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第4部 理想と現実
4-3私の親友の無邪気な笑顔は何年経っても変わらない
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夜、私は自宅のキッチンで料理をしていた。いつもは一人分なので、適当に作ってサッと済ませてしまう。でも、今日は、かなり沢山の量を作っていた。このあと来客があるので、多目に用意しているのだ。
料理は好きだけど、自分の分だけ作る時は、あまりやる気が出ない。元々小食なので、ほんの少しあれば、十分だからだ。外食で済ませるほうが、早いのだけど、お店で食事をすると、知り合いやファンの人たちに、結構、出会ってしまう。
人との交流は嫌いではない。けれど、一日中、ずっと気を張っているのは、さすがに疲れてしまう。なので、夕飯は、家で一人静かにすることが多い。
ただ、誰かが来てくれる時の料理は、とても楽しかった。特に、たくさん食べてくれる人が、来てくれる時は。
今日のお客さんは、よく飲むし、よく食べるので、はりきって料理を作り過ぎてしまった。少し多過ぎるかもしれないけど、何だかんだで、残さず食べてくれると思う。
私は用意できた料理を、次々とダイニングに運んでいくと、テーブル一杯に料理を並べていった。いつもは、一品だけ作ることが多いので、こんなに料理で埋め尽くされるのは、久しぶりだ。
一通り用意が終わると、氷を入れたワインクーラーに、シャンパンと赤ワインを入れ、テーブルの中央に置いた。
ワインラックには、沢山のボトルが置いてある。ただ、自分一人で飲むことは、まずないので、完全に来客用だ。それに、ここに置いてあるのは、母が買って来たものが多かった。
することが無くなってしまったので、私は椅子に座り、ボーッとする。実のところ、私には何も趣味がなかった。なので、休日は家事が終わると、無為に過ごしていることが多い。
でも、子供のころから、ずっとそんな感じだった。特に好きなことも、やりたいことも無かったから、誰かの背中を追い掛けていた。その一番の対象が、私の母だった。
いつも、母の背中を追い掛けて、何事も真似をしていた。だから、母を失った時、私は『全てを失ってしまった』と、この世の終わりのように絶望した。
でも、私には、まだ残っているものがあった。それは、母の残した会社であり、シルフィードの仕事だ。仕事をしている時、唯一、生きていることが実感できる。
でも、最近は少し違っていた。風歌ちゃんを見ているだけで、幸せな気持ちになれる。少しずつ成長していく姿を見るのが、とても楽しいのだ。私は子供がいないからよく分からないけれど、子を見守る親とは、こんな気持ちなのだろうか?
私が考え事をしていると、チャイムが鳴った。私は急いで立ち上がると、早足で玄関に向かう。扉を開けると、そこには明るい笑顔を浮かべた、今日の客人が立っていた。
「やぁ、リリー。お招きありがとう。月が綺麗な、とてもいい夜だね」
「ツバサちゃん、いらっしゃい。そういえば、今日は満月だったわね」
私は幼馴染みの大事な親友を、笑顔で迎え入れる。
「これ、お土産」
「そんな、気を使わなくてもいいのに」
彼女は両手に袋を抱えており、ずいぶん色々買い込んで来たようだ。
「もう、子供じゃないんだから。ディナーに呼ばれて、手ぶらで行くわけにはいかないよ。特に、リリーの手料理が食べられるとあってはね」
「フフッ、昔から、あまり変わっていないと思うけど。それに、ここは『第二の実家』と言ってたのは、ツバサちゃんじゃない」
昔ツバサちゃんは、毎日のように、うちに来ていた。引っ込み思案で、一人では何もできない私を、いつも連れ出しに来ていたのだ。
私は子供時代、友達には困らなかった。なぜなら、ツバサちゃんのあとについて行けば、常に人の輪に入ることが出来たからだ。彼女は、いつだって、みんなの中心にいた。
「あぁ、そうだったね。でも、食事に来るのは、凄く久しぶりだったから。つい張り切っちゃってさ」
ある時を境に、ツバサちゃんは、うちに来なくなった。なぜなら、私が拒絶したからだ。母を失ったショックで、あの時は、誰とも会いたくなかったから。
私は親友の彼女すら、拒絶してしまったのだ。でも、彼女は私を、決して見捨てはしなかった。一時的に距離を置いて、見守ってくれていたのだ。
ツバサちゃんは家の中に入ると、部屋の中を、きょろきょろ見回していた。きっと、久しぶりで懐かしいのだと思う。
「さぁ、座って。食事にしましょう」
「うん、もう、おなかペコペコだよ。今日は、色々忙しくて、お昼ごはん食べそこねちゃってさぁ」
彼女は席に着くと、よそ行きの顔を捨て、子供のころの無邪気な表情に戻っていた。これが、本来のナギサちゃんの姿だ。
私は彼女と自分のグラスに、シャンパンを注ぎ、目で合図をすると、
「豊かな恵みに感謝します」
二人で目を閉じ、静かに祈りを捧げる。
母は、割りと大雑把でゆるい人だった。けれど、食事のマナーだけはうるさく『美味しい物が食べられることに、心から感謝をするように』と、いつも言っていた。だから、私もナギサちゃんも、食前のお祈りは真剣にやっている。
「では、食事にしましょうか」
「いやー、待ってました」
ツバサちゃんは、素早くフォークを手にすると、料理に手を伸ばし口に運ぶ。
「んー!」
彼女は口に入れた瞬間、とても幸せそうな表情を浮かべた。よほど、お腹が空いていたのだろうか? でも、その表情は、子供のころから変わらない。
「本当に、美味しそうに食べるわね、ツバサちゃんは」
「だって、リリーの料理は最高だから。これが食べたかったんだよね」
「大げさね。ごく普通の家庭料理でしょ?」
特別、豪華な物を作ったつもりはない。というか、ツバサちゃんは、好き嫌いをしないし、どちらかと言うと、量が多ければ満足するタイプだ。何を食べても美味しいというので、あまり味には、こだわっていないのかもしれない。
「そんなことないよ。リリーの料理は、普通のお店にも負けてないし。そもそも、この味は、お店じゃ食べられないよ。子供のころから、ずっと食べてた、ホッとする味」
私の作っている料理のレシピは、全て母と同じもので、一切アレンジを加えていない。だから、私の料理というより、母の料理だ。
「普段は、ちゃんと食べているの?」
「食べてるよ。全て外食か社食だけど。マズくはないんだけど、店の料理って、ずっと食べてると飽きるんだよね」
ツバサちゃんは、自炊は一切やらない。昔から食べるのが専門で、料理を作ることには、全く興味がないようだ。でも、いつも美味しそうに食べてくれるので、とても作り甲斐がある。
「リリーこそ、ちゃんと食べてるの? 相変わらず、ヒョロヒョロだけど」
「毎食、食べてるわよ。それに、言うほど細くはないと思うけど」
よほど忙しくない限りは、一日三食、しっかり食べている。ただ、私は元々小食なので、肉が付いたり体重が増えたりはしない。それに、私は自分で食べるよりも、誰かが幸せそうに食べている姿を見るほうが、好きだった。
「リリーは、もっと食べて、肉付けたほうがいいよ。シルフィードって、結構、体力勝負じゃん? まぁ、今始まったことじゃないけど、リリーを見てると、心配になるんだよね」
「でも、体力は結構、自信があるのよ。子供のころだって、最後までツバサちゃんについていけてたの、私だけだったでしょ?」
ツバサちゃんは、いつも近所の子供たちの、先頭に立って走り回っていた。でも、余りにも運動神経と体力が高いため、最後は、みんなバテてしまうのだ。ただ、私だけは、いつも最後まで、後ろにピッタリついていた。
「そういえば、そうだった。リリーって、貧弱そうに見えて、不思議と体力は、結構あるんだよなぁ」
「子供のころ、毎日ツバサちゃんに連れ回されていたから。それで、鍛えられたんだと思うわ」
二人で顔を見合わせて笑った。
「それにしても、リリーの家で食事するのも、本当に久しぶりだよね。二年ぶりぐらいだっけ?」
「そうね、三人とも忙しかったし。それに……」
グランド・エンプレスの母に、私たち二人も、スカイ・プリンセス。三人とも、日々仕事に追われて、中々三人でゆっくり会う機会がなかった。でも、一番の問題は、母を失ったあと、私が自分の殻に籠ってしまったのが原因だ。
「まぁ、いいじゃん、そのことは。こうやって、無事に元気になったんだし。僕は、すぐに復活するって、ずっと信じてたよ」
「一年近く、掛かっちゃったけど――」
約一年もの間、私は外界を拒絶し、落ち込んでいたのだ。
「それまで、毎日、忙しく働いてたんだから。ちょっとした、長期休暇だと思えばいいんじゃない? 僕もたまには、まとまった長期休暇が欲しいなぁー」
ツバサちゃんは、おどけながら言う。彼女が話すと、どんな重いことでも、軽く聞こえて来る。天性の明るさが、そうさせるのだろう。
「頑張れば頑張るほど、忙しくなるのだから。引退するまでは、無理なんじゃないの?」
一度、人気が出て認知が進むと、ますます人気になって行く。イベントや協会の仕事、さらにはメディアへの露出などもあると、一日も休みのない週だって、結構ある。私はやる事があるほうがいいので、むしろ、ありがたいけれど。
「おばあちゃんになってから、バカンスか。先は長いなぁ」
「ウフフッ、何十年、シルフィードをやるつもり?」
ツバサちゃんなら、いくつになっても、違和感なくやっていけそうな気がする。この明るさも元気さも、きっと、何年たっても変わらないと思う。
「あー、ところで……こないだの件は、もう落ちついたのかな? 風歌ちゃんは、元気にやってる?」
ツバサちゃんは、言葉を選びながら、慎重に尋ねてきた。
「えぇ、毎日、元気一杯よ。むしろ、前より元気になった気がするわ」
「そっかー、ならよかった。余計なことを、しちゃったんじゃないかって、凄く気になってたんだ。風歌ちゃんは、思ってた以上に、繊細な子だね」
ツバサちゃんは、風歌ちゃんに、母の話をしたことを、今も責任を感じているようだ。でも、元はと言えば、私の責任だ。しっかり、私から伝えていれば、こうはならなかったはずだから。
「ご家族との問題もあるし、一人で見知らぬ世界に来ているんですもの。色々不安も多いし、精神的にも辛いと思うわ」
「そうだよね。この世界で生まれ育った僕たちとは、事情が違うし。まだ、ご家族とは、上手く行ってないの?」
「私は個人的に、風歌ちゃんのお母様とは、やり取りしているけど。風歌ちゃんは、こちらに来て以来、全く連絡を取っていないみたいなの」
もちろん、何とかしてあげたいと思っている。しかし、下手に口を挟めば、余計に関係が悪化する可能性もあった。風歌ちゃんは、とても素直な子だけど、親との問題に関してだけは、けっして折れない頑固さがある。
「かなり時間が掛かるよね、こういう問題は。要は、風歌ちゃんが、大人になれるかどうかだから」
大人になって、物事を受け入れたり、妥協することを覚えれば、あっさり解決するのかもしれない。でも――。
「私は、風歌ちゃんは、当分、子供のままでいいと思うわ。そのほうが、彼女らしい気がするし」
子供っぽさもまた、彼女の魅力の一つだ。それに、今はのびのびと、自分のやりたいように行動すればいいと思う。その多くの経験が、いずれ役に立つ時が来るはずだから。
「まーた、リリーの過保護が始まった。風歌ちゃんを、娘にでもするつもりかい?」
「まさか。四歳しか違わないのよ。それに、お母様が許して下さらないわ」
先日、お母様がいらした時。いかに、風歌ちゃんを大事に想っているか、とてもよく伝わって来た。風歌ちゃんは、厳し過ぎると言うけれど、大事に想うからこその厳しさだと思う。
「まぁ、でも、風歌ちゃんがいてくれるお蔭で、リリーの生きる目的が見つかったなら、当分、今のままでいいかもね」
「えぇ……そうね」
彼女の成長を見守り、世話を焼く。それが、今の私の生き甲斐だ。むしろ、助けられているのは、私のほうなのかもしれない。
「それより、リリー。全然、食事が進んでないじゃない。難しい話はこれぐらいにして、楽しくやろう。明日は休みだし、今日はとことん、付き合ってもらうよ」
「フフッ、いいけど、程々にね。私あまり力がないから、ツバサちゃんを担いだりとか、出来ないわよ」
ツバサちゃんは、最近あった面白い出来事を、次々に話してくれた。話を聴くと、相変わらず、アグレッシブなのがよく分かる。私は、彼女と談笑しながら、楽しいひと時を過ごすのだった。
だが、私はふと思った。風歌ちゃんは、ちゃんと夕飯は食べたのかしら? おなかを空かせていないかしら? どんな時でも、つい心配をしてしまう――。
私が風歌ちゃんに、子供のままでいて欲しいと思うのは、ずっとそばにいて欲しいからかもしれない。もし、風歌ちゃんが大人になったら、私の手を離れ、向こうの世界に、帰ってしまうかもしれないから。
その時私は、一人でいることに、耐えられるのだろうか……?
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
次回――
『おにぎりの形って作った人の性格が表れるよね』
練習はおにぎりだ!いずれ、血となり肉となる!!
料理は好きだけど、自分の分だけ作る時は、あまりやる気が出ない。元々小食なので、ほんの少しあれば、十分だからだ。外食で済ませるほうが、早いのだけど、お店で食事をすると、知り合いやファンの人たちに、結構、出会ってしまう。
人との交流は嫌いではない。けれど、一日中、ずっと気を張っているのは、さすがに疲れてしまう。なので、夕飯は、家で一人静かにすることが多い。
ただ、誰かが来てくれる時の料理は、とても楽しかった。特に、たくさん食べてくれる人が、来てくれる時は。
今日のお客さんは、よく飲むし、よく食べるので、はりきって料理を作り過ぎてしまった。少し多過ぎるかもしれないけど、何だかんだで、残さず食べてくれると思う。
私は用意できた料理を、次々とダイニングに運んでいくと、テーブル一杯に料理を並べていった。いつもは、一品だけ作ることが多いので、こんなに料理で埋め尽くされるのは、久しぶりだ。
一通り用意が終わると、氷を入れたワインクーラーに、シャンパンと赤ワインを入れ、テーブルの中央に置いた。
ワインラックには、沢山のボトルが置いてある。ただ、自分一人で飲むことは、まずないので、完全に来客用だ。それに、ここに置いてあるのは、母が買って来たものが多かった。
することが無くなってしまったので、私は椅子に座り、ボーッとする。実のところ、私には何も趣味がなかった。なので、休日は家事が終わると、無為に過ごしていることが多い。
でも、子供のころから、ずっとそんな感じだった。特に好きなことも、やりたいことも無かったから、誰かの背中を追い掛けていた。その一番の対象が、私の母だった。
いつも、母の背中を追い掛けて、何事も真似をしていた。だから、母を失った時、私は『全てを失ってしまった』と、この世の終わりのように絶望した。
でも、私には、まだ残っているものがあった。それは、母の残した会社であり、シルフィードの仕事だ。仕事をしている時、唯一、生きていることが実感できる。
でも、最近は少し違っていた。風歌ちゃんを見ているだけで、幸せな気持ちになれる。少しずつ成長していく姿を見るのが、とても楽しいのだ。私は子供がいないからよく分からないけれど、子を見守る親とは、こんな気持ちなのだろうか?
私が考え事をしていると、チャイムが鳴った。私は急いで立ち上がると、早足で玄関に向かう。扉を開けると、そこには明るい笑顔を浮かべた、今日の客人が立っていた。
「やぁ、リリー。お招きありがとう。月が綺麗な、とてもいい夜だね」
「ツバサちゃん、いらっしゃい。そういえば、今日は満月だったわね」
私は幼馴染みの大事な親友を、笑顔で迎え入れる。
「これ、お土産」
「そんな、気を使わなくてもいいのに」
彼女は両手に袋を抱えており、ずいぶん色々買い込んで来たようだ。
「もう、子供じゃないんだから。ディナーに呼ばれて、手ぶらで行くわけにはいかないよ。特に、リリーの手料理が食べられるとあってはね」
「フフッ、昔から、あまり変わっていないと思うけど。それに、ここは『第二の実家』と言ってたのは、ツバサちゃんじゃない」
昔ツバサちゃんは、毎日のように、うちに来ていた。引っ込み思案で、一人では何もできない私を、いつも連れ出しに来ていたのだ。
私は子供時代、友達には困らなかった。なぜなら、ツバサちゃんのあとについて行けば、常に人の輪に入ることが出来たからだ。彼女は、いつだって、みんなの中心にいた。
「あぁ、そうだったね。でも、食事に来るのは、凄く久しぶりだったから。つい張り切っちゃってさ」
ある時を境に、ツバサちゃんは、うちに来なくなった。なぜなら、私が拒絶したからだ。母を失ったショックで、あの時は、誰とも会いたくなかったから。
私は親友の彼女すら、拒絶してしまったのだ。でも、彼女は私を、決して見捨てはしなかった。一時的に距離を置いて、見守ってくれていたのだ。
ツバサちゃんは家の中に入ると、部屋の中を、きょろきょろ見回していた。きっと、久しぶりで懐かしいのだと思う。
「さぁ、座って。食事にしましょう」
「うん、もう、おなかペコペコだよ。今日は、色々忙しくて、お昼ごはん食べそこねちゃってさぁ」
彼女は席に着くと、よそ行きの顔を捨て、子供のころの無邪気な表情に戻っていた。これが、本来のナギサちゃんの姿だ。
私は彼女と自分のグラスに、シャンパンを注ぎ、目で合図をすると、
「豊かな恵みに感謝します」
二人で目を閉じ、静かに祈りを捧げる。
母は、割りと大雑把でゆるい人だった。けれど、食事のマナーだけはうるさく『美味しい物が食べられることに、心から感謝をするように』と、いつも言っていた。だから、私もナギサちゃんも、食前のお祈りは真剣にやっている。
「では、食事にしましょうか」
「いやー、待ってました」
ツバサちゃんは、素早くフォークを手にすると、料理に手を伸ばし口に運ぶ。
「んー!」
彼女は口に入れた瞬間、とても幸せそうな表情を浮かべた。よほど、お腹が空いていたのだろうか? でも、その表情は、子供のころから変わらない。
「本当に、美味しそうに食べるわね、ツバサちゃんは」
「だって、リリーの料理は最高だから。これが食べたかったんだよね」
「大げさね。ごく普通の家庭料理でしょ?」
特別、豪華な物を作ったつもりはない。というか、ツバサちゃんは、好き嫌いをしないし、どちらかと言うと、量が多ければ満足するタイプだ。何を食べても美味しいというので、あまり味には、こだわっていないのかもしれない。
「そんなことないよ。リリーの料理は、普通のお店にも負けてないし。そもそも、この味は、お店じゃ食べられないよ。子供のころから、ずっと食べてた、ホッとする味」
私の作っている料理のレシピは、全て母と同じもので、一切アレンジを加えていない。だから、私の料理というより、母の料理だ。
「普段は、ちゃんと食べているの?」
「食べてるよ。全て外食か社食だけど。マズくはないんだけど、店の料理って、ずっと食べてると飽きるんだよね」
ツバサちゃんは、自炊は一切やらない。昔から食べるのが専門で、料理を作ることには、全く興味がないようだ。でも、いつも美味しそうに食べてくれるので、とても作り甲斐がある。
「リリーこそ、ちゃんと食べてるの? 相変わらず、ヒョロヒョロだけど」
「毎食、食べてるわよ。それに、言うほど細くはないと思うけど」
よほど忙しくない限りは、一日三食、しっかり食べている。ただ、私は元々小食なので、肉が付いたり体重が増えたりはしない。それに、私は自分で食べるよりも、誰かが幸せそうに食べている姿を見るほうが、好きだった。
「リリーは、もっと食べて、肉付けたほうがいいよ。シルフィードって、結構、体力勝負じゃん? まぁ、今始まったことじゃないけど、リリーを見てると、心配になるんだよね」
「でも、体力は結構、自信があるのよ。子供のころだって、最後までツバサちゃんについていけてたの、私だけだったでしょ?」
ツバサちゃんは、いつも近所の子供たちの、先頭に立って走り回っていた。でも、余りにも運動神経と体力が高いため、最後は、みんなバテてしまうのだ。ただ、私だけは、いつも最後まで、後ろにピッタリついていた。
「そういえば、そうだった。リリーって、貧弱そうに見えて、不思議と体力は、結構あるんだよなぁ」
「子供のころ、毎日ツバサちゃんに連れ回されていたから。それで、鍛えられたんだと思うわ」
二人で顔を見合わせて笑った。
「それにしても、リリーの家で食事するのも、本当に久しぶりだよね。二年ぶりぐらいだっけ?」
「そうね、三人とも忙しかったし。それに……」
グランド・エンプレスの母に、私たち二人も、スカイ・プリンセス。三人とも、日々仕事に追われて、中々三人でゆっくり会う機会がなかった。でも、一番の問題は、母を失ったあと、私が自分の殻に籠ってしまったのが原因だ。
「まぁ、いいじゃん、そのことは。こうやって、無事に元気になったんだし。僕は、すぐに復活するって、ずっと信じてたよ」
「一年近く、掛かっちゃったけど――」
約一年もの間、私は外界を拒絶し、落ち込んでいたのだ。
「それまで、毎日、忙しく働いてたんだから。ちょっとした、長期休暇だと思えばいいんじゃない? 僕もたまには、まとまった長期休暇が欲しいなぁー」
ツバサちゃんは、おどけながら言う。彼女が話すと、どんな重いことでも、軽く聞こえて来る。天性の明るさが、そうさせるのだろう。
「頑張れば頑張るほど、忙しくなるのだから。引退するまでは、無理なんじゃないの?」
一度、人気が出て認知が進むと、ますます人気になって行く。イベントや協会の仕事、さらにはメディアへの露出などもあると、一日も休みのない週だって、結構ある。私はやる事があるほうがいいので、むしろ、ありがたいけれど。
「おばあちゃんになってから、バカンスか。先は長いなぁ」
「ウフフッ、何十年、シルフィードをやるつもり?」
ツバサちゃんなら、いくつになっても、違和感なくやっていけそうな気がする。この明るさも元気さも、きっと、何年たっても変わらないと思う。
「あー、ところで……こないだの件は、もう落ちついたのかな? 風歌ちゃんは、元気にやってる?」
ツバサちゃんは、言葉を選びながら、慎重に尋ねてきた。
「えぇ、毎日、元気一杯よ。むしろ、前より元気になった気がするわ」
「そっかー、ならよかった。余計なことを、しちゃったんじゃないかって、凄く気になってたんだ。風歌ちゃんは、思ってた以上に、繊細な子だね」
ツバサちゃんは、風歌ちゃんに、母の話をしたことを、今も責任を感じているようだ。でも、元はと言えば、私の責任だ。しっかり、私から伝えていれば、こうはならなかったはずだから。
「ご家族との問題もあるし、一人で見知らぬ世界に来ているんですもの。色々不安も多いし、精神的にも辛いと思うわ」
「そうだよね。この世界で生まれ育った僕たちとは、事情が違うし。まだ、ご家族とは、上手く行ってないの?」
「私は個人的に、風歌ちゃんのお母様とは、やり取りしているけど。風歌ちゃんは、こちらに来て以来、全く連絡を取っていないみたいなの」
もちろん、何とかしてあげたいと思っている。しかし、下手に口を挟めば、余計に関係が悪化する可能性もあった。風歌ちゃんは、とても素直な子だけど、親との問題に関してだけは、けっして折れない頑固さがある。
「かなり時間が掛かるよね、こういう問題は。要は、風歌ちゃんが、大人になれるかどうかだから」
大人になって、物事を受け入れたり、妥協することを覚えれば、あっさり解決するのかもしれない。でも――。
「私は、風歌ちゃんは、当分、子供のままでいいと思うわ。そのほうが、彼女らしい気がするし」
子供っぽさもまた、彼女の魅力の一つだ。それに、今はのびのびと、自分のやりたいように行動すればいいと思う。その多くの経験が、いずれ役に立つ時が来るはずだから。
「まーた、リリーの過保護が始まった。風歌ちゃんを、娘にでもするつもりかい?」
「まさか。四歳しか違わないのよ。それに、お母様が許して下さらないわ」
先日、お母様がいらした時。いかに、風歌ちゃんを大事に想っているか、とてもよく伝わって来た。風歌ちゃんは、厳し過ぎると言うけれど、大事に想うからこその厳しさだと思う。
「まぁ、でも、風歌ちゃんがいてくれるお蔭で、リリーの生きる目的が見つかったなら、当分、今のままでいいかもね」
「えぇ……そうね」
彼女の成長を見守り、世話を焼く。それが、今の私の生き甲斐だ。むしろ、助けられているのは、私のほうなのかもしれない。
「それより、リリー。全然、食事が進んでないじゃない。難しい話はこれぐらいにして、楽しくやろう。明日は休みだし、今日はとことん、付き合ってもらうよ」
「フフッ、いいけど、程々にね。私あまり力がないから、ツバサちゃんを担いだりとか、出来ないわよ」
ツバサちゃんは、最近あった面白い出来事を、次々に話してくれた。話を聴くと、相変わらず、アグレッシブなのがよく分かる。私は、彼女と談笑しながら、楽しいひと時を過ごすのだった。
だが、私はふと思った。風歌ちゃんは、ちゃんと夕飯は食べたのかしら? おなかを空かせていないかしら? どんな時でも、つい心配をしてしまう――。
私が風歌ちゃんに、子供のままでいて欲しいと思うのは、ずっとそばにいて欲しいからかもしれない。もし、風歌ちゃんが大人になったら、私の手を離れ、向こうの世界に、帰ってしまうかもしれないから。
その時私は、一人でいることに、耐えられるのだろうか……?
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練習はおにぎりだ!いずれ、血となり肉となる!!
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