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第一章
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男たちは良家の侍従の姿をしているが、肝心の主の姿が見当たらない。リオと共に場を塞がれたエルドラは、不信と警戒を露にその男たちを睨み上げた。
「物々しいですね。……お嬢様がお困りになっておいでです」
「これは失礼を。我らが主より、姫君を別室にご招待したいとのご伝言を預かりまして」
僭越ながら、お迎えに上がりました、と。取り囲まれて逃げ場のないリオに向けて、侍従が一人、手を差し出す。物を知らないリオとて、流石にこれは非礼と解った。
無粋な招きに、エルドラが多少の怒りを露にすれば、静かな圧に男たちが怯む気配がした。それでも、主の命を大義に携えた彼らは強気の構えで、引く様子を見せない。
エルドラはしばし彼らと睨み合った後に、重いため息をつくと、男たちの中の一人を押し退けてリオを輪の外に出した。
「私が話をつけてきます。……リオ様は、できるだけ目立たずに」
そう、耳に残された囁きに、リオは素直に頷いた。
エルドラが行ってしまえば、取り残されたリオは実に心もとない。目立たないように、とは言われても、すでに目立ってしまった後のような気もする。ひとまずリオは、エルドラのいない間にボロを出さないよう、静かな一角を探して視線を巡らせた。
夜会の主催が女性であるからか、それとも男の子が少ないというパルミールの状況が、リオが受け止めた以上に極端なものであるのだろうか。こうして見回してみれば、確かにリオと同じ年頃の少年はいない。どこを見ても、華やいだドレス姿の少女たちばかりが、淑やかな仕草で楽しげに談笑をしていた。
(とりあえず、あの辺りに……)
静かとは言い難いが、自分たちのお喋りに夢中な少女たちは、リオに注目はしていない。同年代で固まっていれば危険も少ないのではないかと考えたリオは、急ぎ足で少女たちの輪へ歩み寄ろうとする。そんなリオの姿を目に留めた給仕は、飲み物を満たしたグラスを器用に乗せた盆を差し出した。
「お飲み物はいかがですか? レディ」
「あっ、ありがとうございます……あの、では、酔わないものを」
雪深い故郷にあって、アルコールは十五の齢から解禁される嗜好品ではあったものの。何事も得意不得意はあるもので、リオは極端にアルコールに弱い体質だった。十五の誕生日に注がれた一杯の酒だけで人事不詳に陥った後は、姉からも医師からも、絶対禁酒を言い渡されてしまっていたのだった。
(弱いお酒なら、少しくらい大丈夫かもしれないけど)
極寒と共存するための文化でもあった故郷の酒は、むやみやたらに度数が強いものばかりだった。甘いミルクに一滴の酒を垂らした程度の飲み物であれば、幼いリオの身にも特に問題はなかったのだけれど。慎重に慎重を期してなお不安要素ばかりのこの夜会で、万に一つも酔っぱらって醜態を晒すわけにはいかない。
事情を知らなければ可愛らしいばかりのリクエストに、微笑ましそうに眦を緩めた給仕が、ではこちらを、と。優雅な手つきで、美しく透き通った水紅色のカクテルを手渡してくれる。
アルコールの気配を含まない甘い香りにほっと息を吐くと、リオはそっとその飲み物を口に含んで。一口目を嚥下するのが早いか否か、目を丸く見開いて口元を押さえる。
(美味しい!)
馨しい花と果物がバランス良く香るそのカクテルは、乾いた喉にも有難い。あっという間に杯を干して、思いのほか喉が渇いていた自分に今更気付いたリオは、もう一杯同じものをもらえないだろうかと、先ほどの給仕を目で探した。――次の瞬間、明後日の方角から駆けてきた少女と勢いよく衝突し、目前に激しい火花が散る。
「物々しいですね。……お嬢様がお困りになっておいでです」
「これは失礼を。我らが主より、姫君を別室にご招待したいとのご伝言を預かりまして」
僭越ながら、お迎えに上がりました、と。取り囲まれて逃げ場のないリオに向けて、侍従が一人、手を差し出す。物を知らないリオとて、流石にこれは非礼と解った。
無粋な招きに、エルドラが多少の怒りを露にすれば、静かな圧に男たちが怯む気配がした。それでも、主の命を大義に携えた彼らは強気の構えで、引く様子を見せない。
エルドラはしばし彼らと睨み合った後に、重いため息をつくと、男たちの中の一人を押し退けてリオを輪の外に出した。
「私が話をつけてきます。……リオ様は、できるだけ目立たずに」
そう、耳に残された囁きに、リオは素直に頷いた。
エルドラが行ってしまえば、取り残されたリオは実に心もとない。目立たないように、とは言われても、すでに目立ってしまった後のような気もする。ひとまずリオは、エルドラのいない間にボロを出さないよう、静かな一角を探して視線を巡らせた。
夜会の主催が女性であるからか、それとも男の子が少ないというパルミールの状況が、リオが受け止めた以上に極端なものであるのだろうか。こうして見回してみれば、確かにリオと同じ年頃の少年はいない。どこを見ても、華やいだドレス姿の少女たちばかりが、淑やかな仕草で楽しげに談笑をしていた。
(とりあえず、あの辺りに……)
静かとは言い難いが、自分たちのお喋りに夢中な少女たちは、リオに注目はしていない。同年代で固まっていれば危険も少ないのではないかと考えたリオは、急ぎ足で少女たちの輪へ歩み寄ろうとする。そんなリオの姿を目に留めた給仕は、飲み物を満たしたグラスを器用に乗せた盆を差し出した。
「お飲み物はいかがですか? レディ」
「あっ、ありがとうございます……あの、では、酔わないものを」
雪深い故郷にあって、アルコールは十五の齢から解禁される嗜好品ではあったものの。何事も得意不得意はあるもので、リオは極端にアルコールに弱い体質だった。十五の誕生日に注がれた一杯の酒だけで人事不詳に陥った後は、姉からも医師からも、絶対禁酒を言い渡されてしまっていたのだった。
(弱いお酒なら、少しくらい大丈夫かもしれないけど)
極寒と共存するための文化でもあった故郷の酒は、むやみやたらに度数が強いものばかりだった。甘いミルクに一滴の酒を垂らした程度の飲み物であれば、幼いリオの身にも特に問題はなかったのだけれど。慎重に慎重を期してなお不安要素ばかりのこの夜会で、万に一つも酔っぱらって醜態を晒すわけにはいかない。
事情を知らなければ可愛らしいばかりのリクエストに、微笑ましそうに眦を緩めた給仕が、ではこちらを、と。優雅な手つきで、美しく透き通った水紅色のカクテルを手渡してくれる。
アルコールの気配を含まない甘い香りにほっと息を吐くと、リオはそっとその飲み物を口に含んで。一口目を嚥下するのが早いか否か、目を丸く見開いて口元を押さえる。
(美味しい!)
馨しい花と果物がバランス良く香るそのカクテルは、乾いた喉にも有難い。あっという間に杯を干して、思いのほか喉が渇いていた自分に今更気付いたリオは、もう一杯同じものをもらえないだろうかと、先ほどの給仕を目で探した。――次の瞬間、明後日の方角から駆けてきた少女と勢いよく衝突し、目前に激しい火花が散る。
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