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第6章 化学反応

第30話 暗黙のルール

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「よし、じゃあ今日は、みんなでオセロ大会しない?」

 怜音くんが、鞄から簡易的なオセロセットを取り出す。
 最近怜音くんは、部室によくボードゲームを持ってくるのだ。
 今まで、同じ部室にいても、同じことをするわけじゃなかった。それぞれが本を読んだり、勉強したり、うたた寝をしたり、好き勝手に過ごしていた。
 それが、怜音くんが変身部にきてから、少しずつ変わっている。
 もちろん、強制的な活動じゃない。でも、みんなで遊ぶのは楽しくて、前よりも部室に笑顔が増えた。

「大会ってことは、優勝者を決めるのよね? 私、絶対負けないから」

 勝ち気な笑みを浮かべ、雪さんが勝利宣言をする。
 雪さんって、本当負けず嫌いだよね。昨日のトランプでも、勝つまで帰らないとか言って、最後は大変だったし……。

「でも、俺も負けないから!」

 怜音くんが得意げな顔で返す。ボードゲームをしよう、と言い出した張本人だけあって、彼はかなりゲームが上手い。

「私にも負けてくれないの?」
「えっ、あ、雪ちゃんが言うなら負けます!」
「まあ、わざと負けられたって面白くもなんともないんだけど」
「雪ちゃん、それは酷いって!」

 二人の会話は、聞いているだけで面白い。最初はもう少しぎこちなかったのに、今ではすごく自然だ。

「お似合いの二人だね」

 蓮さんが笑うと、そうでしょ、と怜音くんがすぐに反応する。
 やめてよ、なんて言う雪さんだって、本気で嫌がっているようには見えない。

「あーあ。それにしても雪ちゃんが、同じ学年だったらなあ」

 そう言いながら、怜音くんがオセロ大会の用意を進める。対戦順を決めるくじまでちゃんと用意しているのだから、かなりまめな性格だ。

「どうしたの、急に」

 雪さんが不思議そうに首を傾げる。
 怜音くん……早瀬くんは、雪さんの正体が男子だとはまだ知らない。けれどそれ以外に関しては、いろんなことを聞いているようだ。
 いつの間にか、雪さんの学年も知っていた。

「だってほら、修学旅行も一緒に行けたし」
「ああ、そういえば、そろそろそんな時期ね」

 修学旅行自体は二学期だが、夏休み前から準備は始まる。おそらく、もうすぐ班決めの話があるだろう。
 自由行動の班は、男女三人ずつの計六人。自由に決めていいことになってはいるが、誰かがもし余ってしまった場合、くじで決めなおすとも先生は言っていた。
 ちら、と蓮さんの顔を盗み見る。こういう話になるといつも、口数が極端に減ってしまうのだ。
 変身部では、日常の話はしない。
 明確な決まりじゃないけど、暗黙のルールだった。でもそれが、怜音くんの入部で変わりつつある。
 怜音くんは、いつもの自分が嫌で変身部に入ったわけじゃないから。

「そういえばももちゃん、俺と一緒の班にならない?」

 最初は私のことを委員長と何度も呼んでいた怜音くんも、最近はちゃんとももちゃん、と呼んでくれるようになった。

「うん、いいよ」

 クラスメートとは問題なく話せるけれど、特別仲のいい男子はいない。誘ってくれるのなら、ありがたいことだ。
 まあ、早瀬くんに誘われたなんてみんなに知られたら、すごく嫉妬されちゃいそうだけど。

「蓮くんも、一緒にどう?」

 そう言って、怜音くんは蓮さんに視線を向けた。蓮さんの顔が、分かりやすくひきつっていく。
 蓮くん、と言っていたけれど、今の言葉は、明らかに如月さんに向けられたものだった。

「蓮くん、どうせももちゃんと一緒の班でしょ?」

 蓮さんの身体が小刻みに震え始めた。そのことに、怜音くんだって気づいているはず。
 なのにこの話をやめないのは、どうして?
 怜音くんと目が合った。なにか言いなよ、と眼差しで促される。
 ああ、そうか。
 きっと、背中を押してくれてるんだ。

「ももちゃんだって、蓮くんと一緒がいいよね?」

 バンッ! と机を叩いて、蓮さんが立ち上がった。その拍子に、蓮さんが座っていた椅子が床に倒れる。

「やめてよ!!」

 蓮さん……いや、如月さんの大声に、みんながびっくりした。
 こんな風に衝動的に叫ぶ如月さんを見るのは初めてだ。

「今の私は如月姫乃じゃない! だから、そんな話は聞きたくない!!」

 明らかにこれは、如月さんの言葉だ。
 どうしよう? 何を言えばいいの? っていうか、今、私は誰として喋ったらいいの?
 戸惑っている間に、雪さんが立ち上がった。

「せっかく誘ってくれてるのに、そんな反応はないでしょ」

 雪さんの眼差しは、今まで見た中で一番、冷たかった。
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