奪われた。
「青い、優しい、純真な。その瞳が曇らないように。私ができることは、何でもして差し上げたいと。……そんな気持ちになります」
前回は、危うく私があなたを傷付けるところでしたが、と。自嘲するように笑う顔さえ美しい彼が呟く、その言葉に――前回、彼に触れられた肌とおぼしき部分が一瞬で熱を帯びて、リオは戸惑った。
決して不躾とは言えない彼の視線と、目を触れ合わせることができない。思わず目を逸らせば、その目を追うように身を乗り出した彼に迫られて、思わず漏れそうになった悲鳴を必死に喉に留めた。
心拍が異常に早くなっているリオとは対極に、冷静そのものの顔をしたアルトが、失礼いたします、と。リオの腕を取った。
「お怪我を?」
「えっ? あ……っ」
びりりと走った焼け付く痛みに、いた、と。思わず眉をしかめてしまえば、すみませんと詫びたアルトが手を離した。彼に掴まれた腕をよくよく観察してみれば、馬車から飛び降りた時の擦り傷から出血していたようだ。青い布地に、微かな血の沁みが出来ていた。
ドレスを汚してしまったことに動揺するリオの腕に再び触れたアルトの指から、暖かな何かが流れ込む。気付いたばかりの痛みが遠のいて、患部を見なくとも、傷口が塞がっていくことが解った。
(治癒魔法……?)
これも確か、難解であると聞いた覚えのある魔法だ。何でもできるんだなあ、と。素直に感動したリオは、間もなく――治癒魔法は大変に難解で、術者に大きな負担をかけるものであると。そう学んだ知識を思い出して、ハッと青褪めた。
「だっ、大丈夫だよ! そんなにひどい、傷じゃないから」
「いえ、姫君の身体に傷を残すわけには」
姫でもないので、やはり大袈裟だ。本当に大丈夫だから、と。言い募ろうとして、彼の瞳を間近に覗き込んだリオは、途端に眩暈を覚えてぐらりと身体を傾けた。
(熱、い?)
心拍が早いのは今更だったが、加えて、全身が痺れたようになってしまったリオは、予想外の出来事に困惑する。まるで、遠い昔。食事に毒を盛られた時のような。
意志の力ではどうにもならない痺れに、座席に手を突いて身体を震わせる。過去には、ただただ不調を訴えるばかりだった身体に、あの時とは異なる――官能を覚えて。甘いような疼きに耐えるリオの様子に、ハッとしたようなアルトがリオと距離を取った。
「申し訳ありません……!」
「……っ、いや、だいじょうぶ、だけど……」
熱に浮かされたような頭で、リオはぼんやりとアルトを見上げる。自分の身に何が起こったのかさっぱり理解できないまま、早鐘を打つ心臓と疼く身体に困惑していれば、リオ以上に困惑した様子のアルトが顔を背けた。宝石のようなその瞳に手を翳して、茫然と瞬く。
「私が……?」
「どう、したの?」
まさか、と。愕然と呟くアルトが心配になって、リオは身体を立て直そうとしたが、痺れた身体が言うことを聞いてくれない。ぎこちなくもがいたリオの不器用な動きにハッとしたアルトが、そのままで、と。座席にリオの身体を横にしてくれた。
少し楽になった身体に、ほっと息をつくリオを見下ろして、申し訳ありません、と。アルトが再び詫びの言葉を口にした。
「アルトくんの、せいじゃないよ。ごめんね、何だか急に……くらくら、しちゃって」
「いえ、私のせいです。私の血筋は……その、特殊な体質で」
体質? と。魔法使いの生態には、まだまだ疎いリオが不思議そうに呟く最中に、馬車の小窓から淡い水色の光が微かに差し込む。
行きにも使用した、転送の魔方陣の光であることを悟ったリオは、もうこんなところまで着いていたのかと安堵したのだが。そんなリオとは真逆に、複雑な顔をしたアルトがリオの手を握り締めた。
「……あなたを、こんな状態でご帰宅させるわけには参りません」
「え? あ……っ!?」
覆い被さるように顔を覗き込まれて、再び、アルトの目を見た瞬間――リオはまたしても強い眩暈に襲われて。くらりと揺れた視界の中に、美しいばかりの瞳がいっぱいに輝く。
ドキドキと、外に聞こえてしまいそうなほど高鳴った鼓動が、今の状況の異常をうるさく知らせて来てはいたのだが。それよりも、彼の瞳をそのまま見つめていたくて。リオは一つの抵抗もなく、大人しく座席に横たわっていた。
「お許しください」
「アルト、くん……?」
床に跪くようにして、リオと目線を合わせた彼が、何をしようとしているのか。リオが察するよりも先に、アルトが身を乗り出してリオの肩を掴んだ。
「……んっ、ぅ?」
柔らかな唇同士が触れ合う。ふわりと香る花のような匂いは、彼の纏う香りだろうか。鼻腔をくすぐるその芳香に、リオはぼうっと思考を奪われた。
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