上 下
31 / 37
第6章 化学反応

第31話 確かなこと

しおりを挟む
「だ、だって……!」
「本当は修学旅行に行きたいし、教室にも行きたいんじゃないの? それなのに、二人がこうやって歩み寄ってくれても、うじうじそんな態度とって」

 雪さんが呆れたように言う。さすがに言い過ぎだと思うけれど、二人の間に割って入ることはできなかった。
 悔しいけど、私よりもずっと如月さんのことを知っているだろうから。

「そんなんじゃ、いつまで経っても変われないよ」
「……っ! そ、そんな言い方、しなくてもいいのに……!」
「じゃあ、どう言えばよかった? 優しく言ったって、いつもみたいにはぐらかすだけでしょ」
「あ、あ……わ、私にばっかり、言わないでよ……! 自分だって、ずっと、は、早瀬くんに隠し事してるくせに……!」

 いきなり名前を出されて、早瀬くんは驚いた表情をした。
 もう、だめだ。完全に今、変身部としての活動は崩壊している。
 見た目が違うだけで、みんな、いつもの性格に戻ってしまっている。辛うじて優斗くんが、雪さんの口調を保っているだけ。
 早瀬くんの入部が与えた影響は、あまりにも大きかった。
 まるで劇薬だ。
 言いたくないことは言わない。やたらと人に踏み込まない。
 そういう、ぬるま湯のような温かい雰囲気だった。でも、早瀬くんは違う。
 真っ直ぐに自分の感情を相手にぶつけて、自分のことも開示して。
 そしてそれが関係を深めるために必要だと分かっているからこそ、私たちの心が乱れてしまう。

「私が隠し事してることと、姫乃の今の態度、なにか関係あるの?」
「い、いつものこと、ここに持ち込まないでって言いたいの……!」
「それで、どうするの? いつまでも、ここでだけ過ごすの? せっかく、二人が教室でも歩み寄ろうとしてくれてるのに?」
「え、偉そうなこと言わないでよ……!」

 如月さんは両手の拳をぎゅっと握って俯いてしまった。そんな如月さんを見て、優斗くんが盛大に溜息を吐く。

「じゃあ、お前はこれで満足か?」

 吐き捨てるように言って、優斗くんはウィッグを外した。
 それを見て、如月さんの顔がどんどん青くなっていく。

「早瀬」

 優斗くんは、雪さんの時とは違う低い声で早瀬くんを呼んだ。早瀬くんが、真剣な表情で優斗くんを見つめる。

「お前には隠してたけど、実は男なんだ。……お前が女の俺を好きになったのが分かってたから、気まずくて、言い出せなかった」
「……雪ちゃん」
「当たり前だけど、雪ってのは本名じゃない。本名は如月優斗。こいつの従兄だ」

 それだけ言うと、優斗くんは再び如月さんに視線を戻した。

「姫乃。俺はちゃんと、こいつに本当のことを言ったぞ」
「……そ、それは」
「なんでだか分かるか? こいつと、ちゃんと向き合いたいって思ってるからだ。ずっと本当のことを隠して、本音を言わずにいたら関係は進まない」

 優斗くんは最初、早瀬くんからの好意に戸惑い、困惑していた。その気持ちはきっと、今も変わっていない。
 だけど二人はどんどん仲良くなっていった。
 だからこそ優斗くんは、ちゃんと向き合わなきゃって思ったんだ。本当のことを話したら、早瀬くんがどんな反応をするのかは分からないのに。
 騙してたなんて、と責められるかもしれない。
 それでも、優斗くんは早瀬くんと向き合うことを選んだ。

「お前はまだ、天野とも本気で向き合えないのか?」

 ちら、と優斗くんが私を見た。

「そ、それは……わ、私は……っ!」

 如月さんの瞳から涙がこぼれ落ちた。姫乃、と強く名前を呼ばれ、とうとう如月さんが部室を飛び出してしまう。

「委員長、さっさと追いかけなきゃ!」

 そう叫んだのは、早瀬くんだった。
 早瀬くんだってきっと、雪さんの正体を知って動揺しているはずなのに。
 向き合うことから逃げていたのは、如月さんだけじゃない。私もだ。
 ずっとこのままでいい、なんて、思ってたわけじゃないのに。
 行かなきゃ。今、如月さんを追いかけなきゃ!

「待って、如月さん!」

 部室を飛び出す。如月さんの背中は、まだ見える。

「如月さんと話したいことが、いっぱいあるの!」

 叫びながら、全速力で走る。
 頭の中はまだまとまっていない。いきなりのことで、どうしたらいいのかも分からない。
 でも、確かなことが一つだけある。
 如月さんは、すごく大切で、大好きな友達で。
 そんな子が泣いているのに、放ってなんかおけないってこと。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

幼なじみとセックスごっこを始めて、10年がたった。

スタジオ.T
青春
 幼なじみの鞠川春姫(まりかわはるひめ)は、学校内でも屈指の美少女だ。  そんな春姫と俺は、毎週水曜日にセックスごっこをする約束をしている。    ゆるいイチャラブ、そしてエッチなラブストーリー。

男子中学生から女子校生になった僕

大衆娯楽
僕はある日突然、母と姉に強制的に女の子として育てられる事になった。 普通に男の子として過ごしていた主人公がJKで過ごした高校3年間のお話し。 強制女装、女性と性行為、男性と性行為、羞恥、屈辱などが好きな方は是非読んでみてください!

俺、メイド始めました

雨宮照
恋愛
ある日、とある理由でメイド喫茶に行った主人公・栄田瑛介は学校でバイトが禁止されているにもかかわらず、同級生の倉橋芽依がメイドとして働いていることを知ってしまう。 秘密を知られた倉橋は、瑛介をバックヤードに連れて行き……男の瑛介をメイドにしようとしてきた!?

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

お兄ちゃんは今日からいもうと!

沼米 さくら
ライト文芸
 大倉京介、十八歳、高卒。女子小学生始めました。  親の再婚で新しくできた妹。けれど、彼女のせいで僕は、体はそのまま、他者から「女子小学生」と認識されるようになってしまった。  トイレに行けないからおもらししちゃったり、おむつをさせられたり、友達を作ったり。  身の回りで少しずつ不可思議な出来事が巻き起こっていくなか、僕は少女に染まっていく。  果たして男に戻る日はやってくるのだろうか。  強制女児女装万歳。  毎週木曜と日曜更新です。

女装とメス調教をさせられ、担任だった教師の亡くなった奥さんの代わりをさせられる元教え子の男

湊戸アサギリ
BL
また女装メス調教です。見ていただきありがとうございます。 何も知らない息子視点です。今回はエロ無しです。他の作品もよろしくお願いします。

処理中です...