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第4部 理想と現実
4-4おにぎりの形って作った人の性格が表れるよね
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私はノーラさんの部屋で、掃除に精を出していた。最初からキレイに、掃除も整頓もしてあるので、特に汚れている場所はない。ノーラさんって、物凄くキレイ好きだもんね。
それでも、私は一生懸命、全力で掃除をしていた。窓枠や部屋の隅など、ほんのちょっとの、汚れやほこりも見逃さない。
今では、毎日、会社で掃除をするのが日課になっている。そうしたら、いつの間にか、掃除が好きになってしまった。結構、いい感じに体も動かすし、終わったあと、何とも言えない、爽快感と充実感があるんだよね。
それに、ノーラさんには、部屋の件はもちろん、よく食事をご馳走になっている。普段から、大変お世話になっているので、部屋の掃除は、恩返しの一環だ。
ちなみに、先日、会った時に『置いてある米はどうするんだ?』と、ノーラさんに尋ねられた。重いので、屋根裏部屋まで持って行くのは大変だし、そもそも炊飯器を持っていない。なので、米袋は、置かせてもらったままだ。
結局、色々考えてみた結果『おにぎりパーティー』をやろうと思い立った。おにぎりなら、お米をかなり消費するからね。単に、私が食べたかったのも有るけど。
それで、ノーラさんにアイディアを話し、炊飯器をまた貸して欲しいとお願いした。すると、部屋の掃除と、交換条件でOKしてくれた。まぁ、元々部屋がキレイだから、交換条件になってないんだけど。
机や棚が拭き終わると、窓ガラスの前に移動した。ガラス掃除用のスプレーを吹きかけ、スクイージーで上から下に窓を拭いて行く。最後に、マイクロファイバー・クロスで、水分をふき取って完了。
窓をいろんな角度からチェックするが、手跡や埃は一つも残っておらず、完璧な仕上がりだ。
「うん、いい感じ」
窓がピカピカになると、実に気分がいい。
一枚おわると、隣の窓に移動する。でも、先ほどから、時計とキッチンをチラチラとみていた。時間は十一時四十五分。もうそろそろなはずだ。私はソワソワしながら、キッチンに行きたい気持ちを、ずっと我慢していた。
ちょうど、次の窓の掃除を始めようとした時『ピピッ』とアラーム音が聞こえてくる。私は掃除用具をいったん置くと、ピューッと風のような速さでキッチンに向かった。キッチンに入った瞬間、ふんわりとした、甘い香りが漂って来た。
「うーん、この炊き立ての香、最高ー!」
私は炊飯器の前に立つと、かぐわしい香りを、思いっ切り吸い込む。
ご飯の炊き方は、つい先日、ノーラさんに教えてもらって、覚えたばかりだ。まだ、ご飯を炊くのは二度目なので、あまり自信がない。といっても、お米を研いで、あとはセットして『炊飯ボタン』を押すだけなんだけどね……。
私はドキドキしながら、炊飯器のふたを開ける。すると、ぶわーっと白い湯気と共に、炊き立てのご飯の香が一気に広がった。
「おぉー、超美味しそう!! お米もつやっつや!」
まさに、完璧な炊き具合である。まぁ、私が凄いんじゃなくて、この炊飯器が凄いんだけど。この炊飯器は、かなりいい物らしい。
ノーラさんって、機械系には、かなりこだわりが有るんだよね。あと、送られてきたお米も、結構いいものみたい。『魚沼産コシヒカリ』って、袋に書いてあったし。確か、高級ブランドだよね?
私は炊き立てのご飯の、見た目と香を少しばかり楽しむと、ふたを閉めた。いつまでも開けてると、冷めちゃうからね。それに、準備をしておかないと。
今日のお昼は、ナギサちゃんとフィニーちゃんを呼んで、ここで『おにぎりパーティー』をするのだ。ノーラさんは、用事があってお出掛け中だけど、もちろん許可は貰ってある。『ノア・マラソン』以来だよね、手作り料理の昼食会やるの。
私はボウルやお皿、調味料などを出して、机の上にキレイに並べて行った。ご飯は私が用意して、具材は、ナギサちゃんとフィニーちゃんが、それぞれ持って来てくれることになっている。
それにしても、お腹すいたなぁ……。この『おにぎりパーティー』のために、朝は小さなパン一個で、思い切りお腹を空かせておいたので。
キッチンでうろうろしながら『まだかなぁー』と待っていると、外からエンジン音が聞こえてきた。音が二つするので、どうやら一緒に来たようだ。私は玄関に小走りで向かうと、ちょうど二人が、着陸したところだった。
「待ってたよー! 材料は持ってきてくれた?」
「そんなに騒がなくても、大丈夫よ」
「一杯もってきた」
ナギサちゃんは紙の手提げ袋を。フィニーちゃんは両手にビニール袋を持っていた。ってか、ちょっと多過ぎない? どんだけ一杯、作る気なの……?
******
キッチンのテーブルの上には、二人が持って来た具材が広げてあった。ナギサちゃんは、鮭・刻み昆布・梅干しなど。それらのオーソドックスな具の他に、チーズ・ハム・キャビアなど、変わり種も持ってきていた。
フィニーちゃんのは、相変わらず茶色い――。肉系が多く、なぜか、からあげやハンバーグまであった。まぁ、ご飯は何でも合うから、いいけどね。
「二人とも、おにぎりは作ったことあるの? 風歌は当然、作れるのよね?」
「食べたことは一杯あるけど、実は、作るの初めてで……」
おにぎりは大好きだけど、自分で作ろうと思ったこと無いんだよね。いつも母親が作ってくれてたし、コンビニに行けば、簡単に買えるから。
「はぁ? 何で誘った張本人が作れないのよ? そもそも、風歌の住んでいた国は、お米が主食だったんじゃないの?」
「うん、まぁ、そうなんだけど。ご飯の炊き方も、最近、覚えたぐらいで――」
いやー、実家にいた時は、料理なんて、一度もしたこと無かったもんね。家庭科の授業なんかも、同じグループの、上手な子にやってもらってたし。
「私は、食べるの専門。自分では作らない」
フィニーちゃんは、さも当たり前そうに答える。
「だいたい、想像はしていたけど……。料理ぐらい、少しは勉強しなさいよね」
ナギサちゃんは、大きくため息をついた。
そこから、例のごとく、ナギサちゃんの講義が始まった。少し厳しいけど、細かく説明してくれるので、とても分かりやすい。彼女の言う通り、炊飯器をテーブルの上に移動し、冷たい水の入ったボールを用意した。
「この冷水って、何に使うの?」
「手に付けるのよ。炊き立ては熱いから、つかめないでしょ」
「あぁー、なるほどね」
ナギサちゃんは、手を水につけたあと、タオルで軽くふき取った。
「やって見せるから、よく見てなさいよ」
彼女は炊飯器を開けると、ほんのちょっとだけご飯を手に取り、平にならす。その上に、鮭フレークを一面に広げて行った。
「ご飯少なくない?」
「まずは、半分だけ手に取って。具をのせたら、さらに半分のご飯をのせるのよ」
具の上にご飯をかぶせると、今度は、形を三角に整形していった。とても手慣れた感じで、ササッと形が作られていく。
「へぇー、サンドイッチみたいだね。コンビニで見た、ライスサンドに似てるかも」
完成してお皿に置くと、まるでサンドイッチのように、全ての面から具が見えている、見事なおにぎりだった。しかも、手で握ったのに、型で作ったような綺麗な三角形だ。
「最初から、一個分のご飯を取って、間にくぼみを作って、具を入れる方法もあるわ。でも、全体に具をたっぷり入れるなら、この方法がいいのよ」
「なるほど、流石はナギサちゃん。でも、意外だねぇ。おにぎりとか、庶民的なものは、食べそうにないのに」
いつも、ナイフとフォークを手に、本格的な料理を食べているようなイメージだった。それに、一緒の時は、サンドイッチばかり食べてるし。ご飯ものは、全然、食べないのかと思ってた。
「あのねぇ、食べる食べないは、関係ないのよ。勉強すれば、いくらでも作り方は覚えられるんだから。それに、私は庶民的なものしか、食べてないわよ」
ナギサちゃんが、物凄く勉強熱心なのは、よく知っている、でも、異世界の料理まで、手広く勉強しているとは、驚きだ。本当に、何でも勉強してるんだねぇ。
ふと、お皿を見ると、いつの間にか、おにぎりが消えていた。あれっ、作ったばかりのおにぎり、どこに行っちゃったの――?
隣に視線を向けると、いつの間にかフィニーちゃんが、ハグハグと食べていた。
「ちょっと、フィニーちゃんずるーい! 私にも、ちょうだいよー」
フィニーちゃんは、おにぎりを半分に割ると、口を動かしながら差し出してきた。私は受け取ったおにぎりを、パクっと一口で食べる。
うん、美味しい! 炊き立てなのもあるけど、具が均等に入っていて、握り加減もちょうどいい感じ。文句のつけ所のない、完璧なおにぎりだ。
「って、あなたたち、何やってるの? 食べるんじゃなくて、作るのよ!」
「おにぎりは、出来たてがおいしい」
「だねぇー」
私もフィニーちゃんに同意する。もちろん、冷えても美味しいけど、まだ温かいおにぎりは、また別の美味しさがあるんだよね。
「真面目にやらないなら、私帰るわよ……」
「あー、やるやる! ちゃんとやるから、作り方教えてー」
私は急いで、ボールの水に手を突っ込んだ。
そのあと、私とフィニーちゃんも、ご飯を手に取って、おにぎりを作ってみる。確かに、炊き立ては、ご飯が熱い。なるほど、それで水に手を付けておくんだね。
私はナギサちゃんに教わった通り、半分ご飯を手に取る。その上に具をのせると、サンドイッチ方式のおにぎりに挑戦した。
まずは、オーソドックスに、具は刻み昆布を入れる。上にご飯をのっけて、最後に三角形に上手く整形してみた。でも、ご飯が手にくっついて、ナギサちゃんのように、手際よくはできない。
「よし、出来た」
「私も、できた」
お皿の上に置いてみるが、ナギサちゃんが作ったのと並べてみると、かなり不格好だった。ナギサちゃんは隣で、黙々とおにぎりを握っていた。てか、滅茶苦茶、作るのが速い――。
「風歌は、なんて言うか、料理のセンスないわね。そもそも、三角じゃないじゃない? ボロボロだし」
「んがっ……」
私的には、おにぎり型になってると思うんだけど。
「フィニーツァのは、大き過ぎよ。具も入れ過ぎ。あちこちから、飛び出してるじゃないの」
確かに、フィニーちゃんのは、かなり大きかった。しかも、から揚げが、はみ出している。非常に豪快なおにぎりだった。
「これ、大盛り」
本人は、物凄く満足そうだ。
「おにぎりに、大盛りなんてないから! 二人とも、もうちょっと真面目にやりなさいよ。料理は、見た目がとても重要なんだから」
ナギサちゃんは、大変ご立腹である。
でも、私、超真面目にやってるんだけど。それでも、上手くできない場合は、どうすればいいの――?
しばらく、ご飯と格闘していると、やがてお皿の上は、おにぎりで一杯になった。寸分の狂いもなく、綺麗な三角形のおにぎり。それぞれ形が違い、微妙に不格好なおにぎり。ダイナミックで、具があふれそうなおにぎり。
見た瞬間、誰が作ったかすぐ分かる。おにぎりにも、性格って表れるんだねぇ。
それにしても、ナギサちゃんのは、大きさも形も完璧で、本当に几帳面に作られている。ご飯を持った時、手を軽く動かしながら、重さを計ってたいみたいだし。あの正確な三角形は、ナギサちゃんの性格そのものだ。
炊いたご飯を全て使い切ると、ノーラさんの分を取り分けてから、みんなで実食してみることに。
形はあれだけど、自分で作ったのも、充分おいしかった。まぁ、ご飯と具がしっかりしてれば、マズイおにぎりにはならないよね。
フィニーちゃんのも、ボリュームがあって、美味しかった。肉とご飯は相性いいから、美味しくない訳がない。
ただ、やっぱり、ナギサちゃんのが、一番、美味しかった。味が均一で、握り加減も、具の量もちょうどいい。それに、形がとても綺麗なので、より美味しく感じる。見た目が重要って、こういうことなんだね。
まぁでも、おにぎりを、作れるようになっただけでも、大変な進歩だと思う。これからは、お米さえあれば、いつでも作れるし。女子力も、ほんのちょっとだけ、上がった気がする。
同じ材料を使っても、作る人によって、こうも違うもんなんだね。料理の道は、実に奥が深い。
これからは、私も料理の勉強やってみようかな……。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
次回――
『草むらで見つけた子はド派手なシルフィードだった』
芸術とは、もとから派手なものなのです
それでも、私は一生懸命、全力で掃除をしていた。窓枠や部屋の隅など、ほんのちょっとの、汚れやほこりも見逃さない。
今では、毎日、会社で掃除をするのが日課になっている。そうしたら、いつの間にか、掃除が好きになってしまった。結構、いい感じに体も動かすし、終わったあと、何とも言えない、爽快感と充実感があるんだよね。
それに、ノーラさんには、部屋の件はもちろん、よく食事をご馳走になっている。普段から、大変お世話になっているので、部屋の掃除は、恩返しの一環だ。
ちなみに、先日、会った時に『置いてある米はどうするんだ?』と、ノーラさんに尋ねられた。重いので、屋根裏部屋まで持って行くのは大変だし、そもそも炊飯器を持っていない。なので、米袋は、置かせてもらったままだ。
結局、色々考えてみた結果『おにぎりパーティー』をやろうと思い立った。おにぎりなら、お米をかなり消費するからね。単に、私が食べたかったのも有るけど。
それで、ノーラさんにアイディアを話し、炊飯器をまた貸して欲しいとお願いした。すると、部屋の掃除と、交換条件でOKしてくれた。まぁ、元々部屋がキレイだから、交換条件になってないんだけど。
机や棚が拭き終わると、窓ガラスの前に移動した。ガラス掃除用のスプレーを吹きかけ、スクイージーで上から下に窓を拭いて行く。最後に、マイクロファイバー・クロスで、水分をふき取って完了。
窓をいろんな角度からチェックするが、手跡や埃は一つも残っておらず、完璧な仕上がりだ。
「うん、いい感じ」
窓がピカピカになると、実に気分がいい。
一枚おわると、隣の窓に移動する。でも、先ほどから、時計とキッチンをチラチラとみていた。時間は十一時四十五分。もうそろそろなはずだ。私はソワソワしながら、キッチンに行きたい気持ちを、ずっと我慢していた。
ちょうど、次の窓の掃除を始めようとした時『ピピッ』とアラーム音が聞こえてくる。私は掃除用具をいったん置くと、ピューッと風のような速さでキッチンに向かった。キッチンに入った瞬間、ふんわりとした、甘い香りが漂って来た。
「うーん、この炊き立ての香、最高ー!」
私は炊飯器の前に立つと、かぐわしい香りを、思いっ切り吸い込む。
ご飯の炊き方は、つい先日、ノーラさんに教えてもらって、覚えたばかりだ。まだ、ご飯を炊くのは二度目なので、あまり自信がない。といっても、お米を研いで、あとはセットして『炊飯ボタン』を押すだけなんだけどね……。
私はドキドキしながら、炊飯器のふたを開ける。すると、ぶわーっと白い湯気と共に、炊き立てのご飯の香が一気に広がった。
「おぉー、超美味しそう!! お米もつやっつや!」
まさに、完璧な炊き具合である。まぁ、私が凄いんじゃなくて、この炊飯器が凄いんだけど。この炊飯器は、かなりいい物らしい。
ノーラさんって、機械系には、かなりこだわりが有るんだよね。あと、送られてきたお米も、結構いいものみたい。『魚沼産コシヒカリ』って、袋に書いてあったし。確か、高級ブランドだよね?
私は炊き立てのご飯の、見た目と香を少しばかり楽しむと、ふたを閉めた。いつまでも開けてると、冷めちゃうからね。それに、準備をしておかないと。
今日のお昼は、ナギサちゃんとフィニーちゃんを呼んで、ここで『おにぎりパーティー』をするのだ。ノーラさんは、用事があってお出掛け中だけど、もちろん許可は貰ってある。『ノア・マラソン』以来だよね、手作り料理の昼食会やるの。
私はボウルやお皿、調味料などを出して、机の上にキレイに並べて行った。ご飯は私が用意して、具材は、ナギサちゃんとフィニーちゃんが、それぞれ持って来てくれることになっている。
それにしても、お腹すいたなぁ……。この『おにぎりパーティー』のために、朝は小さなパン一個で、思い切りお腹を空かせておいたので。
キッチンでうろうろしながら『まだかなぁー』と待っていると、外からエンジン音が聞こえてきた。音が二つするので、どうやら一緒に来たようだ。私は玄関に小走りで向かうと、ちょうど二人が、着陸したところだった。
「待ってたよー! 材料は持ってきてくれた?」
「そんなに騒がなくても、大丈夫よ」
「一杯もってきた」
ナギサちゃんは紙の手提げ袋を。フィニーちゃんは両手にビニール袋を持っていた。ってか、ちょっと多過ぎない? どんだけ一杯、作る気なの……?
******
キッチンのテーブルの上には、二人が持って来た具材が広げてあった。ナギサちゃんは、鮭・刻み昆布・梅干しなど。それらのオーソドックスな具の他に、チーズ・ハム・キャビアなど、変わり種も持ってきていた。
フィニーちゃんのは、相変わらず茶色い――。肉系が多く、なぜか、からあげやハンバーグまであった。まぁ、ご飯は何でも合うから、いいけどね。
「二人とも、おにぎりは作ったことあるの? 風歌は当然、作れるのよね?」
「食べたことは一杯あるけど、実は、作るの初めてで……」
おにぎりは大好きだけど、自分で作ろうと思ったこと無いんだよね。いつも母親が作ってくれてたし、コンビニに行けば、簡単に買えるから。
「はぁ? 何で誘った張本人が作れないのよ? そもそも、風歌の住んでいた国は、お米が主食だったんじゃないの?」
「うん、まぁ、そうなんだけど。ご飯の炊き方も、最近、覚えたぐらいで――」
いやー、実家にいた時は、料理なんて、一度もしたこと無かったもんね。家庭科の授業なんかも、同じグループの、上手な子にやってもらってたし。
「私は、食べるの専門。自分では作らない」
フィニーちゃんは、さも当たり前そうに答える。
「だいたい、想像はしていたけど……。料理ぐらい、少しは勉強しなさいよね」
ナギサちゃんは、大きくため息をついた。
そこから、例のごとく、ナギサちゃんの講義が始まった。少し厳しいけど、細かく説明してくれるので、とても分かりやすい。彼女の言う通り、炊飯器をテーブルの上に移動し、冷たい水の入ったボールを用意した。
「この冷水って、何に使うの?」
「手に付けるのよ。炊き立ては熱いから、つかめないでしょ」
「あぁー、なるほどね」
ナギサちゃんは、手を水につけたあと、タオルで軽くふき取った。
「やって見せるから、よく見てなさいよ」
彼女は炊飯器を開けると、ほんのちょっとだけご飯を手に取り、平にならす。その上に、鮭フレークを一面に広げて行った。
「ご飯少なくない?」
「まずは、半分だけ手に取って。具をのせたら、さらに半分のご飯をのせるのよ」
具の上にご飯をかぶせると、今度は、形を三角に整形していった。とても手慣れた感じで、ササッと形が作られていく。
「へぇー、サンドイッチみたいだね。コンビニで見た、ライスサンドに似てるかも」
完成してお皿に置くと、まるでサンドイッチのように、全ての面から具が見えている、見事なおにぎりだった。しかも、手で握ったのに、型で作ったような綺麗な三角形だ。
「最初から、一個分のご飯を取って、間にくぼみを作って、具を入れる方法もあるわ。でも、全体に具をたっぷり入れるなら、この方法がいいのよ」
「なるほど、流石はナギサちゃん。でも、意外だねぇ。おにぎりとか、庶民的なものは、食べそうにないのに」
いつも、ナイフとフォークを手に、本格的な料理を食べているようなイメージだった。それに、一緒の時は、サンドイッチばかり食べてるし。ご飯ものは、全然、食べないのかと思ってた。
「あのねぇ、食べる食べないは、関係ないのよ。勉強すれば、いくらでも作り方は覚えられるんだから。それに、私は庶民的なものしか、食べてないわよ」
ナギサちゃんが、物凄く勉強熱心なのは、よく知っている、でも、異世界の料理まで、手広く勉強しているとは、驚きだ。本当に、何でも勉強してるんだねぇ。
ふと、お皿を見ると、いつの間にか、おにぎりが消えていた。あれっ、作ったばかりのおにぎり、どこに行っちゃったの――?
隣に視線を向けると、いつの間にかフィニーちゃんが、ハグハグと食べていた。
「ちょっと、フィニーちゃんずるーい! 私にも、ちょうだいよー」
フィニーちゃんは、おにぎりを半分に割ると、口を動かしながら差し出してきた。私は受け取ったおにぎりを、パクっと一口で食べる。
うん、美味しい! 炊き立てなのもあるけど、具が均等に入っていて、握り加減もちょうどいい感じ。文句のつけ所のない、完璧なおにぎりだ。
「って、あなたたち、何やってるの? 食べるんじゃなくて、作るのよ!」
「おにぎりは、出来たてがおいしい」
「だねぇー」
私もフィニーちゃんに同意する。もちろん、冷えても美味しいけど、まだ温かいおにぎりは、また別の美味しさがあるんだよね。
「真面目にやらないなら、私帰るわよ……」
「あー、やるやる! ちゃんとやるから、作り方教えてー」
私は急いで、ボールの水に手を突っ込んだ。
そのあと、私とフィニーちゃんも、ご飯を手に取って、おにぎりを作ってみる。確かに、炊き立ては、ご飯が熱い。なるほど、それで水に手を付けておくんだね。
私はナギサちゃんに教わった通り、半分ご飯を手に取る。その上に具をのせると、サンドイッチ方式のおにぎりに挑戦した。
まずは、オーソドックスに、具は刻み昆布を入れる。上にご飯をのっけて、最後に三角形に上手く整形してみた。でも、ご飯が手にくっついて、ナギサちゃんのように、手際よくはできない。
「よし、出来た」
「私も、できた」
お皿の上に置いてみるが、ナギサちゃんが作ったのと並べてみると、かなり不格好だった。ナギサちゃんは隣で、黙々とおにぎりを握っていた。てか、滅茶苦茶、作るのが速い――。
「風歌は、なんて言うか、料理のセンスないわね。そもそも、三角じゃないじゃない? ボロボロだし」
「んがっ……」
私的には、おにぎり型になってると思うんだけど。
「フィニーツァのは、大き過ぎよ。具も入れ過ぎ。あちこちから、飛び出してるじゃないの」
確かに、フィニーちゃんのは、かなり大きかった。しかも、から揚げが、はみ出している。非常に豪快なおにぎりだった。
「これ、大盛り」
本人は、物凄く満足そうだ。
「おにぎりに、大盛りなんてないから! 二人とも、もうちょっと真面目にやりなさいよ。料理は、見た目がとても重要なんだから」
ナギサちゃんは、大変ご立腹である。
でも、私、超真面目にやってるんだけど。それでも、上手くできない場合は、どうすればいいの――?
しばらく、ご飯と格闘していると、やがてお皿の上は、おにぎりで一杯になった。寸分の狂いもなく、綺麗な三角形のおにぎり。それぞれ形が違い、微妙に不格好なおにぎり。ダイナミックで、具があふれそうなおにぎり。
見た瞬間、誰が作ったかすぐ分かる。おにぎりにも、性格って表れるんだねぇ。
それにしても、ナギサちゃんのは、大きさも形も完璧で、本当に几帳面に作られている。ご飯を持った時、手を軽く動かしながら、重さを計ってたいみたいだし。あの正確な三角形は、ナギサちゃんの性格そのものだ。
炊いたご飯を全て使い切ると、ノーラさんの分を取り分けてから、みんなで実食してみることに。
形はあれだけど、自分で作ったのも、充分おいしかった。まぁ、ご飯と具がしっかりしてれば、マズイおにぎりにはならないよね。
フィニーちゃんのも、ボリュームがあって、美味しかった。肉とご飯は相性いいから、美味しくない訳がない。
ただ、やっぱり、ナギサちゃんのが、一番、美味しかった。味が均一で、握り加減も、具の量もちょうどいい。それに、形がとても綺麗なので、より美味しく感じる。見た目が重要って、こういうことなんだね。
まぁでも、おにぎりを、作れるようになっただけでも、大変な進歩だと思う。これからは、お米さえあれば、いつでも作れるし。女子力も、ほんのちょっとだけ、上がった気がする。
同じ材料を使っても、作る人によって、こうも違うもんなんだね。料理の道は、実に奥が深い。
これからは、私も料理の勉強やってみようかな……。
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『草むらで見つけた子はド派手なシルフィードだった』
芸術とは、もとから派手なものなのです
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