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第一章

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 長く断絶と言っていい関係にあった人間と魔法使いだが、共生の時代には、魔法使いの魔力や秘薬によって、人間も長寿を得ていた時代があったらしい。
 寿命の問題さえクリアできてしまえば、異物となることなく、この国でも生きていくことができるだろうと。朝な夕なに謎の薬湯を飲まされることになったリオは、初めこそガタガタと震え上がったものの。いつまでも身体に不調を来たすことはなく、説明された言葉を信じれば当然のことなのだが、むしろ頗る快調になって行った。

「おはようございます、リオ様。今朝は、何かお手伝いすることはありますか?」
「おはよう、ございます。ええと……大丈夫、です」

 もごもごと、いつまでも物慣れない様子で言葉を返すリオにも、侍女は丁寧に接し微笑んでくれる。
 屋敷の主であるファランディーヌは、リオが思ったよりもずっと年配で。彼女の実子である娘二人も、すでに独り立ちして久しいという。多忙な女主人の補佐を務めてなお、家政では暇を持て余していたらしい使用人たちは、珍客たるリオにも大層優しくしてくれた。
 リオは正直に言って、これまでの人生の中で最高の厚遇の中、何一つの不自由もなく健やかな時間を過ごしていた。――ただ一つの、特殊な条件を除いては。

『この国は、女の子の数が多いから』

 誘拐されないように、と。笑ったファランディーヌの一声で、リオは日常的に女装をして過ごすことになってしまったのだった。
 子孫を為す機能さえ自在に弄れる魔法使いにとって、生まれ持った性別の壁は大した区別でもないようだったが。女性同士の間に生まれる子供はほぼ確実に女性として生まれるという都合もあって、生まれながらの男児は貴重なのだと教えられた。
 王宮の中だけを見ても、ほぼ五分の割合で男女を目にしてきたリオには理解に難いことだったが、確かに屋敷の使用人も女性がほとんどだ。不思議の理の中に生きる魔法使いたちには、それなりに不思議な理屈があるものなのだろう。リオはそう納得した。

(それにしても、慣れないなあ……)

 特段似合っているとも思えないドレス姿に、抵抗がないわけではなかったけれど、そもそもが屋敷の外に出る機会もない身の上だ。ゆくゆくは身の振り方を考えなくてはならない時も来るかもしれないが、現状、当面はファランディーヌの庇護下にある。
 せっせとリオの世話を焼いては、綺麗な衣類を着付けてくる屋敷の使用人たちも楽しそうにしているので。過酷な境遇に疲れてもいたリオは、しばらくは何も考えずに、彼女たちの好意に甘えさせてもらおうと。すっかり油断していたのだった。



 だから、まさかこんなに突然――こんなことになるだなんて。全く考えてもいなかったのだ。

(不安……!)

 足が震えるのは、慣れないヒールのせいかもしれない。
 ピンヒールは流石に無理だと諦めてもらったが、幅広のヒールでも五センチもあれば大事件だ。内股に不自然な力を入れなければ、真っ直ぐ立ってもいられないリオは、早くも筋肉痛の危機を感じながら、竦む足を懸命に動かして移動していた。

「ようこそおいでくださいました、リオネラ嬢」

 よい夜を、と。恭しく一礼を捧げてくれる、麗しい男装姿の給仕の何気ない一言にも、思わず笑顔が引きつってしまう。ありがとうございます、と。カラカラに干からびた喉から辛うじて絞り出したその声からは、本来の性別が滲み出てはいなかっただろうか。
 裏声を使うまでもなく、病弱であった生みの母に骨格の似たリオの声は、元より然程男らしいものではなかったけれど。
 まるで鉱石が散りばめられているかのように、天井の明かりを受けてキラキラと輝く魔性の絨毯を踏みしめながら。リオは魔法使いの貴族たちが集う夜会の会場へ、ぎくしゃくと足を進めた。
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